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二〇三二年 二月十日 午後七時:残り九十六時間

 今日も随分と平凡で、当たり障りの無い一日だった。昨日と同じリズムを刻んで、明日へと続いていく。大切だけど、記憶の中に埋没していく運命の日々の一つに過ぎない。

結人(ゆいと、食べよう?」

「あ、うん」

 不意に動きを止めた僕の後ろから、美優(みゆう)が顔を覗き込んでくる。これから続いていく日々に思いをはせていたなんて言うのは恥ずかしくて、僕は曖昧に笑った。

 湯気の立つ食卓に向かい合わせで着いて、両掌を合わせる。そんなときだった。

『それでは、首相の緊急会見を生放送でお送りします』

付けっぱなしだったテレビから、リポーターの緊迫した声が流れたのは。

「何だろうね?」

「新しい法律か何かじゃないかな」

「えー。増税だったら困るんだけどな」

「さすがにそれは無いと思うよ。これ以上増税する意味も無いし」

和やかに会話しながら、手元の皿から口に運んでいく。

 首相が喋りだしたのは、僕達の皿から二口分が消えた頃だった。

『日本国民の皆さん。落ち着いて聞いてください』

画面には、首相の神妙な顔が映し出されている。けど、僕はそれより首相の語り口が気になった。未だかつて、こんな切り出し方をする会見を、僕は見たことが無い。

 美優もそう思ったらしく、疑問符を浮かべながら僕を見ている。

 けど、僕が返事を口にする前に、首相が話し出した。

『各国の天文台が、昨日、地球に接近している天体を観測しました。大きさは金星程度と非常に巨大であり、現在のまま直進すれば、四日後の午後七時、地球に衝突します。概算ではありますが、ほぼ確実に、地球上の生命はすべて死滅するでしょう』

 カラン。

 澄んだ音を立てて、箸が卓上で踊る。それに向けるはずの視線は、今もテレビの画面から離れようとしない。それも、ほとんど頭に入ってきてはいないけど。

 嘘だ。冗談。悪質ないたずら。テレビのドッキリ企画。ありとあらゆる言葉が頭を駆け巡るけど、テレビ画面の首相はニコリともせずに話を続けるだけ。プラカードを掲げた仕掛け人も出て来ない。新しい登場人物は、沈黙と耳鳴りだけだった。

 「……嘘……」

「……嘘なんかじゃ、ないんだ」

これは、紛れもない現実。ためしに腿を抓ってみるけど、痛いだけ。それに、イタズラにしては悪質すぎる。

「……本当に、四日後には地球が滅亡するんだよ」

美優が、耐えられなくなったように両手で口を覆う。僕だって、頭を抱えたい気分だ。僕達は十九歳の大学一年生。古臭い言い方をすれば、まだまだ人生これからだ。なのに、四日後には地球ごと無くなる?

 唐突に、鼻で笑い飛ばしたい衝動に駆られる。けど、首相の涙目がそうはさせない。これでドッキリなんて、冗談がブラック過ぎて笑えないよ。

「……そっか。運命って、残酷なんだね」

美優の押し殺したような呟きが、僕の胸を掻き毟る。僕だって、叫びたかった。誰とも知れない相手に、怨嗟を喚き散らしたかった。どうして今なんだ。なんで僕らが。避ける方法を教えてくれよ!

 胸中で渦巻く真っ黒い感情を抑え込んで、僕も笑った。

「……大丈夫。僕が付いてる」

安易な言葉だとは分かってるけど、どうしてもそれだけは伝えておきたくて。

 泣き笑いのように引き攣った頬が、余計に痛々しい。


今日も随分と平凡で、当たり障りの無い一日だった。昨日と同じリズムを刻んで、明日へと続いていく。大切だけど、記憶の中に埋没していく運命の日々の一つに過ぎない。だから、明日も明後日もその次の日も、こうやって食卓を囲んでいくんだ――――――その、はずだった。


 立ち昇っていた湯気は、いつの間にか消えていた。

同じ状況に置かれたとき、あなたはどうするだろうか。

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