旧別荘
「そうは言うけどな……ワタル殿もトオル殿もナーミ嬢も……エーミ嬢も一級品の冒険者たちなのだぞ。聞けばカンヌールの貴族の称号を頂いたそうではないか……うちも負けずに貴族として……。」
「だーかーら……いけませんって……ワタル様は元々カンヌールの貴族様なのですからね。横から手を出すようなことをしたら、両国間の関係にひびが入りかねませんから……押さえてくださいませ。」
王子のわがままを仕方なさそうに苦笑しながら、丸眼鏡は何とか抑えにかかってくれる。話がややこしくならないように、何としても丸眼鏡に頑張ってもらいたい。
「だがな……あの建物は、別な使い道が……。」
王子がちょっと気になる発言を始める。
「いかがなさいました?我々がお借りしている、あの別荘のことですよね?取り壊し予定とはお聞きしましたが、予定が早まりましたか?」
ううむ……別荘を取り壊すことにでもなったら、キーチ達が寂しがるな……何よりチート夫妻はどうなってしまうのだ?
「実はですね……本日王子様のご依頼を受けまして、皆様方をお誘いするよう伝言をお願いするのと、皆様方の衣装をお届けするために侍従たちが旧別荘へ伺った際に、管理人しかいないはずの敷地内に多くの男たちが戯れているのを見つけたのです。
不審に思い管理人に確認したところ、仕事にあぶれた港湾作業者たちに食事をあてがっていたと……しかも皆様方にお世話いただいて食材の提供を受けたり、さらには彼らに新しい働き口のご指導まで頂いたとお聞きしました。
大変すばらしいことではありますが、国の施設を使っているため王都へ報告したようです。報告を受けた王様は大変お怒りのご様子で……」
丸眼鏡の言葉が詰まる。
「いっいや……チートさんが行っていたことは本当に素晴らしい善行であって、王家の別荘を利用して私腹を肥やしていたといった犯罪行為ではありません。協力させていただいた、我々が証言でも何でもしますから、なにとぞ寛大な処置を……。」
背中を冷や汗が伝っていくのが分かる……確かに王家の施設を勝手に使用していたことには違いがないが、困っている人たちに手を差し伸べていたのだ。だからこそ、俺たちも協力させていただいたというのに……それがもとで、チート夫妻が罰せられるようなことになっては大変だ……。
「あっ……いえいえ……管理人夫妻に罰を……と言ったことではなくてですね……どちらかと言いますとその逆なのです……。」
「へっ?」
「ですから……王様がお怒りになったのは、そういった善行をどうして王都へ打診せずに、自分の裁量だけで行ったのか、残念と言ってお怒りになられたのです。
打ち明けてくれれば、王都からも資金や食材の援助が可能であったのに、自分の力だけでやろうとするから手に余って、お客様である皆様方にご迷惑をおかけしたのだと……行い自体は大変すばらしいことですから、管理人夫妻へのお咎めはございません。今後は必ず報告義務を果たせというコメントで終わりました。
そうしてですね……大変申し上げにくいのですが、あの旧別荘を、この地区の恵まれない方たちへの配給所として役立てるよう王令が出されたのです。
無償で朝昼晩と3食の提供と、住居のないものたちの共同宿泊所としての使用を命ぜられました。
そのような状態ですから、ホーリ王子もその……。」
丸眼鏡が言いにくそうに口ごもる。
「いやあ……チートからその件の報告を受けてすぐに王宮へ連絡し、旧別荘は今客人がご滞在中だから使用はできないと、王令の停止を申し入れしている。
だからワタル殿たちは、この先1年でも2年でも滞在されて構わない。その後……だな……皆様方が引き取られた後に、慈善施設に改造する予定だ。
もちろんワタル殿たちが士官されて王都へ向かわれることが、一番望ましいという……ただそれだけのことだ……。」
すぐにホーリ王子が言葉を継いだ。
「ああ……そうでしたか……お気遣いありがとうございます。ホーリ王子様の優しいご配慮、大変感謝いたします。
それでですね……大変都合がよろしいと申し上げましょうか……先ほどお伝えしたい事があると申し上げましたが、実は……次なる冒険の場所がとりあえず決まりまして……それが、サーケヒヤー国の王都マースという都市になります。
隣接するマース湖には葦でできた浮島が販売されておりまして、それを購入すれば飛竜と同居可能ではないかと考えておる次第でして……。」
ホーリ王子には、移住先を伝えておいた方がいいだろう。行ってみなければ詳細は分からないのだが、元住んでいたナーミの情報だから、大きな間違いはないだろうと思う。
本来ならサーケヒヤーに滞在していた冒険者らに当たって情報をつかんだほうがいいのだろうが、残念ながら今コーボーには俺たち以外の冒険者はいないのだから、仕方がないのだ。
「ええっ?そっその……サーケヒヤーへ参られるのはいつのご予定なのだ?」
「はあまあ……できれば早いほうがよろしいかと存じますが……現状は、ここコーボーの町には冒険者が我々以外に1チームもいない状態でして……みなコージかタールーへ集中してしまっているようで……その影響で我々がこちらへ来たような状況ですから……。
冒険者がいないと特殊効果石の収集などにも支障をきたすことがあるでしょうし、冒険者らが元のように戻ってくるのを待ってからということになりそうですが……タールーも入山制限をかけたようですし、近いうちには戻って来ると予想しております。」
驚いて目を剥いて尋ねるホーリ王子に、とりあえずの予定というか、決まってはいないことを告げる。
近日中の予定ではあるのだが、まさか冒険者が一人もいないギルドを放って、他の地へ行くわけにもいかないだろう。キーチ達のことも気にはなるしな……あと数日は滞在したいと考えている。
「そうですね……王都でも1時期冒険者がギルドから消えたと話題になっておりましたが、ここ数日で少しずつ舞い戻ってきているようです。コーボーも恐らく近日中には正常になるでしょう。それからということですね……何から何まで、ご面倒をおかけしております。」
そういって今度は、丸眼鏡が頭を下げた。
「いやいやまてまて……だったらなおのこと我が国の重鎮として、役職に就くことを検討いただけないものか?」
「だから、王子様……そんなこと直接言われましても、士官のつもりのない彼らだってお困りでしょうし……。」
「そうはいっても……人的資産の流出だぞ、これは……カンアツ国内に滞在いただけている間は我慢できたが……。」
「彼らは冒険者ですから、世界中を回って冒険の旅をするのですよ……それが彼らの生き方……。」
ホーリ王子と丸眼鏡の問答が始まった……。
「ホーリ王子様の、温かいお気持ちは本当に感謝しております。この国の重職への登用の件につきましては、私だけではなく、個別にトオルたちにも検討するよう申しておきますので、その節はぜひともよろしくお願いいたします。」
押し問答は終わりそうもないので、とりあえず俺にその気はないがトオルたちは分からないことは、ほのめかしておく。
「おおそうか……お一人だけでも……できれば全員がいいのだが……いや贅沢は言うまい。あなたたちのような方が、お一人だけでも我が国のためにお力添えいただけるのであれば、こんなにうれしい事はない。
心の片隅にでも置いておかれて、何かの機会があれば是非ともご検討をお願いいたしたい。
ギルドの冒険者の状態にもよるでしょうし、旧別荘を引き払う際はチートに告げて行っていただければよろしいので、ご都合の良い時にお旅立ち下され。
それで……お願いなのだが……この国へ寄る際には、王都なり旧別荘なり直接飛竜で参られても構わんので、素通りだけは避けて挨拶だけでも、面倒だろうがお願いしたい。
私が所要の際は、他の兄弟なりがお相手いたすし、旧別荘には管理人としてチートが常駐している。
皆様方との関係を、これ限りにしたくはないのでね……どうかお願いいたす。」
そういってホーリ王子は頭を下げた。
「そんな、もったいない……お顔をお上げください。
せっかくのお誘いですので、心にとどめておきます。近隣を通過する際は、立ち寄らせていただくことをお約束いたします。今後とも懇意にさせていただきたく、こちらこそお願いいたします。」
ほんとうにまあ……ジュート王子と言いホーリ王子と言い、真剣に登用を考えていただけているというのは、本当にありがたい……だが俺には無理だ……。
なにせトーマの体を拝借しているだけの俺には、その登用に答えるだけの資質がない。いずれトーマに戻るのかどうか、俺には全くわからないが、それまではトーマの名を汚さぬよう精いっぱい誠実に生きていくのみだ。それ以外は何も考えてはいない。
「おおそうかそうか……ありがとうありがとう……。」
ホーリ王子にも満足いただけたようだ。
「では王子……この後は港湾管理組合の役員との……」
「えーっ?まだ予定があるのか?この晩さん会だって、飛び入りで無理やり詰め込まれたもので……大体ここへは余暇を過ごすためにだな……」
「そうはおっしゃられましても……王室の方がこの地まで足を延ばされることは稀でして……」
ホーリ王子とお付きの丸眼鏡は、一礼をしたのちに問答を繰り広げながら、ホール奥へと歩いていった。
お忙しい様子だな……。
「さーて……どうする?かなり豪勢な食事が準備されていた様子だったが、十分堪能できたのであれば、そろそろ夜も更けてきているから、帰るとするか?それとも名残惜しいものがあるかな?」
みんなに、どうするか確認してみる。何せここへ着いてから、あれやこれやと目まぐるしく進んでいったから、うまく対応できていなかった可能性もあるからな。食いそびれていたのであれば、今からだって十分間に合うだろう。ほぼ手つかずの豪華な食材は、ホール奥に陳列されているのだから。
「あたしは食べるのは十分食べたからいいわよ……。」
「僕……じゃなかったあたしもー……。」
「私も十分頂きました……。」
「ようし……じゃあ帰るとするか。それはそうとエーミのダンスは華麗で素晴らしかったが、ナーミのダンスもなかなかなものだったぞ。どこかでダンスを習っていたのか?」
「そんなことあるわけないでしょ……さっきトオルに足運びを教えてもらって、後は頭の中でリズムを刻みながら動かしていただけよ……。」
「ナーミさんは運動神経抜群ですからね……頭で考えたことをすぐに実践できましたし、上達は早いようですよ。」
トオルも、べた褒めの様子だ。
「そうか……こういった機会も今後増えていくかもしれないから、日々の訓練の後に少しずつダンス教室でもやってみるか?トオルは、かなりうまそうだしな……。」
「えーっ?うん……いいね、短い時間だけでも毎日やりたい。」
「あたしも……恥をかかない程度には、覚えておいた方がよさそうね……。」
「私は……基本ステップを覚えているだけですよ……。私よりもワタルのほうが……なにせ、ヌールー地域の社交ダンスチャンピオンでしたからね。」
するとトオルがとんでもないことを言い出す……焦ってトーマの記憶をたどってみると、確かにジュート王子の剣術指南役をやっていた頃に、王宮のダンスコンクールで優勝した記憶が……まずい、わざわざ自分から地雷地帯に足を踏み入れてしまった。
「あっああ……だがあれは……遠い昔のことで……。」
「パパすごーい……さすがパパだねー……明日から華麗なステップを教えてねー……。」
「あたしは、そんな優勝なんて必要ないから、簡単な踊り方でいいからよろしくね……。」
まいった……別荘の玄関で馬車を呼んでもらって旧別荘へ帰る道すがら、必死で昔習ったダンスのイロハを思い起こそうとしていた。これはまずい……明日からのダンジョン攻略どころではなくなってしまった。
徹夜してでも、記憶を呼び戻さなければならない……。
「A級ダンジョンの土の精霊球の清算ですね……ご苦労様でした。明細書をご確認ください。それと、ワタル様宛に電信が入っております。」
翌朝ギルドへ向かい前日分のクエスト清算を行い、本日分のクエストを選びに行こうとしていたところ、美人受付嬢からA5用紙を受け取る。
ギルドでは2組の冒険者が、早朝からクエスト申請を行っているところだった。ようやくこの地にも冒険者たちが戻りつつあるということだ……ちょっとほっとした。
「うん?カンヌール王からとなっているな……なんだろな……」
その電信は、驚愕の内容だった……。




