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第1話 古畑寝屋についての基礎知識

 初めて彼女を見た時は、「あっ友達少なそうだな」くらいの印象だった。


 得てしてそういう印象をもたれるような大人しくてひっこみじあんで口数の少ない奴、少々いやみな言い方をすると根暗(古いか?)な奴にも数人似たようなタイプの友達はいるもので、なんだかんだで一日中、朝から放課後までずーっとぼっちな奴というのは少なかったりする。しかしクラスの一番左前の席で一日中読書に勤しむ少女、古畑寝屋(ふるはた ねや)は一般的なそれとは違い、常に一人で過ごすタイプのぼっち、言うなれば真・ぼっちだった。


 学校の外まではわからないけれど、少なくとも私は彼女が学校で誰かと会話をしているところを見たことがない。休み時間は常にひとりで本を読んでいるし、授業が終わっても他の女子たちのように誰かを寄り道に誘うといったこともない。チャイムとほぼ同時に教室から出て行き、ひとり帰宅部の活動に励んでいた。


 しかも彼女はアニメや漫画に出てくるような読書が好きで好きで仕方なく、自ら他者との接触を断っているような無口系読書少女というわけでもないようだった。


 なぜなら彼女は朝学校に来るとまず荷物を机に置いて、そこから本を出すのではなく誰かを探すように教室の中をきょろきょろと見回すのだ。そしてあまりチャラチャラした感じでない女子が一人で退屈そうにしているのを見つけると、数秒ほどそちらを見た後に机に座り、ここでやっと本を出す。その後は本を読む――ふりをしながら、ターゲットにした女の子のほうをちらちらと見る。平均で6回ほど見た後はそちらに歩いていき、話しかけ――ようと口が少しだけ開く。しかしそこから声が出ることはなく、そのままトイレだかどこかに消えていく。

 戻ってきたら今度はふりでなく本当に本を読みはじめる。ここから古畑寝屋の読書な一日は始まるのだ。


 なぜこんなにも私が彼女のことを把握しているのかというと、それは別に彼女に特別な好意を抱いているからというわけではない。私の席は左から三番目の前から三番目にあり、ほぼクラスの中心に位置している。一番前で一番左、窓のすぐ右側にある彼女の席は私から非常に見えやすい位置にあり、否が応にもその姿が目に入る。単に場所的な関係でよく見えるのでよく知っているというだけのつまらない話だ。

 

 繰り返すが場所的な関係で、彼女の姿は非常によく見える。古畑寝屋が勇気を振り絞って声をかけられそうな対象を探す姿も、せっかく見つけてもなんと声をかけようかと思い悩み思案する様子も、声をかけようとしてできなかったその時の自分自身に落胆する顔も、全部私の席からよく見えるのだ。


 ちなみに私は一度もその「ちらちら見る対象」になったことはない。私の周りには常に数人の取り巻き――もとい友人がいることに加え、私自身のヒエラルキーが彼女の声をかけられるランクに入っていない。


 私こと綺羅星(きらぼし)るりりはわりと、チャラチャラした感じの女子なのだ。




「ねーるりりー、今日帰りハンバーガー食べて帰らない?」


 終業のチャイムと同時に、隣に座る桜庭夜桜(さくらば よざくら)が話しかけてきた。彼女は私の中学時代からの友人であり、こうしてよく一緒に放課後寄り道をする仲だ。

 ちなみにクラス内での身分はチェスで言えばルークといったところだろうか。当然私はキングだが。


「ハンバーガーねぇー……甘いもの食べたい気分なんだよね」


 夜桜の提案を私は否定する。


「んー、そう? じゃドーナツとかにする?」

「あーいいねドーナツ。最近気になってるお店があってさ」


 最近近くの繁華街に新しくドーナツ店がオープンしたことは前から知っていた。その店が気になっていたというのは本当だが、実を言うとわりとお腹が減っているのでどちらかと言えばがっつりとハンバーガーが食べたい気分ではあった。

 単に誘ってきた相手の意見を上書きするという行為を行って、発言力の誇示をしたいだけの私の自己満足だ。

 はっきりいって私はお手軽に自分の権力を再確認できるこの行為がわりと気に入っている。が、あまり多くこれを行うと私の好感度が下がってしまい王国崩壊への一歩になることは十分考えられる。最悪の場合、私の身分が落ちてしまうことにもなりかねない。学校の世界は隙を見せたら殺られる、弱肉強食の世界だ。


「綺羅星たちドーナツ行くの? じゃあ俺も行っていい?」


 私たちが買い食いの計画を立てていると、背後からサッカー部のエース候補である木場次郎(こば じろう)が首を突っ込んできた。先ほどと同じような理由で断ってしまおうかと思ったがやめておく。ちなみに彼の身分はサッカーで例えると……ゴールキーパーだろうか。決してゴールキーパー以外のポジションを知らないのではない。断じて違う。


「お、木場も行く? その店わりとオシャレだよ?」

「いいじゃんそういう店、俺に似合いそうで」


 木場が笑いながら答える。冗談めかして言ってはいるが、その通り木場もそして夜桜もどんなに洒落た雰囲気の店にでも無条件で入店が許されるような外見をしている。私に関してはまあ、説明する必要もないと思う。適当に今まで見た中で一番の女の、さらにその二つ分くらい上のレベルを想像してくれればいい。


「ん、じゃ木場も一緒にるりりのお勧めの店行こっか」

「おっけー、案内するね」


 すきっ腹に詰め込むのに最も適切なドーナツの種類と、後から入ってきた木場に私たち二人分の料金を奢らせる算段を立てながら立ち上がる。その時、私の視界の端に一瞬だけいつもと違う映像が映った。


「じゃあ早速行こう……どうしたの?」


 映ったのは――彼女の姿。

 私の席からよく見える、あの彼女。

 古畑寝屋。

 もうチャイムが鳴ってからそこそこの時間が経っている。10分も20分も経っているわけではないが、数分は経っている。なのに、この時間だともうとっくに教室から消えているはずの古畑寝屋がまだ出ていかずに残っている。どうやら鞄の中を覗き込み、がさごそと中をいじっているようだが何をしているのかは不明だ。

 私は一瞬だけ不思議だと思って見ていたがそれ以上特に気にも留めることはなく普通に立ち上がり、「んーん、なんでもない」とだけ答え三人で教室を後にした。

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