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ほしのふるさと  作者: 中村 遼生
3/15

第三幕 風の物語

藤谷さんのところ、っていうよりは、「タケル」のところに行くまでの間、桐生さんは少しゆっくり目に歩きながら私の知らないお兄ちゃんの話をたくさんしてくれた。

「学校にいた頃のお兄ちゃんて、どんなんだったんですか?」

桐生さんが学生時代からお兄ちゃんと友達なのは、さっきの会話からなんとなくわかったからね。色々と教えてもらおうと思って、ちょっと可愛い娘ぶって聞いてみた。実はこれ、私の得意技なんだ。

桐生さんはわざとらしい私の聞き方に苦笑しながら

「そうだなあ。とにかくいつも何かを始めるのはあいつだったよ。周りはいつも、あいつの始めたことの始末に必死さ」

桐生さんの言葉は迷惑げだったけど、顔は笑ってる。

「でも、お兄ちゃんのことだからいいことばかりでしょ?」

「いいことも、悪いこともね」

この答えは意外だった。私の中にあるお兄ちゃんのイメージは「悪がき」じゃなくて「優等生」だったから。

桐生さんは、私のそういう空気を察したのか、言葉をつなげてくれる。

「例えば、そうだなあ。学園祭期間中の泊り込み作業の夜食について、学校のえらいさんと喧嘩したり、学校の池にいる鯉を食べてみたり、サークルの予算について学生自治会と論戦を繰り広げたり、難しいテストのときに、カンニング作戦を展開したり、レポートの電子データ化を進めて下の奴が毎年同じ形式でレポート出すようにしてみたり」

「いいことが多いじゃないですか」

学校の鯉を食べたっていうのは、正直「えっ」って思ったけれど、少し強気に出てみた。

「やり方が問題なんだなあ」

桐生さんは、頬を二つ三つ掻いて言った。

「いっつも、わざと問題が大きくなるように仕向けるから」

そんな様子をみて、私はなんだかおかしくなってきた。

「でも、それを知ってるって事は桐生さんも一緒にしてたってことですよね」

その言葉が、桐生さんの耳に届くと、小さく微笑んで

「否定はしない」

だって。

いいなあ、こういう友達がいて。

お兄ちゃん、幸せだね。

私は、どうだろう。

「でもね、後の方にはあいつ一人でどうにかしてたよ。風呂敷を広げて、どこまでも大きく広げていく内に、何処までが自分で宰領できる範囲か、わかるようになったんじゃないかなあ。だから、俺たちは笑って見ていられるようになったよ」

色んな経験をして、人は強くなっていくんだね。「やってみなくちゃわかんない」って、よく言うけど、ホントなんだね。

お兄ちゃん。

私に良く言ってくれたみたいに「自分で何でもできるように」やっぱり、色々してたんだね。

歩きながら、桐生さんは私の顔を時々見てる。

と、不意に言った。

「でも、あいつにこんな可愛い親戚がいるとはね」

「やだなあ、そんなホントのこと」

即答した私の顔を桐生さんは足を止めてじっと見ると大笑いした。

「そういうところは、やっぱあいつと血のつながりがあるんやなあって思うな」

「そうですねー」

桐生さんの言葉を背中に受けて、私は短い夏を迎える北海道の(みどり)溢れる風を胸一杯に吸い込んだ。時折、遠くから聞こえる馬の声と、草のすれる音が心地よいアクセントになる。こういうところに住んでるだけで元気になるような感じがするね。

「あいつは、空気が気に入ったって言ったよ」

私の横から聞こえる言葉に耳を傾けてみる。

「そして、こう言った。『俺たちのやろうとしていることは、神にすがらないと()しえないかもしれない。だから、こういう祝福されたような、そんな土地がいいかもな』とね、まったく無神論者の癖によく言う」

そういうと、恥ずかしそうに頭を掻いた。

「どうも、こういう台詞は俺の柄じゃないな」

「桐生さん」

私を追い抜いて、少し前を進む華奢な背中にそう呼びかけると、からくり時計の人形みたいに振り向いてくれた。思わず「油差しましょうか?」って声かけそうになっちゃったよ。

私はその様子をかわいらしく思いながら、少し小走りして追い抜き、桐生さんとは対照的にスカートの裾を綺麗に翻すようにして振り向く。桐生さんはそんな私の様子を微笑みながら見てる。

綺麗な微笑みだなあ。その微笑に向かって私は聞いてみた。

「お兄ちゃんは、みんなは、ここで何をやろうとしてるんですか?」

空はまぶしいくらい輝いている。太陽の光ではなくて、空気が煌いているように。

くるっと振り返った私に、きょとんとした表情を見せて、桐生さんは首をかしげた。

「なるほど」

そうつぶやくと、桐生さんは、私たちの進む方向から吹いてきた風に身体を任せた。癖っ毛が風に吹かれて少しそよいでる。

「こういう事は、僕が言うことやないと思う」

「それでも、聞きたいっ!」

両手こぶしして、力いっぱい言うと、桐生さんはお兄ちゃんみたいに困ったような顔をして言った。

「長くなるけど、かまわないかい?」

こくりと頷く私を見て、桐生さんは進行方向のカーブに植えられた柵を超えたところにある高台に私を促した。

そこに置かれた丸太を切っただけの椅子が二つ。その一つに腰掛けると、桐生さんも横にあぐらをかいて座った。せっかく椅子があるのに、地面に直接。

「ここは、『風の丘』と言う」

「風の丘?」

緩やかな曲線を描く緑の絨毯が下から私に迫ってくる。その絨毯を心地よい風がすべるように吹いてきている。けして不快ではない、優しさを持った風。私の胸にいつもいる、よくわからないもやもやをふきとばしてくれるような、そんな風が。

「あいつが名づけたんだ」

そっかー。お兄ちゃんもよっぽど気に入ってるんだね。この場所が。なんとなく、いまの私の気持ちと、お兄ちゃんの気持ちが重なったような、そんな気分にさせられて嬉しかった。

「彩夏ちゃんは、競馬を知ってるかい」

にこにこしてる私の耳に、桐生さんの声が届く。

「ええ、お父さんがたまにしますから」

風を長い髪にまとわせて、私は答えた。そう言えば、少し色を入れてるけどお兄ちゃん、何も言わなかったなあ。お母さんなんて、私が不良になったんじゃないかって、大騒ぎしてたのに。

「そうか。じゃ、話が早い」

そう言った桐生さんは、少し語り口、言葉を選んでいるように見えた。

しばらくの間をおいて、桐生さんは歌うように語りだした。この歌はきっと、いつかお兄ちゃんが教えてくれたように、悠久の風が奏でる歴史の歌なんだろう。

「星の光が、幾星霜の彼方から降ることも知られていなかったくらい過去のこと。まだ世界は、不思議と希望に満ち溢れていた。人はお互いを理解しあうために、乗り越えなければならない多くの壁を抱えていた。それぞれの心の中に」

桐生さんの歌いだしは、気持ちよく私の耳に届いてくる。この歌は、私の心に響く歌だろう。心地よい時間を過ごすことができそうな、そんな気がした。

「と、あいつならこう仰々しく語りだすところだがね」

桐生さんの顔には微笑があった。

「やだなあ。そんなところを真似しなくても」

「気分が出るかと思ってね。ま、僕はこんな語り口は苦手だから、僕の言葉で話すよ」

大きくうなづく私の頬を、風が優しくなでていった。

昔々。

十字軍が、エルサレムを奪回するために、大挙していまの中東地方に攻め込んだ。

十字軍というのは、端的に言うと異端差別。エルサレムと言う土地が、キリスト教の聖地であるとともに、イスラム教の聖地であるがために起こった悲劇。

その功罪は、歴史研究家なんかに語らせるとして、東西の文化交流を果たしたという点においては、当時画期的なことだった。

その中の一つに、これから僕が語ろうとする競馬の起源がある。

 当時の主な移動手段は「馬」

すなわち、馬の速度が情報の伝達速度だったんだね。全ての生活の基準となる速度が、馬の速さにかかっていた。

今を思ってごらん?

携帯電話やインターネットがあるから、大体の情報は瞬時に手に入れることができる。

これは、僕の考え方だけど、世の中の時間の速度というのは、大別すると二つある。

一つは、一年を三百六十五日と定め、1日を二十四時間と定め、一時間を六十分と決めた、本当の時間。

そしてもう一つは、何かを知り、知ったことによって行動を起こし、その結果得られるもの、その過程にかかる時間。これは、手段によって変化するんだけどね。

これらを複合して、一つの物事に対して、結果が出るまでの時間が決まるんだと思ってる。

難しいかい?

そうだな、例えば、彩夏ちゃんが一時間のテストを受けてたとするよね。

しかも、えらく難しいテストで、一時間ではとても解けないようなものだとするよ。

そうしたときに、君がとる手段はなんだろう?

知ってる人に聞く、自分で参考書を読む、わからないまでも考えてみる、これくらいかな?

つまり、情報を入手するための時間を短縮すれば、物事の解決にかかる全ての時間を短くできるということなんだ。知っていれば、それに越したことは無いだろうけどね。

だからいまの世の中の時間の速度は、かなり加速されているといえるだろうね。

ともあれ、当時のヨーロッパの人たちは驚いたんだ。

中東の人たちの乗る、馬のすばらしいスピードに。

「彼らは『風』に乗っている」とね。

そして、思った。

いつか、彼らの乗る馬のようなスピードを手に入れたい。自分たちの馬もあのくらいの速さを持つようにしてみたいものだ、と。

進歩というものの裏には、いつも欲求がある。正しいものであれ、間違っているものであれ、その評価は後世の人間、よりはっきり言うと、他の誰かがするものだから、その欲求自体はすばらしく素直で真っ直ぐなものだったと、僕は思っている。

中東の人たちの馬も、最初からそれだけのスピードを持っていた訳じゃない。彼らは、自分たちの持っている馬をまず飢えさせた。一週間くらい水を飲ませないんだね。それから、水呑場の近くに持ち馬を連れて行く。ある程度距離が離れた所に、馬をつないで、一斉に馬をつないだロープを切るんだ。

こうして、一番早く水呑場に辿り着いた馬にだけ、子供を作らせる。こうして、幾世代も経ていけば、早い馬が出来上がるという寸法さ。これを「優性遺伝の法則」というんだ。昔の人たちは経験として、そういうことを知っていたんだね。

それから、数百年の時が流れ、イギリスやフランスの貴族たちが、アラビアから何頭かの馬の雄を手に入れた。今日(こんにち)、アラブとかタークとか呼ばれる品種の馬だね。

彼らは、「風をまとうもの」と呼ばれ、大変に貴重なものとされた。その割に余り優遇はされてなかったようだけどね。昔のことだから、動物差別というか、そういうものは、いまより更に激しかったらしい。馬車を引く馬にされたものもいただろうし、年老いて食料にされたものもいただろうね。まあ、当時はそれが当たり前だったからやむをえないんだけど。

ともあれ、当時のヨーロッパの人たちは、これらにヨーロッパ在来の牝馬を交配し、彼らなりの馬を創り出そうとした。

これをサラブレッドという。

日本語で言うと「洗練された血統」という意味になるのかな。

彼らはより早い馬を創りだそうとした。そして彼らが生産した馬同士を競わせて、早い馬を選び出すのに、レースという方法を考え出したんだね。そしてより早い馬を持つものが、名誉を手に入れるようになった。これがそもそもの競馬の始りなんだ。

当初は、自分たちの生活の向上という目的があったんだけど、それを一部の人間たちが特権的に支配し、特に名誉という部分においての投機対象としたんだね。

まあ、名誉を手に入れるなんてのは、暇と金をもてあました人間のすることだから、イギリスでは競馬のことを「スポーツ・オブ・キングス」という。その言葉どおりかつての王侯貴族を始めとした有力者がみずから馬を持ち寄って競馬を行い、成績優秀な馬を残して仔をとっていったからだね。

こういう背景の中、十八世紀以来、英国ではサラブレッドについての正確な記録が残されるようになった。千七百九十三年には三百八十七頭の牝馬の繁殖成績を記した『ゼネラル・スタッドブック』と言う名の『血統登録書』の第一巻ができあがり、以来今日まで四年ごとに刊行されるようになったんだ。

馬鹿らしいと思うかい?

そうだね、僕もそう思わなくはない。

でも、イギリスの人の中には、平然と「名誉のために死す」と語れる人たちがいるからね。わからなくも無いよ。日本だってそうだろう?ほんの二百年程前までは侍の時代で、主君のため、自分の名誉のために、死ねる奴がいたんだからね。

しかしながら、これはサラブレッドという生き物の発展において大きな影響を及ぼした。生き物を指して、「発展」と言う言葉が適切かどうかは、置いといて欲しい。僕の中でも、まだ整理がついていない問題だから。一つには、彼らほど系譜の整った動物は、ほかに類がない。この系譜の整ったということが、今日の優れた競走馬、サラブレッドを生み出す大きな要因になっているんだ。

 千七百七十三年からはサラブレッド毎の競走成績を正確に記録した『レーシング・カレンダー』という本が毎年刊行されるようになった。血統書と成績書、この二つの記録が整備されてから、いつの時代のどの馬でも、その成績、血統はわかるようになったんだ。人間で言うと、家系図と自分小史みたいなもんかな?

この後、競馬というものが世界に広がっていく過程において、どこの国もその伝統にならい、血統書と成績書を出すようになった。もちろん、日本もね。

 世界中の血統書を全て遡ると、3頭の馬に遡るんだ。

偉大なる風の王たち。

その三頭の名は、ゴドルフィンアラビアン、バイアリーターク、ダーレーアラビアン。

それぞれ、名前の付け方は適当なもんさ。

ゴドルフィン伯爵のアラブ馬。

バイアリー大尉のトルコ馬。

ダーレーさんのアラブ馬。

その程度の名前。昔はこれで済んでいたんだね。アメリカなんて、ポテトーズなんて名前の馬がいたくらいだしね。これは、文字で書くとPot80’S。発音すると「ポットエイトオーズ」。早口で言ってごらん。ポテトーズに聞こえるだろう?馬の世話をする人が、他人から聞いた当時流行し始めた食べ物のポテト、つまりジャガイモの発音を馬小屋の柱に書いていたのが、その馬の名前になったって言われてる。

信じられないだろう?

 元から、この三頭きりだったという訳じゃない。イギリスが中東から輸入した種牡馬は十七から十八世紀の間に二百頭以上いたんだ。でも世代を重ねるうちに、この三頭以外にはほとんどが絶えてしまった。だからこの三頭の血を三大血脈とか三大始祖とか言う。

もうすぐ、ひとつだけになるかもしれないけれどね。

 少し、退屈してきたかな?

まあ、もう少しだから、さ。

長く競馬を続けていくうちに、レースにも格というものが出来てきた。このレースは、すごいレースだ。だから勝った馬はえらい、これは大したことのないレースだ。だから、勝った馬もそれほどではないとね。

本来であれば、レースの格云々以前に、そのレースをどういう馬が走ったか、どういう条件だったかで評価するべきなんだろうけれど、人は何事につけ、尺度をもとめるからね。絶対的な評価基準をね。

その結果、生まれたのが「5大クラシックレース」さ。

この世に生を受けた馬が目指す、一番の栄冠、それが三歳五大クラシックレースと定義づけられた。

競馬の中核をなすこれらのレースの体系が整ったのはイギリス。十八世紀末から十九世紀にかけてのこと。

いわゆる牡馬三冠セントレジャー、ダービー、二千ギニー。牝馬二冠オークス、千ギニーが誕生した。

これらのレースは、年を追うごとにゆるぎないものに育っていった。レースの結果として格が決まるのではなくて、格を決めておいて、そこに人を集めるというのも、いかにも英国的だね。合理主義というか、権威主義というかね。さすが、大英帝国って感じかな。

この五大クラシックという形も、当然日本に導入されている。セントレンジャーが菊花賞に、ダービーが東京優駿に、二千ギニーが皐月賞に、オークスが優駿牝馬に、千ギニーが桜花賞にというように。

これを牡馬三冠、牝馬二冠と言ってるんだ。日本では、牝馬の方にもう一つレースを足して、牝馬三冠にしてるけどね。

このレースを一頭で制したものを三冠馬と呼び、大変な尊敬の対象となっている。

日本で、この三冠を制したものは、牡馬ならたった六頭。牝馬では四頭きり。日本で近代競馬の幕が開いて百五十年。JRAという組織によって、レースが体系的に整備されだして五十年。それだけの年月があって、たったの十頭だからね。

成績書・血統書が完備され、競走体系の整備と合わせて、馬は急速に改良されてきた。大きさも千七百年頃には平均百四十センチぐらいだったのが、現在では百六十センチぐらいにまでなっているし、能力においても格段の進歩がみられている。

 例えば千八百四十六年、初めてレースの時計が正規に計られるようになったけど、その年、ダービーの優勝タイムは二分五十五秒だった。それから九十年後の千九百三十六年には二分三十三秒ちょいで、この記録はそれから約六十年後の千九百九十五年二分三十二秒半くらいになってる。

つまり競馬とは、サラブレッドを生産し、競わせ、勝った馬の所有者と生産者が大きな富と名誉を手に入れるための手段なんだね。

競走馬をもって、競馬させる人を馬主といい、その生産を「馬産」という。そして馬産に携わる人を「馬産家」という。俺と藤哉は、自分たちで馬を作って、それを競馬場で走らせるから、馬主兼生産者、オーナーブリーダーと呼ばれるんだ。といっても、まだ一頭も競馬場にいってないけどね。

でもね、彩夏ちゃん。競馬に携わる人たち全てが富と名誉だけを求めている訳じゃない。

僕たちが、まだ学生だった頃。

競馬場には夢が溢れていた。

葦毛伝説、奇跡の名馬、根性の馬、競走馬をイタズラに擬人化することは好きではないけれど、僕たちはそこを走る彼らに自分たちを重ねていたんだ。

僕たちは彼らに勇気付けられた。夢を信じることが出来た。そこには間違いなく、掛け値なしの真実に彩られたドラマがあったんだ。そのドラマを他の人たちにも感じてもらいたいと思えるくらいに。

それが高じて今はこの稼業さ。

全く、あいつは人を乗せるのがうまいよ。これも全て神の思し召しだと、今では諦めているけどね。

 千年前に中東から吹き出した風は、時を経て北海道の大自然の中にも舞っている。俺と藤哉の、心の中にも優しく、強く。

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