表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現在、未来、過去と海  作者: 愛田光希
12/12

エピローグ

 香田洋輔は気づいた。否、気づいてしまったという方が正しいだろうか。

 彼の家の周りや、行く先々であの青年とそっくりな人間がいることに。

 名前は由弥。

 三十年前。

 自分が殺したはずの人間だった。

 あの火事で全て燃えた家の中から、由弥の遺体も、夏木涼の遺体も発見されなかった。だが二人は焼死したとされていた。骨すらも高温の熱で溶かされたのだと、警察は言っていた。夏木涼に至っては身元すら確認が出来なかった筈だ。

 その後、失意の由布子や由布子の両親を慰め、由布子と結婚した。そして、今は由布子も、その両親の遺産も手に入れた。

 全てが上手くいっていたはずだった。

 それが今更、帰ってきたというのか? それもあの頃と変わらず、同じ姿で?

 洋輔は恐ろしいものを感じた。そんな訳は無いと思っていても、その考えは拭うことが出来ないでいた。

 あいつは自分に復讐しに来たのだろうか。

 あいつから全てを奪った俺に、復讐しに。

 今度は俺から全てを奪う気か?

 この三十年、洋輔は確固たる地位を気づいてきた。彼の名を知らぬ者は殆どいないと言っていいに違いない。メディアにも良く顔を出している。

 そんな今になって、何故、アイツが現れるのだ。

 アイツに何もかも喋られたら、俺は何もかも失ってしまう。

 最愛の妻も娘も。地位も名誉も全て、何もかも。


 頭を抱えた洋輔に、声が掛けられた。

「お客さん。つきましたよ」

 洋輔はのろのろと顔を上げた。

 ここはタクシーの中だった。自分の考えに没頭していて忘れていた。

 洋輔は怪訝そうな顔をしている運転手に料金を支払うと、タクシーを降りた。

 大きな自宅を前に、深呼吸して自宅のドアを開けた。

 中には娘がいるはずだ。一人娘だ。名前は由香。由布子の由の字を取って付けた名前だ。

 母親に似て、とても可愛い顔立ちをした娘だった。彼女は洋輔の自慢だった。

 彼女に動揺した姿など見せることは出来ない。彼女の前ではいつも毅然とした優しい父親でいなければ。

 洋輔はドアを開け、中に声を掛ける。

「由香? 由香いないのか」

 声を掛けたが返事は無い。

 家の中も薄暗い。まだ家に帰ってきていないのだろうか。門限は九時だと言っているのに。

 洋輔は腕にはめた時計を見る。時刻は午後九時二十分を回っていた。

 だが、居間の方で音が聞えた。やっぱりいるんじゃないかと思い、靴を脱いで廊下に上がろうとしたとき、男物の靴があることに気づいた。

 誰かいるのか?

 洋輔は訝りながら廊下に上がって進む。角を曲がると、居間に明かりがついていることに気づいた。

「由香、お友達か」

 中にいるはずの由香に声を掛ける。由布子は今日主婦仲間とカラオケに行っているはずだ。

 居間のドアを開けると、ドアを背に、ソファーに座っていた由香が立ち上がって、振り向いた。

 お帰りなさいという娘に、洋輔は答えることが出来なかった。

 こちらに背を向けて座っている人物に目を奪われていた。

 見覚えのあるシルエット。三十年前、たった数日しか会わなかった人物に似ているような気がした。

 その人物がすっと立ち上がって振り向いた。

「始めまして」

 その青年は言った。聞き覚えのある声。自分が焼き殺したはずの男がそこに立っていた。

 忘れようとしても忘れられなかった顔。由弥を襲った時、頬を殴って怒鳴りつけてきた男。

 その男が三十年前と変わらず、同じ姿でそこに立っていた。それも、娘に寄り添うように。

 由香が必死に自分に何か言っていたが全く洋輔の耳には入っていなかった。

「なぜだ?」

 洋輔は口走っていた。

「なぜ、お前まで蘇る。なぜ、今も同じ姿なんだ」

 洋輔はそう怒鳴っていた。由香が驚いて、自分を呼んでいるが、もう構っていられる余裕がなかった。

「娘に何をする気だ。復讐だろう。そう何だな」

 洋輔はそう怒鳴ると夏木涼の肩を掴んで、ドアへ突き飛ばした。

 大きな音をたてて、夏木涼はドアにぶつかる。顔を顰めた夏木涼に、洋輔は言った。

「二度と俺たちの前に現れるな。出て行け」

 そう言うと、夏木涼は一度洋輔を睨んだが、何も言わず、部屋を出て行った。

 荒い息が口から漏れる。良かったと思った。由香に何かされていたらと思うとぞっとする。

「お父さん。ねえ、何なの? どうしたのよ」

 由香が洋輔に抗議するような口調で、洋輔に言う。洋輔は由香を見た。由香は泣きそうに顔をゆがめている。

「酷いわ。お父さん。夏木君は何もしていないのよ」

「由香、お前は知らないんだ。あいつはとんでも無い奴だよ。お前が無事でよかった」

 洋輔はそう言って、娘を抱き寄せようとした。

 だが、由香はそれから身をそらし、部屋を駆け出した。

「由香」

「夏木君に謝ってくる。お父さんはそこで待ってて」

 その声に洋輔は慌てた。追おうとして足がもつれて、転んだ。

 そのうちに、由香が家を出て行く音が聞えてきた。

 洋輔は転んだ時に打ち付けた足が痛むのを感じたが、それでも立ち上がり、由香を追って家を出る。

 家の前の路上に飛び出した洋輔は、由香がどちらに向かったか分からず、左右を確認しようと、まず、左を向いた。

 そして、頭が真っ白になるのを感じた。

 そこに、一人の男が立っていた。

 三十年前と変わらない美貌を持つ青年。

「由弥……」

 洋輔はその人物の名を呼んだ。最初驚いた表情をしていたその人物は、ゆっくりと口を開いた。

「覚えていたんだね。先生」

 昔、由弥に先生と呼ばれていたことを思い出した。由弥の才能に嫉妬して、由弥の全てを奪ってやろうと行動を起こすまでは、由弥は自分を先生と確かにそう呼んでいた。

「何故、お前がここにいる? お前は死んだはずだ」

 洋輔はそう怒鳴っていた。

 由弥は声を出さずに笑った。乾いた笑みだった。

「そう、先生が殺したんだよ」

「……」

「先生は姉さんと結婚したんだね。姉さん、年を取ってた」

「逢ったのか由布子に」

 洋輔はそう聞き返していた。

 だが、由弥は首を振った。悲しそうにまた笑った。

「まさか。こんな姿で逢えるわけが無いじゃないか。姉さんを困惑させるわけにはいかない」

「そうか」

 内心ほっとした。由布子に、やっと作った自分の家族に、自分のしたことを知られるわけにはいかなかった。

「娘さんも綺麗だったね。幸せそうだった。姉さんに似ていた」

 言われて由香のことを思い出した。由香は夏木涼の後を追っていったはずだ。やはり、夏木涼は由弥と共謀して自分に復讐しに来たのだと確信した。

「由弥、お前何が言いたいんだ」

 だからそう聞いた。

「先生はどう思う?」

 由弥に聞かれて戸惑った。だが、はっきりと洋輔は由弥に言った。

「お前は俺に、復讐しに来たのだろう。そうなんだろう」

 洋輔の声を聞き、由弥は顔を歪ませた。

「……あなたは何も変わってないんだな。先生。あの頃と少しも変わってない。三十年も経ったのに……」

「煩い、煩い。じゃあ、何故お前はここに、今頃現れたんだ」

 もう時効だろうと洋輔は叫んでいた。

 住宅街だからだろうか、近くに歩く人影はない。だが、確実に隣近所にはこの声が届いてしまっているだろう。だがもう洋輔は構わなかった。

 しかし、次に用意していた言葉は発せられることはなかった。

 由弥の冷たい目に射られて、言葉が出てこなくなったのだ。

「先生。やっぱりあなたは最低だよ。僕が復讐すると思っているならそう思っていればいい。ずっとそうやって、僕の影に怯えて生きていけばいいんだ」

 そう言って、由弥は踵を返すと、歩き出した。

 洋輔はその後を追う事が出来なかった。由弥の後姿をただ、呆然と見詰めていた。




 涼が二千三年に帰ってきてから既に二週間経った。暦は七月に入り、日々気温は上がっていく。

 少し汗ばむ陽気の中、涼は二週間ぶりにこの公園へ来た。青い木々に囲まれた公園は閑散としている。遊具の置いてある場所から離れた広場だからなのか、今がまだ早朝だからなのかは分からない。


 涼は三十年前から戻ってきてすぐに、入院した。どうやら煙を吸いすぎたらしい。

 父は二日間目覚めない涼にずっと付き添っていてくれたそうだ。目が覚めると、父親の顔があった。

 目覚めた自分に良かったと泣いた父を、涼は不思議な思いで見つめたものだった。

 いつも自分を蔑んでいた父が、自分のために泣いているのが信じられなかった。

 だが確かに涼は聞いた。父親が言った言葉を。

「良かった。お前までいなくならなくて」

 その言葉がいつまでも涼の胸に残っていた。

 

 由弥はどうしているのだろうか。

 入院していた時も、そう思っていた。由弥はこの時代のどこかに生きているとそう信じていた。

 だからこうしてこの公園へと足を運んだ。

 帰る間際にこう言った。

 またあの公園で逢おうと。

 由弥が三十年間その言葉を忘れずにいてくれていれば、ここにこうしていれば、いつかは会えると信じていた。

 だが、今この場所に立っているのは涼だけだった。

 涼はあの手洗い場に足を向けた。

 全ての始まりの場所。

 涼は何となく手を伸ばして蛇口から水をだした。水に手を付けると、冷たいと思っていた水は生ぬるかった。

 その時、風が吹いた。

 温かい風が、涼を撫ぜて通り過ぎた。

 涼は風に乱れた髪を直そうと鏡を覗き込んだ。

 そして、涼は目を見張った。鏡に映った自分の背後に、こちらを見ている人影があることに気づいた。

 慌てて振り向いた涼は、その姿を目に止めた。

「嘘だろう?」

 涼は思わず声を出していた。


 三十年前と変わらぬ姿で、その人物はそこにいた。


 由弥がそこに立っていた。






ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


このお話は、今回で最終回となります。

いかがでしたでしょうか。自分的には処女作ということもありまして、お気に入りの作品の一つです。

まあ、文章等。いろいろと拙さの目立つ作品ではありますが。今も、対して変わっていないような気もしますけど。。。


失礼。話を変えます。

今回のお話は、最初。もっとライトな感じで考えておりました。タイムトラベルものを一作くらい描いてみたいなぁと思って考えていたのですが、最初のでだしで話の方向がはじめに考えていたものからずんずんずれていってしまったんですよね。

こんなに暗くなるとは。


基本私の書く話は暗いものが多い気がします。いつか明るい話を書いてみたいものです。


ことば企画の作品も書き終わりまして。次回はまた企画作品。

春の花と花言葉で小説を書くという企画の作品を執筆予定です。


それでは、また。

お逢いできることを願って。

愛田美月でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=340007825&s
ランキングに参加しています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ