採集
いつも通り、院長先生の治療院で治療のお手伝いをする。
今日は患者さんが多くも少なくもなく、午前の診療時間を大幅に過ぎる事なく治療が終わった。
「せっかくだし、ここで昼食を済ませていってはどうかね?丁度美味しそうな果物を沢山頂いたことだし。パンもあるぞ。」
ここへ治療にやってくる患者さんは治療費の代わりに野菜や果物、パンやお菓子などお金ではなく食べ物であったり、庭のや建物の手入れや掃除などを請け負ってくれる人も少なくない。
元手がほとんどかからないので、払える人だけがお金を払えば良いのだと院長先生は仰る。
大切なのは気持ちなのだと。
なので、患者さんが持ってきて下さるものは有難く頂戴し、自分で消費しきれない分は孤児院へ寄付する。
患者さんもそれを知っており、余裕のある時はわざと多めに持ってきて下さる方も結構いる。
院長先生のお誘いに甘えて、昼食を頂く事にする。
今から向かっても、きっと到着するのはみんなが休憩中だろう。
だったら、ここで少しゆっくりして、転移魔法で行けば良い。
「今日も森で薬草の採集かい?今日は何を取りに行くのかね?」
「確かベラドンナの実と…宿り木の新芽と…マンドラゴラの根です。キノコ類はもう充分だと言われたので…あと、あればヘムロックフルーツも欲しいみたいですけど、きっともう時期的に遅いので…探すだけ探すつもりではいますけど…。」
「ベラドンナ…もうそんな季節かね。悪いがうちにも少し分けてくれないか?ベラドンナの過剰摂取には血液浄化の魔法が一番だよ。覚えておくと良い。時々貴族のご令嬢が興味本位で食べてしまうからね。」
頂き物のフルーツとパン、それから私が昼食に食べるつもりだった茹でたエッグプラントとスープ、それからサラダを院長先生の分も器によそう。
昼食はその日の作業や課題の進み具合で隙間時間に急いで食べるので、つまみやすいものと飲み物で簡単に済ませてしまう事が多い。
とはいえ、時間がある時はゆっくり食べたいので、普段から多めに色んなものを時間停止と容量を大きくする術をかけたポーチに入れて持ち歩いている。
最近は特にまともに昼食を取っていない日もあったので、久しぶりにゆっくり座って食べる昼食は簡素なメニューでも優雅で贅沢なものに感じてしまう。
「今日はローランがアルベール達と一緒なのか…。アンヌは喜んでいただろう?」
「ええ、とっても。私はあまり早く行かないほうが良いみたい。私が行ったら兄は本来の仕事に戻ってしまうからって。アンヌは少しでも長く一緒にいたいんですって。そう言えば兄の浮いた話を聞いた事ないのだけれど…院長先生はご存知ではないですか?」
「ローランの口から『愛おしい』とか『大切だ』という言葉と共に出てくる女性の名前は1人しか聞いた事無いな…。」
院長先生が心底おかしいといった表情で笑いながら言うので、それが誰なのか想像するのは容易かった。
「それってもしかして…」
「そう、君だよ。残念ながら私もローランの浮いた話は聞いた事ないな。いくらエルフの血が濃いと言っても、そろそろ身を固める事を考えても良いと思うんだがね…因みに私もアンヌを勧めているが、リラと同じ歳というのに抵抗があるらしい。ずっと君の父親のつもりでいたみたいだからね。勿論今でもその癖は抜けきっていないようだしね。」
昼食を済ませ、院長先生の所へ納める分の薬草の分量を記したメモを受け取り森へ行く。
精霊たちに案内してもらいすぐに皆と合流する。
皆も丁度休憩を終えるところだったようだ。
「リラ!意外と早かったわね。」
「今日はそんなに忙しくなかったのよ。そうそう、お兄様、院長先生にも頼まれたの。量はこれだけ。」
「ベラドンナは午前中に採った分で賄えそうだ…ユズリハの新芽とマンドラゴラの根と二手に分かれた方が良さそうだな…」
「じゃあ私がマンドラゴラね?その方が効率が良いでしょう?」
「そうだな…。」
「マンドラゴラの方がたくさん必要だからアルとサラと3人で行くわね。アンヌ、お兄様、終わったらアルフレッドおじ様の所で。」
アンヌに笑顔で手を振り、私とアルとサラ3人で森の奥へと進んでいった。
精霊たちに案内をお願いして10分程歩いた頃だろうか?
半日向で柔らかい腐葉土に覆われた場所にマンドラゴラが群生していた。
「えっと、マンドラゴラを引き抜く時は耳栓をするのよね…。」
「音を完全にシャットアウトしなくちゃいけないからね…正しく装着しないと…」
「耳栓なら要らないわ。」
「「えっ!??」」
マンドラゴラを引き抜く際、その叫び声を聞くと命を落とすと言われている。
その為、引き抜く際に二重構造の耳栓をするのが一般的なのだが、それでも正しい装着方法でしていないと気絶してしまう恐れがある。
なのに耳栓が不要だと言ったのは理由がある。
要するに、叫び声を聞かなければ良い訳で、つまり、マンドラゴラが叫び声を上げなければ済む話なのだ。
「睡眠の術と静心の術を予めかけてから引き抜くの。そうすれば引き抜かれる時に叫ばないし、抵抗もしないから簡単に抜けるわ。本当に寝ているかどうか心配なら森の精霊に聞けばちゃんと教えてくれるから大丈夫。」
「それは初耳だわ…。」
「仕方ないわよ、この方法を使うのは私と院長先生くらいらしいもの。」
昔、実母の治療のために習得した術。
定期的に使わなければ腕が鈍ってしまうので、院長先生のアドバイスもあり、こういう形で時々練習をしている。
3人で作業を進めたせいか、あっという間に必要量を引き抜き終わった。
水の精霊の力を借りて泥を落とし、再び静心の術をかけて麻袋に入れ、鮮度を保ち持ち運びを楽にする為の術を施したバッグへ放り込む。
完全に引き抜いて水洗いさえしてしまえばマンドラゴラが叫び声を上げることはないのだが、念には念を入れるのに越したことは無い。
「こんなに早く終わるなんて思ってもいなかったよ。あれ?リラ何をしているんだい?」
「マンドラゴラの実を収穫しているの。アルフレッドおじ様の所でこれと私が以前採集したヘムロックフルーツを交換してもらおうと思って。これ以上ここのマンドラゴラを根から引き抜いては来年以降の採集に支障が出て困るわ。だいたい、ヘムロックフルーツの採集を課題で出すならもう少し早い時期で無ければ無理なのに…。今回はたまたま当てがあったから良かったけれど…。来年からは早めにお願いするか…見つけた時に摘み取って保存しておいた方が良さそうね。」
「リラったらもう薬草や薬果の採集だけで充分生計を立てられそうだわ。」
「フフフ…それも良いわね。でもあまり気を利かせて集めすぎるときっと課題や依頼が増えすぎて自分たちの首を絞めるだけだからその辺の調節が必要ね。」
3人で顔を見合わせて笑い、のんびり歩いて城へ戻る。
大量のマンドラゴラを採集したとはいえ、術を施したバッグは中に入れたものの重さの影響を受けないため非常に身軽だ。
もう半月もすれば雪が降り始めるだろう。
そうすれば森での採集の課題は出なくなるはず。
そしたら私は何をするんだろうか。
アルフレッドおじ様の城へ向かう途中、ふとそんな事を考えてしまった。
「リラ?どうしたの?考え事?」
「あ、ごめんね。明日からの課題の事考えていたの。今日で課題の薬草は集め終わったし、依頼はまだあるけれど、何をするのかなって。もうすぐ雪も降るだろうし…そしたら採集系の課題は出ないんだろうな…とか考えてた。」
サラにそう声をかけられ我に返り答えた時には、もう城壁がすぐそこに見えていた。
「確かにリラは僕たちよりも外でする課題が多いもんね…。」
「今日学校に戻ったらマダム・ソワイエのところに行かなくちゃ。まだ来月の授業の面談していないのよ。」
「最近ずっと外に出ていたものね。リラだけじゃなくてマダムも。」
***
採集したベラドンナの実、ユズリハの新芽、マンドラゴラの根を治療院の分と提出分に分けて麻袋に詰め、治療院へ転移した。
勿論提出分にはマンドラゴラの実と交換したドクニンジンの実も入っている。
サラは院長先生に会うのもここへ来るのも初めてで緊張しているようだ。
アンヌとアルは、院長先生と面識があるがここへ来るのは初めて。
兄も久しぶりだからと同行している。
「マダム…なぜここに?」
治療院にはなぜかマダム・ソワイエがいてお茶を飲んでいた。
「もうすぐリラが来るって言うから待っていたのよ。それにちょっと、仕事の依頼。治癒回復系の魔術の特別講師をお願い出来ないかってね?」
「校医がいるだろう?と断っていたんだがしつこくてね…」
「リラに教えられるのは院長先生しかいないのよ…校医のムッシュ・サンテールは治療に関しては精霊術が専門だし、マダム・ウディノは残念ながらリラの足元にも及ばないわ…。」
「リラにはここで教えるからいいだろう?他の生徒にはウディノの指導で十分なはずだ。第一、本気で治癒回復系の魔術を極めたい術師は学校などに行かず現場で働いているだろう?私がそちらに出向くのは急患が出た時だけ、そう約束したんじゃなかったのか?」
「もう…相変わらず頑固なんだから!特別講師って言ってるでしょう?1回だけよ、1回だけ。」
ケンカ腰で言い争う院長先生とマダムに私たちは呆気にとられてしまった。
兄は苦笑いしているが、だからと言って仲裁をするわけでもなく、それどころか席を外して勝手に物色を始めた。どうやらお茶を淹れたかった様なので、私が代わった。
お茶を入れ、手持ちの荷物から甘い焼き菓子を取り出して皆に配る。院長先生もマダムもそれを口にして少し落ち着いたようだった。
「2人とも結構大人げないわね。お菓子で機嫌が直るなんて。」
「アンヌ…口を慎みなさい…とはいえ2人は似たもの同士だからね…仕方ないよ。」
アンヌと兄は顔を見合わせて笑っている。
なかなかいい感じだ。
話によると、アルも2人が一緒に過ごせるように仕向けたみたいだし、私とアルの気配りの成果だったら嬉しいな…なんて思った。




