制圧
『ガチャッ……ギィー』『ババババババッ』『キンキンキンキンキンキンッ』鋼鉄製の扉をゆっくりと開けたとたん、銃弾が嵐のように襲い掛かってきた。体をすっぽり覆い隠せる盾を構えていたからよかったものの、そのままだったらいかな鎧があったとしても、ダメージを負ったことだろう。
味方かどうかも確認せずに撃ってきたということは、賊が艦橋内に侵入したことは、既に連絡が入っているのだろうな。『ダダダダダッ』『バババババッ』『キンキンキンキンキンッ』盾を両手で持って前面をカバーしたまま、撃たれても構わずに遮二無二突っ込んでいく。
「水弾!水弾!水弾!水弾!水弾!」
『ドガッ』『ボゴッ』『シュパッシュパーンッ』『ドキューンッ』『バキューンッ』後方ではトオルたちも一緒になだれ込んだようで、戦いが始まっているようだ。
『ドゴッ』『バギッ』銃で撃ち続けていたやつをそのまま押し付けていき、前方の壁に到達したところで盾の上から鉄パイプで殴って気絶させる。
「だりゃあっ!」
『キンッ……ボガッ』『キンッ……ボゴッ』様々な計器が並ぶ狭い操作室の中で、剣を振りかぶり襲い掛かってくる兵士達を叩きのめしていく。
『ドガッ』『ボゴッ』トオルが隅に逃げ込んだ2名の兵士を気絶させ、残りは武装していない軍服姿の兵士のみとなった。
「誰が、この旗艦の艦長だ?」
鉄パイプを兵士たちに向けて尋ねる。
「私だ!」
初老の兵士は恐れる様子も見せず、堂々と前に出て答えた。
「そうか……悪いがこの船は制圧させていただいた。抵抗しなければ、傷つけたちはしない。どうかおとなしく投降してくれ。」
なるべく平和裏に事を解決したい。彼らは正規の軍人だから、話せば通じるはずだ。
「わかった……乗組員の身の安全は保障してくれるのだね?」
「もちろんだ、あなたたち上官含めて、だれにも危害を加えないと約束する。抵抗さえしなければね。
だから無駄な抵抗はやめにして、すぐに投降するよう促してくれ。」
この船には戦闘員以外にも船の操作にかかわる乗組員たちが大勢いるはずだ。彼らも軍人ではあるだろうが、恐らく戦う意志はさほど強くないだろうし、出来ればおとなしく投降してくれることを願う。
そうでなければ、下の教官たちなら全員斬り捨ててしまう可能性があるからだ。
「わかった……降伏しよう。ちょっと待ってくれたまえ……。」
そういって艦長は展望ブリッジの前まで行くと、いくつかのレバーを操作した。
「メインエンジン停止!」
そうして操作パネルのすぐ右側の、天井から降りているチューブに向かって叫んだ。
『ガタガタガタッ……ブシュンッ……』それまで小さな振動でしかなかった音が、大きく響いたかと思ったら、すぐに消えた。エンジンが停止したのだろう。
「全乗組員に次ぐ、全乗組員に次ぐ、私は艦長のラーミヤ大佐だ。」
さらに操作盤後方のパネルからマイクを取り出して、全艦放送を始めた。
「この船はカンヌール国兵に占拠された。直ちに抵抗をやめ、武装解除してカンヌール兵の指示に従って投降するように。繰り返す、この船はカンヌール国兵に占拠された。……」
そうして乗組員たちに降伏するよう放送してくれた。これで、無意味な殺し合いは収まるはずだ。
「ありがとう。ついでといっては何だが、後続の2隻の戦艦をこの船から砲撃してはくれないか?
なあに……主砲を使えなくさせる程度の損害を与えてくれればいい。人的被害は極力避けたいくらいだ。
航行不能にしてくれてもいいな……なんとか協力をお願いしたい。」
ついでだから、残りの2隻の巨大戦艦も使えなくさせてしまいたい。こちらの兵は少数だから、3隻ともに制圧することは、到底不可能なのだ。こうなれば、この戦艦の大砲を使って、他の2隻を攻撃させるのが一番だ。
「私は誇り高きサーケヒヤー国の軍人だ。同胞の乗る船を攻撃することなど、絶対にお断りする。
それはこの船に乗る他の乗組員全員同じ気持ちであるはずだ。いやなら斬ると言われれば、それもやむを得んな……好きにしてくれ。」
艦長は姿勢を崩さずに、堂々と答える。まあ……そうだろうな……。
「悪かった……今のは忘れてくれ。」
素直に頭を下げて、無礼を詫びる。
「じゃあ彼らを拘束して、船倉にでも入ってもらっていてくれ。艦長は、艦長室でも構わん。見張りをつけておいてくれ。」
「承知いたしました。おいっ!」
カーヌンにお願いして、艦長たちを連れて行ってもらう。2名の砲兵が、拘束した艦長たちを連れて階段を降りて行った。
艦橋の窓から甲板を見下ろすと、甲板上でも武器を置いて両手を上げた兵士たちが、剣術の教官たちに拘束されているようだ。終わったのだ……たったの14名だけで突入して、巨大戦艦を制圧したのだ。ナーミとショウのバックアップはあったがな……。
「さて、続いては……いかがいたします?」
隣で一緒に甲板の様子をうかがっていたカーヌンが尋ねてきた。いかが……と言われても、次なる手は浮かんでこない。まさか、また装甲車の荷台に教官たちを詰めて、隣の戦艦に突入するわけにもいくまい。
この一戦だけでも相当疲労しているはずだ、俺だってすでに膝がガクガクとしてきている。殺し合いの恐怖が今頃やってきたということもあるが、何より敵が多すぎた。
夢中で戦っていた時は何とか持ったが、一旦緊張を解いた後で、再びスイッチを入れることは俺にはできそうもない。回復水を飲んだところで、1時しのぎにしかならんだろう。もうこれ以上戦うのは厳しい。
「うーん……この戦艦を操作して、後ろの2隻を砲撃することはできるかい?」
今度はカーヌンに聞いてみる。
「無理ですね……我々は陸軍ですから、戦艦の操作には慣れておりません。大砲の教官も移動式の大砲であれば扱い慣れておりますから、そのために連れてまいりましたが、この船の主砲はどうやら最新式のようです。
このブリッジから敵方角と距離を測って指示をすると、砲門係が直接入力して照準を定める形式と考えます。
照準の換算表でもなければ、まともに発射することすら難しいでしょうな。なにより、メインエンジンを起動させなければ、主砲は発射できないでしょうし、船を進めることもできません。エンジン起動には機関士が必要となりますが、すでに拘束済みと考えます。
この船を乗っ取って利用されないよう、最初にメインエンジンを停めたものと考えます。あの艦長は、なかなかの策士ですぞ。」
カーヌンが、感心したように何度も頷きながら答える。ううむ……そうか……やるな……。
うーん……困った……旗艦は制圧したが、まだ巨大戦艦は2隻あるのだ。旗艦が襲撃を受けて、様子見のために減速停船していた2隻が、白旗を上げた旗艦をあきらめエンジンを始動した様子だ。
こいつらがオーチョコの港まで到達したら終わりだ……折角旗艦を制圧しても、ただの時間稼ぎにしかならない。このままでは今日の真夜中には港に到着して、明日の夜明けとともに砲撃が開始されるだろう。どうする……仕方がないから、もう一度気力を奮い立たせてミニドラゴンで突っ込むか?
「あれは……何でしょうか?」
艦橋から甲板の様子を見下ろしていたら、左隣のトオルが前方を指さしながら叫ぶ。なんだ……?鳥……の群れ……か?船の進行方向から、光る大きな飛来物がまっすぐにこちらに向けて飛んできているようだ。渡り鳥か何かかな?
と思ってみていたら、ぐんぐん大きくなっていき、やがて巨大な鳥がものすごいスピードで飛んで来ているのだとわかる。いや、あの金色に輝く姿は鳥などではない、飛竜だ、カンヌールの守護竜である飛竜の群れだ。
なんでまたこんなところに飛竜の群れが……と思っていたら、それぞれの飛竜の足には大きな箱を抱えているようだ……野生の群れではないな……。
『ドーンッドーンッ』『ドーンッドーンッ』すぐさま両隣を航行している巨大戦艦の大砲が発射され始める。
旗艦が占拠されたことは承知しているのだろうが、さすがに味方艦を攻撃するわけにはいかないので、沈黙していた恨みを一気に晴らしているようだ。
それでも飛竜たちは砲撃を避けながら、器用に飛行して戦艦との距離を詰めてくる。
『シュシュシュシュシュシュシュッ』『ボワボワッボワボワッ』ミニドラゴンが間に入って、ナーミたちの援護射撃も始まった。予期せぬ攻撃を受けた甲板上の乗組員たちは、堪らず逃げ回っている様子だ。
『ズザザザザッ』『バーンッ』そうして飛竜たちが、足で持っている箱を巨大戦艦の甲板に滑り下ろすと、その四方の壁が倒れ、中から20から30名ほどの兵士たちが4方に散っていく。そうか、ああいった戦法があるわけだ。だからソーペラは装甲車の荷台で兵を運んでくれと、頼んできたわけだな。
飛竜は十数頭いるようで、次々と箱を巨大戦艦の甲板に下ろして兵士たちが白兵戦を繰り広げていく。今度は少数精鋭ではない、数百人規模の大人数による制圧だ。
その様子を眺めていると、旗艦の甲板にも箱を置かれ、大勢の兵士たちが出てきたのが見えた。
「おお……援軍のようだぞ……降りていこう。」
「そうですね。」
すぐにトオルたちと連れ立って艦橋の階段を駆け下りていく。
『バサッバサッバサッ』甲板にでると、ちょうど体高十メートルはありそうな、巨大な黄金の飛竜が着艦した所だった。
「お久しぶりです、トーマ先生。」
巨大飛竜の背から降りてきたのは、まだ幼さをその顔に残す青年……ジュート王子だった。
「いやあ、わたくしはとうの昔に、王子様の剣術指南役の任を解かれております。先生などではなく、今ではただの冒険者に成り下がっておりますから、トーマとお呼びいただければ結構ですよ。」
すぐに跪いて頭を下げる。トオルもカーヌンも一緒に跪いた。
「お顔をお上げください、トーマ先生は今でも私の剣の師匠と思っております。しかも先日は命の危機をお救い頂き、そのお礼もできなかったばかりか、私が病床に臥せっているうちに尊名を汚され、その責を感じ切腹なさったとか。
全てはろくに調べもせずに表面だけで物事を判断する、わたくしの配下の不遜によるものです。重ねてお詫び申し上げます。運よく生き返られてからは、汚名をそそがれた後に冒険者としてお旅立ちになられたと聞いて、胸を痛めておりました。
ところが昨晩、突然の電信が王宮に送信されてまいりました。その文面を読み国の一大事と考え、臣下達はどうせ功名を焦るあまりの誤認と一笑に付すものばかりでおりましたが、何とか現王を説き伏せ、王宮の飛竜部隊を束ね、羅針盤を頼りに夜通し飛行してまいりました。
オーチョコ城に立ち寄り、侯爵に状況を確認したところ、既に先生が旗艦に突入されたとお聞きしまして、慌てて駆け付けたところでございます。
何とか少しだけでもご助力を……と考えておりましたが、さすがトーマ先生。わずかな手勢だけで、この巨大戦艦を制圧してしまうとは……本当に感服いたします。」
ジュート王子は、俺の前に寄ってきて膝をつくと、両手で俺を手をつかみ、しっかりと目を見つめてきた。
澄んだ琥珀色の瞳だ……吸い込まれそうになる。
「いえいえ……もとより私だけの力では決してありません。オーチョコ城に勤務する優秀な兵士たちとの共同作戦でありましたから……。
しかも運よく旗艦だけは制圧できましたが、他の戦艦をどうしたものか困り果てていたところでした。本当に助かりました。このまま2艦を逃してしまっては、折角の突入が全くの無駄に終わってしまうところでした。
それもこれも、一介の冒険者のたわごとを真摯に受け止めていただけた、ジュート王子様の人を信じられる清い心と度量の大きさの賜物と感じております。なにせ、剣士と砲兵だけで参りましたもので、この船を動かすことすらできないで弱っておりました。」
王子が膝をついたままではまずいので、仕方なく一緒に立ち上がる。
「それでしたらご安心を……海軍の兵士たちを中心に引き連れてまいりましたので、機関士も一緒に来ております。更に、オーチョコから警備艇も出航させておりますので、この船はこのままにはしておけませんから、港まで曳航いたしましょう。」
王子の指示で、乗り込んだ兵士たちが忙しく艦橋へと駆けて行ったので、カーヌンが追いかけて行って状況を報告しているようだ。
「では、オーチョコ城まで戻りましょう。侯爵が待ちわびていることでしょう。先生がお気遣いされていた水竜の警護のために飛竜も3頭ほど置いてきましたので、城の警護は万全です。」
王子が笑顔を見せる。何から何まですべて手配済みか……あんな簡単な文面だけで……すごいな。飛竜部隊は、恐らく王都を守るためのこの国の切り札ともいえる精鋭部隊だろう。それを、たったあれだけの文章からすべてを察知して、自ら率いて駆けつけてくれたのだ。
下手をすると王子としての裁量を問われることにもなりかねなかったし、何よりこの国自体の危機にもなりかねなかった。その危険を承知の上で、決断したわけだ……トーマという人物を信じて……。




