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第3話 ドーナツ店での一触即発

 古畑寝屋は依然、不自然な動きを続けていた。


 入口まで近づいてドアの内側あたりをきょろきょろと見回したと思えばまた遠ざかり、遠目に眺めた後はまた近づいて店内を何かを探すように見回す。しかしドアの近くを見回していったい何を探しているのだろうか? ……ドーナツ店だからといってトングとトレイを探しているのか? いやいやミスタードーナツじゃないんだから……。あ、また遠ざかった。そして今度は店の立て看板なんかを見て、またこちらにおどおどと近づいてきた。

 これでは不自然を通り越して不審である。可哀そうなことにさっきの女店員も声をかけるべきかかけざるべきかと困ってしまっている。

 最初に発見したときから四度目の接近――ああもう、じれったい。ちょっと店の人に注文システムを聞けば済む話だろうに。


 王たる私が立ち上がる。なぜ私があんな将棋で言えば歩みたいな奴のために立ち上がってやらなければならないのだ。でも見ていてあまりにイライラする。私も私で無視すれば済む話だろうに、どうも気になってしまう。空腹のせいだろうか。


「……るりり?」


 夜桜が突然立ち上がった私を変に思い、声をかける。木場も夜桜も入口側を背にして座っており、奴の不審な動きは見えていない。


「あー……えーっと、じゃあこれ頼んでおいて!」


 どさくさにまぎれて目をつけていたチーズベーコンドーナツを指さす。これくらいの恩恵は受けて然るべきだ。


 ずかずかと、古畑寝屋までの距離を縮める。あと数歩というところで彼女が私に気づき、目が合った。


「…………!」


 彼女はこちらから声をかける前に一人で勝手に声を出さずに叫んだようなリアクションをとり、あろうことか次の瞬間なぜだか踵を返して逃げ出してしまった。


「あ、こら! 逃げるな!」


 せっかくここまで来ておいて逃げるとは何事か。そして私が何をしたというのだ。何も悪いことをしていないどころかこの私が寛大にも注文方法を教えてやろうと思ってここまで来てやったのになぜ逃げるのか、まったくもって意味がわからない。


 わけもわからず扉を開けると、古畑寝屋が繁華街を縦断するようにダッシュで駆け抜けているのが見えた。もうあんなの放っておこうかと一瞬思ったが、逃げられたままというのもなんだか癪だ。なのでとりあえず追いかける。奴はこちらを振り返ることすらせずに一目散に走っている。どこに向かって逃げているのかは知らないけど、そっちはバスから反対方向だっての。


「捕まえたぁ!」

「…………!」


 注文の仕方はド下手なのに声を出さずに叫ぶのだけはやたらうまい奴だ。首元をひっ捕まえようかと思ったが絵面的に怪しい上どちらかが転んでしまうような気もしたので、鞄を持っていない右手を掴む。身長だけはやたら高いとはいえ、いつも日陰にいる日陰者なんかに私が追い付けないはずはない。私は体育でもトップクラスなのだ。


 ただ捕まえた瞬間悲鳴をあげられるかもしれないと危惧したが、幸運なことにそのようなことはなさそうだった。今をときめく華の女子高生が女子高生相手に淫行を働いた容疑で逮捕なんかされてたまるか。


「ほら、行くよ」

「え……、え?」


 捉えた手を放さないまま、ドーナツ店のほうに無理やり引っ張っていった。というか私はこいつの声を初めて聞いたかもしれない。一番前の席に座っているくせに、先生からあてられたことも一度もなかったような気がする。存在感のないやつだ。


「行くって……どこへ」

「さっきの店だよ!」


 それ以外にどこに行くというのか。逃げた意味のわからなさ、この私を空腹のまま走らせたことへの怒りなどからついつい声を荒げてしまう。教室の中では絶対に出さない声だ。どうでもいいけどこいつ、見た目のイメージよりもずいぶんと高い声だな。


「…………いらっしゃいませー」


 どこか安堵したような表情で、今日二度目の挨拶をされる。女店員を尻目に手を掴んだままずんずんと適当な席へと引っ張っていく。


「ほら、ここ座りなよ」


 古畑寝屋は何がなんだかわからないという表情で私を見る。そんな目で見るな、正直私も自分が何をやっているのかよくわからないんだ。

 しかし何かを言わなければいけないという意思はあったのか、おずおずと口を開く。口くらいもっとさっさと開けよ。


「あ……あ……あ」


 あ?


「あ……ありがとう」

 

 あ――ありがとう。

 ありがとう、ねえ。

 そうか、お礼は大事だな、うん。


「……別に」


 そうか――そうなのか。

 私は今、親切をしたのか。

 いつもの王国作りのためのような「私はこんなことをお前にしてやるくらい器が大きくていい奴なんだぞ」というアピールでは一切ない、単なる親切をしたのか。

 なんてったってこいつに恩を売ったところでいったい何の得があるというのか。こんな表裏両面に「歩」って書いてて成る事すらできない将棋の駒みたいな奴を助けても何の役にも立たない――それなのになぜ。


「じゃ――私、友達と来てるから」

「うん、……ばいばい」


 私はそれ以上の思考をやめ、夜桜と木場の待つ席に帰ることにした。見れば私の席の前には既にチーズとベーコンが挟まったベーグルのようなドーナツが届いている。思いがけず運動をさせられてしまったのでますます腹が減っている。まだなんとなく、あちらのテーブルに何か残してきたようなものがあるような気がしたが、とにかく私の席へとついた。


しかし――ばいばい、って。

小学生かよ。


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