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「女子高生の姿のままの母親と暮らす主人公、その自宅玄関先に倒れていた元アイドルの少女。友人に史上最年少警察署署長、奇麗な顔を持つ闇医者。元新興宗教勧誘人の美人ちゃん。助けに駆けつけてくれる傭兵の先輩、その奥さんは年端も行かない少女。姉は世間一般的には魔王と呼ばれる堕天使に嫁ぎ、北海道知事は主人公の後輩で現役女子高生。こんな人間関係はありえない」
ここに実在しているが?
「ここだけよ。あなたにとっては当たり前の関係も、世間ではありえない世界なの。少なくとも、こんなややこしい人間関係の家族は、日本ではあとふた家族くらいしか心当たりがないわ。まあ、そこはそんなにややこしいとも思えないし」
一応その家族が誰なのか聞いても大丈夫か?
「ええ、どうせフィクションにしか思われないからね。ひとつはあなたの同級生の中にいた変わった漢字で簡単な読み方の『たかはし』くん。彼の家系は生粋の吸血鬼家系だけれど、彼はあなたと同じくらいしかその能力を継いでおらず、本物の母親を含めた12人の母と吸血鬼の父、継母の連れ子の同い年の弟と暮らしていて、その弟は吸血鬼ではなく、退治屋の血を受け継いでいる」
意外に近くなので少々驚いた。
「そうね。あの家族とは私も現役の頃に結構組んだことがあるので、ウチの関係者と言っても構わないわ。もうひと家族もそうね。こちらとあなたは面識がない筈だけれど、関東一円を守護する神社の娘ね。現在は祖父との二人暮らし、両親は飛行機事故で亡くなられているわ。母さんはそのご両親が仕事仲間だった。祖父殿は入り婿で、その手の能力を持っておらず、幼少期に彼女は仕事を継ぐ筈だったのだけれど、未だに修行もおこなっていない普通の娘」
その娘から見た人間関係がややこしいのか?
「そう。彼女には双子のお姉ちゃんがいるのね。そのお姉ちゃんは彼女が6歳の時に『神隠し』に遭い、ウチのお姉ちゃんが嫁いだ世界に飛ばされ、そこで出会った魔王の一人に救われ、現在婚約者という立場にいるわ」
まあ、私が知らないというだけで、母を中心にややこしい人間関係が形成されているのは理解した。
その中に、私の書くような物を愛読する人種が存在しないことも理解できる。
「そうね。あなたの先輩は監視するのも役目の中に入っているので、読むでしょうけれど、よほど『本当』のことをそれらしく書いても、フィクションで片付けられるから、一般に私たち退治屋の存在が知れることはないし、知られても問題は起きない。それが世の中の仕組みね。魔法使いは実在するけれど、基本的に誰も信じていないでしょ?」
ファンタジーという言葉で片付けられる。
「その通り」
こんなに饒舌な母を見るのは久し振りだ。
「それを書いた作家、或いは映画を作った監督や演者が魔法使いである筈がなく、本物が紛れていても、本当のことを言う訳がない。実際の魔法使いは『杖』を使わないし、『ほうき』で空も飛ばないから、あれは脚色ね。見ている側にわかり易いという意味で、魔法使いはイメージされ、現在に至るのよ?」
そう言えば、同級生の鷹刃氏が『吸血鬼は吸血しない』と言っていたのを思い出した。
「彼の家族は吸血鬼だけれど、それは総称だからね。彼のお父さんは逆なのよ。能力を与えて、仲間を増やすタイプ。あなたはホラー映画を見ないけれど、噛みつかれてゾンビになるのと同じなのね。それでも彼のお父さんは首筋に二つの牙痕を残すから、吸血鬼に属するの。彼とラーメンを食べたことはある?」
あるな……署長と闇医者も一緒だった。どうしてそんな例えを?
「彼はほとんど吸血鬼の能力を継いでいない」
ニンニクか?
「ええ、それを例えたかったの。それはあなたの思う吸血鬼の弱点よね?」
なるほど、確かに映画等で見た情報の集合でしかない。
「彼はトカゲや蝙蝠に変身もしないし、昼間外を出歩くし、教会の中にも平気で入るし、水も怖くないし、墓場を塒にしているわけでもない。もちろん、銀の槍や剣で刺されたなら、普通の人間も死ぬし、彼も死ぬわ。それでも、彼には吸血用の牙があり、過去にそれを使って一度だけ、少女をかどわかしている」
それだけで、あいつは吸血鬼の仲間扱いか。
「彼はその少女を婚約者にし、現在も普通に生活しているわ。それは『同棲』でしょ?」
そうだな、確かに普通だ。
私は考え込みながら、母のかゆを食べ、食後の一服を終え、お茶まですすった。
母さん。私はこれからどうなる?
そう言うと、母は土鍋をお盆に乗せて立ち上がり、悪戯っぽく笑ってみせた。
「作家になるんじゃない? それまで天寧ちゃんが待ってくれると良いわね。男女の恋愛感情に母親が口出しするのはナンセンスよ?」
母がそう言って部屋から出ると、天寧が顔を上げた。
何時から聞いていた?
「……お姉さんと旦那さんが来た頃から」
あの義兄を見て、驚かなかったのか?
「薄目を開けて見ましたけれど、それほどの驚きはありませんでした。CG処理する前の撮影なら慣れています……なにも知らない新人だった頃、監督から『見えないものを見えているように驚く』という演出を散々されたので、台本に書いてあるものを想像し、驚く演技を身に付けました。だから逆の現象が起きても、あまり驚かなくなってしまったんです」
それは便利な職業病だな。
「そう……ですね。感情を押し殺す練習だけは誰よりもしたつもりです……」
私も苦労した方なのかも知れないが、彼女の毎日の苦悩に比べると、可愛いものだったように思えた。
芸能界ってのも大変なんだな。
「……でも、演技は好きです。普段の自分じゃないものになれるから……」
天寧はそう言って俯き、また私の太腿を枕にして眠った。
数日の休養を経て、私と天寧は私の卒業した学園に呼び出された。
呼び出し主は学園理事長の名を使っていたが、行ってみると別人だと判明した。
学園中庭にある理事長室兼邸宅ではなく、生徒会室に通されたからだ。
お前……多忙なくせに生徒会もやっているのか?
呆れる私の正面に、大層立派な椅子に腰かける美少女がいた。
「ええ、私の本職は学生ですから」
確かに学園の制服を着て、そこに座る姿は生徒会長にしか見えない。腕章もつけているしな。
しかし、その姿からは想像できない裏の職業を持ってもいるし、表の職業も有している。
北海道知事、高橋ハルミン。
グラビアアイドルという肩書きを持つ天寧が呆けるほどの美しさ、そして、その体形から醸し出す色気は麻友の比ではない。
私の苦手は、声の高過ぎる女性、そして、あり得ない色気を持つ女性である。ハルミンはその両方を持っているので、私がハルミンを苦手にしているのは仲間内で有名だ。
「先輩は私に会いたがらないと思いまして、理事長の名を使わせていただきました」
更に、過去に私が告白されて『付き合わなかった』女性でもある。
当時の私には公美がいたし、ハルミンの完璧過ぎる容姿を私はあまり好きではなかったからだ。ハルミンの輝かしい経歴の中で、私への告白の失敗は黒い歴史とも呼べる負の遺産であるらしい。
会いたくないのはお互いだと思ったが?
「ええ、まあ、そうですね……しかし、それも過去のことです。水に流しましょう」
笑ってはいるが、全然水になど流していないような顔だ。
「今回の事件について、私からあなた方への感謝の意を伝えることが目的です。本来であれば北海道内で起きた怪異については、知事である私に全権が委任され、退治屋及び、特殊警察、自衛隊内特殊部隊への命令系統を統括するのは私の役目ですが、今回はそれを行使することなく、解決いたしました。先輩もご存知かも知れませんが、私の能力も無限ではありませんので、本件で行使せずに『魔王級』を排除できたことに感謝せねばなりません」
あのダッフルコートはそんなに凄い奴だったのか?
「かの、傭兵を生業とする先輩でも、単独でやりあっていれば、互角の勝負だと申しておりました。それほどの敵を北海道に上陸させたのは私の責任であり、商業施設の半壊でことが済んだのは奇跡にも近い所業です。その奇跡を起こした先輩に感謝しない者はおりません。そして、その先輩の長年の苦悩を快方に向かわせた、あなたにも、感謝いたします。桜長天寧さん」
立ち上がったハルミンが天寧と私に握手を求めてきた。
「私は……なにも……」
「いいえ。天寧さんは先輩を快方に向かわせただけでなく、本件で重要な行動を起こしたのです」
我が家の前で倒れていたことだな?
「はい。流石は退治屋の双璧であられた先輩です」
それは昔の話だ。私が先輩と肩を並べられた最大の理由は公美の存在であり、彼女の助力がなければ、あんな化け物じみた先輩に並べる訳もない。
不思議なことに、記憶を改竄されていた筈なのに、改竄後の記憶と過去の記憶の融合がうまくいっている。母の能力のお陰であろうが、私には真似できないことのようだ。
「私が先生の自宅前で倒れていたこと……?」
天寧もついに私を先生と呼ぶようになったが、これは嬉しいことなのだろうか。
「魔王級の種族は地球に出現する際、必ず実在人物にその姿を模し、必ずその人物を殺害しますが、今回の自称芸能事務所専務の場合、模した人物を殺していません」
……なるほど……私はあんな風に老いるのか……
言われてみれば、あの風船男はどことなく父に似ていた。つまり、私に似ていた。
「殺せる筈もありません。地球上でもっとも魔王が相手にしたくない人物の息子を模したのですから。天寧さんの足が札幌に向かったのは、偶然ではなく、ブラジルにいた専務より近い場所に同じ気配を感じたからです。更に、先輩の母君の結界は特殊中の特殊と呼ばれるもので、近所の住民は入れますが、魔王級の気配を持つ者は絶対に入れません」
天寧が玄関先まで入れたのはなぜだ?
「彼女が99パーセント人間だからです。残り1パーセントを弾き飛ばすのに5メートルかかったという訳です」
「私の中に専務が?」
「子種を仕込まれていれば、あなたごと弾いたでしょうが、あの魔王級は愚かにも自分の分身をあなたの中に隠しておりました。発信機は人間の部下にわかり易いようにしていただけで、彼はあなたがどこにいても監視できる状態を作っていたのです」
あのダッフルコートは、そもそもブラジルになんの用事があったんだ? そんな所にいなければ、すぐに天寧を捕まえられただろうに。
「彼のような魔王級は瞬間移動もできますから、距離は問題ではなかったのです。ただ、世界最強と呼ばれる札幌の結界に飛ぶことはできません。天寧さんが札幌に行くのは予想の範囲外だったのでしょう。ブラジルに彼がいた理由は、第二、第三の天寧さん発掘の為です。彼は中華流、韓国流のアイドルグループの次代をブラジルの日系人に絞って行動していたそうです」
仕事熱心だったんだな。
「彼は自分の手元に置く人間を『餌』と認識していた訳ではなく、自分の分身を埋め込む道具に思っていた節があります。彼本体が死んでも、その分身を集めて復活する為の道具です。天寧さんに埋め込まれた分身を排除せずに彼を殺した場合、天寧さんは性交渉なしで受胎した可能性もあるのです」
魔王級とやらにとって、人間の女性とはそういう扱いなのか。ブラジルで女の子を集めてそれをしていたのであれば、その分身とやらはどうなった?
「それは、札幌から退去した傭兵先輩が助力能力者の手を借り、ひとつずつ駆除して回っています」
先輩は殴る専門だから、助力能力者の助けがなくては、瞬間移動はできない……だったか。
「まあ、あんな人がポンポン現れては、世界中が迷惑するだけですからね。ブラジルの当局者に説明するのに苦労しました」
それで? 一旦奴を天寧から引き離すことに成功し、札幌に上手く天寧単体で上陸させることに成功し、我が家の前まで誘導したのか?
「……いいえ。それは母君の能力も先輩の能力も働いていません。天寧さんの中にある専務への想いと申しましょうか、そういった感情の流れが先輩から自然に出ている念をキャッチしたのでしょう。私も理事長も、西警察署長からの報告と、傭兵先輩からの上陸許可申請がほぼ同時で、恥ずかしながら天寧さんが北海道に上陸したのさえ気付いていませんでした」
天寧の腹の中か頭の中か、どこに潜んでいたかまでは知らないが、現在北海道の退治屋トップを務めるこの二人の監視網をくぐったのであるから、あのダッフルコートは確かに魔王級なのだろう。
「私たち退治屋が後手に回るのを防いだのは、傭兵の先輩ですが、直接倒したのは先輩です。退治屋の長として、北海道の知事として、お二人にお礼をするのは当然でしょう?」
なにかくれるのか?
「残念ながら、表彰状の類は渡せません。賞金は退治屋のレートに合わせてお支払いいたしますが、それは天寧さんだけです」
なぜ私には寄越さない?
「先輩はタバコ代か焼肉代にしか使わないですし、退治屋としての復活が見込めないので、プラスマイナスゼロ査定になるのです。稼ぎが欲しいなら、早く作家になることですね」
その通りなので、反論することができない。
「天寧さんは札幌に在住する意思がありますか?」
「え……仕事があれば……」
私と同じでハルミンを苦手な人種と認識したのか、天寧が私の方に助けを求めるような視線を寄越す。
ハルミンはその視線の揺らぎを見落とさないが、無視するという能力を有しているし、押しが強いとも表現できる。
「永住の意思があるならば、仕事の紹介は可能ですし、我が学園の高等部卒業の証書も用意することができます。復学をご希望であれば、大学部への編入も見当させていただきます。住居に関しては、先輩のご自宅に空き部屋があるので、そこを拠点にしてください」
天寧は札幌在住を希望したが、結局高等部卒業と大学編入は断り、仕事も自分で探すと返答した。
「まあ、それほど今回の事件の解決は大きな褒賞に値するという話です」
ハルミンはそう言って私たちを学園から送り出した。
それなら、私に賞金を授与しても良さそうなものだが、これから先、その手の事件に関して私がまったくの役立たずであるのが明白なので、ハルミンに礼を言われただけでオッケーと判断した。彼女が私に礼を言うなど、金輪際なさそうだからな。
「奇麗な人でしたね……」
ああ、あいつに投票している半分の男性は、彼女の容姿に投票していると言われているからな。通常、そういう人気投票みたいな政治家は実力が一切ないものだが、あいつの政治家としての手腕は並みではない。
ハルミンはさらっと言葉にしたが、自衛隊への出動要請を中央政府に打診するというならば話はわかるが、地方知事本人が指揮権そのものを掌握しているのは本来あり得ない話だろう。
震災後に起きた反原発運動を一蹴し『絶対に破壊することができず、放射能漏れを一切起こさない原発8基を札幌中心部の空中に建設する』という案を押し通し、現在建設している。
いつになっても発展しない新幹線政策に嫌気がさしたハルミンは、海外から高速鉄道技術を輸入し、札幌を中心に、旭川、函館、帯広、釧路、北見、稚内を繋ぐ北海道独自の新幹線を通してしまった。
そして、これらの案件を差し置いて、あいつの支持率を常に100パーセント近くに保っている最大の理由は『北海道東部に位置する島群を返還させた』ことだ。70年もの間、宙に浮いた領土問題を解決する地方知事は道民の希望の星である。
この後、独立国家北海道、或いはハルミン帝国と呼ばれる国家が誕生するが、それはまた別の話なので、割愛する。
巨大な学園の中を抜け、正門から外に出ると、署長がパトカー数台を引き連れて迎えに来ていた。
「よ」
何事もなかったように片手を上げ、署長の車の後部座席に案内される。
私たちはどんな要人だ?
「知事からの要請でな。先輩がブラジルの『種』を全て駆逐するまでは、特殊警察隊で護衛しろとよ。まあ、お前の護衛というより、彼女の護衛が主任務だ」
私はこれから執筆活動に集中したいので、あまり邪魔をしてくれるなよ?
「ああ、なるべく邪魔にならんようにするさ」
我が家に戻り、天寧がとなりの部屋で眠り母も眠った頃、ノートパソコンを開き、今回の事件をまとめて書きだしてみた。
問題点はいくつかあるが、その中でも『敵があまり格好よくない。或いは強く見えない』と『私が主人公だとして、後半になればなるほど、私が弱くなっている』『周囲の人間が有能過ぎて、お膳立てした舞台で私は一回踊っただけ』という三点が特に気になった。
敵やライバルキャラクターは、主人公が目標にすべき人物で、続き物であるならば、数冊重ねると味方になっていたりするのが望ましいと私は考える。だが、風船男はネーミングも悪いが、既に死んでいる訳だし、あれを目標に据えて生きる私というのも無理がある。
更に、その戦いに全力を尽くしてしまい、ほとんど全ての異能力を私は失っている。弱い己を克服し、修行でもなんでもし、強くなり『師匠の仇を討つ』くらいの方が、個人的に好きなだけだろうか。
タバコに火をつけ、腕組みしてプロットをしばらく眺める。
そもそも、読者がヘビースモーカーのオッサン主人公の小説を求めているのだろうか?
外食で焼肉しか食べないというのは、設定として見た場合、面白いだろうか?
その分、ヒロインが成長していれば、オッサン主人公なんぞの設定に着目しないだろうが、ヒロインが天寧だとすると、成長しているとは言い難い。
大体、オッサンという言葉は何歳から使うものだろう?
どうも近くに何百年も生きていると思われるのに、年齢を重ねない人間がいると、オッサンやオバサンという言葉の使い方がわからなくなる。確か姉の旦那は母より年上の筈だが、黒い天使の輪と背中の羽を除けば、私と同じくらいの年齢にしか見えないからな。
それらの人物から見ると、私は若僧でしかない。先輩でも若い。
しかし、読者層が中高生だと考えれば、充分にオッサンでもある。
これはちょっとしたテーマだな。
そんなことを思いながら、エンディングについても考える。
ヒロインと結ばれて終わるハッピーエンドは好むところだが、現状で私がどこかの小説賞に応募しても結果は半年先な訳だし、作家になった私がヒロインに告白し、色好い返事をもらって『ちゃんちゃん』とはならない。想像、妄想の類でそういうエンディングにしても良いかも知れないが、落選した時の恥ずかしさが半端じゃない。
バッドエンドならば、公美の守護霊と一緒に風船男の吸収能力に負ければ終われる。天寧の扱いにヤキモチを焼いた麻友が造反することを考えても良いが、麻友は超能力者でもなんでもないし、なぜか天寧と意気投合している節もある。能力者という意味で、ハルミンが敵に回ったところを想像してみたが、先輩と並ぶような能力者な揚句、社会的地位も高く、あいつが敵になれば署長や闇医者や理事長までも敵に回りそうで、恐ろしくて考えられなくなった。
元退治屋で、現在能力を失っている私が、どうあがいても勝てそうにない。
全てを敵に回し、天寧の盾にでもなって死ぬか?
弁慶の仁王立ちは弁慶がやるから格好良いのであって、私がやっても格好悪い。
次々に人死が出るのは好ましくない。できれば、この話の中で死ぬのは風船男だけであって欲しいというのは、我儘な揚句、盛り上がりに欠けるだろうか。
そんなことを考えている間に、カーテンの隙間から陽射しが入ってきていた。
考えごとをするのは夜の涼しい間のみで、夏の朝から夕方までの私はニートという言葉が相応しいほどなにもしない。
北海道の夏は過ごし易いと言うのは、中央の作ったイメージであり、北海道生まれ、北海道育ちの私にとって、暑いものは暑い。
逆に冬は死ぬほど寒いなどと思わず、毛布一枚あれば掛け布団もいらない。
母が起きたようなので、パソコンの電源を切り、朝飯をいただくことにした。なにもしないが、朝昼晩の食事は家族揃っていないとダメだという決まりが我が家にはあるので、食べてから寝ようと思う。
「やあ、昨日ぶり~」
昼に近い時間帯に寝惚け眼でいると、闇医者が上機嫌で部屋に入って来た。
なにを言っている。私とは少なくとも三日は会っていないだろ? 肩の傷を診てくれたのは三日前じゃなかったか?
そう言うと、闇医者はうすら笑いの途中で顔が固まり、片方挙げた手も下ろす途中で止まった。
「あれ? 昨日の夜、ススキノで会ったよね?」
私は自宅ではなにひとつ文句を言わずに母の作ったものを食べるが、外では偏食甚だしい男だということを忘れたのか? ついでに言うと、嫌煙家から見れば私は害獣のようなものだろうが、タバコは吸っても、酒は一切飲まない。昨年の父の葬儀の際、余ったビールをお前と署長に処分してもらっただろう? それに、昨晩はほぼ徹夜でプロットの練り直し作業をしていて、外出もしていないし、ススキノにはしばらく行っていないぞ。
「……携帯借りていいかい?」
電話か? 通話特約をつけていないから、出来れば家電を使ってくれ。
子機を渡すと、闇医者はこわばった顔になり、どこかに電話した。
それ以前にお前の携帯はどうした?
「ああ、ちょっと待ってね……僕の携帯は花梨に貸しているから、今は持っていないんだ……ごめんごめん。今さ、彼の家なんだけれど、ちょっと看過できない事態が発生してさ。君の意見も聞かないと……」
電話の向こうは署長のようだ。
「昨日の夜、ちょっと裏仕事があって、ススキノの飲み屋街を歩いていたんだけれど……ああ、仕事は喧嘩で怪我をしたチンピラの腹から銃弾を摘出する手術だから、たいした話でもないんだよ……」
警察署長に話す内容か?
「どこかの飲み屋の前を通って、窓越しだったけれど、僕は確かに彼を見たんだ。急いでいたので話はしなかったよ……それで今、彼の家に来て聞いたら、昨日は外出していないと言うんだ」
ん? 私に似た人物を昨日の夜見た……!!
『なんだとっ!?』
電話の向こうの署長とハモってしまった。