【フレデリックの回想~その2~】
森での散歩中、頭の中に聞こえた声のことを思い出していた。
あれは、まさか結の精霊の声だったのだろうか?後ろから押したのも結の精霊なのか?
そう考えていたらフフフという笑い声とともに、
「ソウダヨ…コレカラヨロシクネ…」
と、また頭の中に声がした。
リラの言っていた精霊と話すってこういうことだったんだと理解する。
ってことはあの本の脳内再生も知っていたのか?といたたまれない気持ちになった。
「助ケテ…助ケテ…」
「息子ヲ助ケテクレ…悪魔ダ…助ケテクレ・・・」
僕はリラの手を強く握り、精霊に連れられて走っていた。
許せない、あれでは本当に悪魔だ。
ユニコーンの親子を助けなくては…そう思えば思うほど、怒りで手が震えた。
それからリラの立てた作戦で救出を開始する。
もう無我夢中だった。
自分にできることをしなくては、助けなければという思いだけで動いていた。
リラは冷静だった。
僕が彼女を守らなければいけないのに、僕が彼女に守られているようだった。
急に聞いたことのない不思議な歌をリラが歌っていた。
美しい歌声だったが、冷やかな怒りを感じるその歌で悪魔達は眠った。
ナイフを回収し、逆さに吊るされていたユニコーンを浮遊の魔法をかけながら慎重におろす。
せっかく助けたのに間に合わなかったのか…そう思った時、リラが治癒魔法や回復魔法をかけ始めた。
彼女は持てる魔力と、それ以上のものを使って、ユニコーンの親子を助けた。
やはり僕は彼女を守りきれなかった。
僕が回復魔法を使えていたら。
リラに、僕の魔力を分けてあげられたなら。
彼女は意識を失い倒れる事は無かったはずだ。
僕は無力だ。
倒れたリラを抱きかかえて、自分の無力さに腹が立って涙がこぼれた。
「大丈夫、キミハチャント彼女ヲ守ッタカラ…彼女モソウ思ッテイルヨ…」
結の精霊に慰められたが、それでも何もできない自分が許せなかった。
「男がそんなみっともなく泣かないの。」
そうフローレンス様に言われてやっと落ち着くことが出来たけれど、その後のことはほとんど覚えていない。
母にはものすごく怒られたが、リラが心配でやはり何を言われたかは記憶になかった…。
翌日、リラが目を覚ました時はやっと生きた心地がした。
僕は強くならなくちゃいけない。そう誓った。
夏は盛りを迎え、皆が長期休暇を楽しんでいたが、僕にとって今回の長期休暇とは拘束された日々だった。
父の上司の別荘に家族で招待され1週間程滞在したのだが、その間はリラにも会えず、魔法も使えなかった。
母と祖母に魔法や精霊魔法を使うことを禁止されていたのだ。
僕はリラのところに今まで通り通うつもりで、別荘には行きたくない、僕だけでも家にいる、と言ったら、母に「ふざけるな」という一言で済まされた。
母は仕事だと言って、旅行鞄に荷造りをして出掛けて行った。
家にいるのがダメならば、せめて母の仕事に連れて行ってくれと頼んだが、そちらは「無理」の一言で片付けられた。
母について行けば魔法の練習が出来たのでここに来るよりはずっとずっとマシだったはずだ。
父の上司の別荘はとても大きく、たくさんの貴族が招かれていた。
年頃の男女も多く、出会いの場を提供するという要素も大きかった様で、昼はお茶会、夜はパーティが毎日開かれていた。
僕の2人の兄達も成人してそういうお年頃だったので、出会いを求めて日々努力していた。
どこそこの御令嬢が可愛いだとか、どこそこの御令嬢をダンスに誘っただとか僕にとってはものすごくどうでもいい話ばかりで、しまいには、僕相手に恋愛だとか結婚だとか語り始めた。
もううんざりだ。
成人していない3番目の兄も同様だった。
幸い、僕の友人で、こういった貴族の集まりでも良く顔を合わせるエドワール、通称エドもいたので、何とか発狂せずに1週間の滞在期間を過ごすことが出来た。
エドにも僕と同じ様に成人した兄姉がいたので、ものすごく話が合った。
「本当に死ぬ程つまんないよな。うちの兄も姉も毎日気合入りまくりで、俺なんて全然相手にされないし。」
「うちも同じ。上の2人の兄ならそろそろ結婚とか考え始める年なんだろうけど、3番目の兄もなんか妙にソワソワして気合入ってるんだよね。」
「女の子って分からないんだよな。同じ年なのに、やたら大人ぶるって言うか、俺らのこと子供扱いしていちいち偉そうだし。男同士で居た方がずっと気が楽だぜ。」
「確かにそうだね。せっかく時間があるんだし、剣術の稽古でもしてようぜ。」
だいたいそんな会話をしながら、ほとんどの時間を剣術の稽古を2人でしながら過ごした。
滞在中何度もエドの幼馴染だと言う少女のグループからお茶会に誘われており、断ってばかりでは失礼だろうと1度は行ってみたけれど、彼女達の話はオシャレの話がほとんどでついていけなかったし、恋愛についてどうだとか、どういう子が好みだとかめんどくさい質問ばかりで疲れたので、それ以降の誘いは適当な理由をつけて断っていた。
「疲れた…もう行きたくねぇ。」
「激しく同意するよ。女の子って怖いね…あの質問、エドが先に答えてくれて本当に助かったよ。」
因みにどういう子が好みかって質問は、無意識にリラのこと考えながら答えていた。
「髪が長くて、優しくて、笑顔がすごく可愛くて、ちょっと不思議な子。」
エドは
「フレッドとだいたい同じ。それで美人なら言うことなし!」
と言っていた。
1番面倒だったのは、先程のエドとの会話でも出たけれど、お茶会にいた女の子達の中で誰が1番可愛いか、タイプかと聞かれた時だった。
世間一般からみたら、どの子もまぁそこそこ可愛い部類になるんだろうけど、リラを見慣れてしまった僕には…そう思えるはずもなく、答えるのが難しすぎる質問だった。
幼馴染の無言の訴えに負けたエドが、幼馴染が1番可愛いと言ったので、僕もとりあえず同意してその場を切り抜けたけれど、ついうっかり本音が出てしまう寸前だった。
リラが可愛すぎてここにはそう思える子がいない、と。
リラと一緒だとなんであんなに楽しいんだろうな。
話だってあんなに弾むし、会話が無くてもなんか楽しいもんな…。
リラに会いたい…。
ぼーっとそんな事考えていたら、エドに突っ込まれた。
「フレッド、お前好きな子いるわけ?」
「………ノーコメントで。」
別にリラの事言っても良かったんだけど、根掘り葉掘り聞かれるのが面倒だったし、僕がエルフの郷に行ってるとか、魔法とか精霊魔法が使えることはまだ人に言うなと母と祖母に念を押されているのでそう答える。
「髪が長くて、優しくて、笑顔がすごく可愛くて、ちょっと不思議な子か…そのうち紹介しろよ!」
やっぱ気づきますよね、そうですよね。
「エドはどうなわけ?」
「うーん、わからない。」
「幼馴染の子は?」
「別に嫌いじゃないけど、恋愛とか良くわからん。最近やたら迫力あって怖いし…。」
エドはそれ以上何も言わなかったので、また僕らは剣術の稽古に励むのだった。
1週間の拘束の後、リラに会った時は本当に幸せだった。
久しぶりに会ったリラは、以前にも増して可愛くて、しかも満面の笑みで僕に抱きついた。
もう可愛い、可愛すぎる、鼻血が出そうだ。
恥ずかしくて顔が熱い。
「フレデリックが困っているから早く離してあげなさい。」
ローラン様の声はなんだか冷たくて、笑顔ではあるんだけど、目が笑っていない。
精霊に祝福された日以来、時々そう感じることがあった。
僕らは会えなかった間の出来事を報告しあった。
リラの所にはお兄さん達が来ていたそうだ。
僕に紹介したかったと言ってくれて嬉しかった。
僕の上の2人の兄達とリラのお兄さん達が割と親しいので、何度か会った事があると言ったら驚いていた。
ジャンさんも、ポールさんも優しくていい人だ。
それから僕のつまらない拘束の日々のことを話して、2人で魔法と精霊魔法の練習をした。
1人で練習するよりも、リラと2人で練習した方がずっとうまく行く。
そんな事話していたらその理由をフローレンス様が教えてくれた。
結の精霊のお陰だと。
そうだったんだ…僕は嬉しくなって、
「ありがとう。もっと上手くなりたいんだ。だからこれからも手伝ってくれるかい?」
と、言葉には出さずに聞いてみた。
「モチロン、マカセトイテ!」
そう返ってきた。
緊張する。
こんなに緊張するのは初めてだ。
その理由は3日前に聞いた話のせいだ。
3日前、母に呼ばれて部屋に行くと、そこには祖母もいた。
「明々後日から、フローレンスにエルフ語やら色々と習う話は聞いているだろう?
そのことでちょっと話しておきたいことがあってね。
知らないまま行って当日パニック起こされたら迷惑だからね、ちゃんと覚悟してお行き。」
覚悟ってなんだ?フローレンス様は鬼教師なのか?成績が悪いと拷問されるのか?、とか思いつくことを考えていたが、2人の話は僕の予想の遥か斜め上で、ものすごく混乱した。
前置きがあってこれだから、知らずに行ったら間違いなく大惨事だ。
祖母の話では、僕とリラが一緒に勉強するのは、現王の孫のアルベール殿下とアンヌ女王であること、2人は僕らと対等に接することを望んでいること。
それからリラについてだった。
殿下と王女と勉強することでさえパニックなのに、リラの事を聞いた僕はさらにパニックに陥った。
リラの祖父は現王の叔父で宰相であるフーシェ公爵であること。
そして、リラの祖母のフローレンス様はエルフの王の妹であること。
僕がお世話になっているアルフレッド様がエルフの王様で、ローラン様はエムロードゥ王国の重臣であるとともに、エルフの王位継承順位1位の王族であること。
ってことは、リラの母のマルグリットさんとローラン様は王様の従兄妹だし…
つい最近までリラにもエルフの王位継承順位が2位だったとか、僕と精霊の祝福を受けたからリラの王位継承権がなくなっただとか、僕の脳みその処理能力を遥かに超える事実がなかなか理解できるわけも無く、只々混乱した僕を見て、2人が意地の悪そうな顔でニヤニヤ僕を見ていた。
僕はリラにキスしても殺されなかった幸運を心から喜んだ。
僕の解釈では、テオドール様は孫が可愛いくて仕方が無いお金持ちの貴族、フローレンス様は僕の祖母の親友で、マルグリットさんは母の親友で、アルフレッド様とローラン様は僕の師匠で…そんな感じだった。
そしてリラは…僕にとって守るべきお姫様だ。
あれ…リラってリアルにお姫様だって事?
「まぁ、リラ本人も自分がお姫様だなんて知らないけど…それと祖父母の立場とかそんなのもね。まぁ、アルフレッド陛下に関しては、王様って位は知ってるけど、父親の代わりだと本人に言われいるからあんな感じだしね。国王陛下に関してなんて自分の祖父の友人の気のいいお爺さんって認識だし。フレデリックもそれで構わないんだよ。寧ろあちらはそれを望んでいるからね。急に態度変えたら皆嫌がるから、今まで通りにするんだよ。とは言え、お前だって馬鹿じゃないんだし、王宮に行って一緒に勉強するのが誰か気付いてしまったら普段通りとはいかないだろうからね。先に心構え位させておいてやろうと思ってね。」
「でも、時と場合と場所はわきまえるのよ。ご本人とあなた達だけの時はいいの。でも、公の場所だとか、事情を知らない使用人だとか貴族だとかの前では決して失礼の無い様にすること。いい?リラは多少の失礼があっても血縁上どうにかごまかしても理解されるだろうからいいけれど、あなたの場合そうはいかないんですからね。」
そんな話を聞いて緊張せずにいられるだろうか。
僕はフローレンス様に連れられて宮殿内を歩いていた。
執務室らしき部屋に入るとそこにはリラがいた。
僕は、いつもとは違うリラから目が離せなかった。
いつものシンプルなワンピース姿も可愛いけれど、今日みたいに髪をまとめて、上等なワンピースをきたリラはもっと可愛い。
本当にお姫様だったんだな、と思う。
「リラ、今日とっても…か、かわいいよ…なんだか、よ、妖精の…お、お姫様みたい。」
勇気を出して言った。
すると急にリラの顔が近づいてくる。
「!?」
いや、そんなに近づかれたら困る。
ただでさえ可愛いし、あんな話を聞かされた後だ。
リラは顔の赤い僕を見て、熱があるのではないかと心配してくれた。
彼女のかけてくれた回復魔法のお陰で少し落ち着きを取り戻した。
部屋の奥から出てきたローラン様の視線が痛い…ものすごく怖いんですけど、僕は何かしたのだろうか…。
それから部屋を出てどれ位歩いたのか覚えていないが、今までとは雰囲気の違う建物に入り、通された部屋にはアルベール殿下とアンヌ王女が待っていた。
「今日からこの4人で共に学ぶのです。まずはお互いのことを知らなければいけませんね。今から30分、自己紹介を兼ねて4人でお話しなさいな。」
フローレンス様はそう言うと部屋を出た。
緊張で何も言えない。
「ねえ、あなたはローラン様とどういう関係なの?手をつないでいたけれど、まさか恋人とかじゃないわよね?」
突然、アンヌ王女が不機嫌さ丸出しでリラに問う。
アンヌ王女、怖い、しかも恋人とか…どう考えてもそうは見えない。
恋人では無く、保護者の間違えだろう?
しかし、アンヌ王女の発言で間違いではなかったと確信する。
「えっと、さっきはいきなりごめんなさいね。私の自己紹介を先にするわね。私はアンヌ。お願いだからアンヌって呼び捨てにして。絶対よ。私はローラン様が大好きで、将来の夢は彼と結婚することよ。大人たちには内緒にしておいてね。
えっと、リラ、結婚の約束ってあなたが本当に好きな相手としたの?それとも、大人に決められた約束?大人に決められたならそれは恋人じゃなくてただの婚約者よ。もし、あなたが本当に好きな相手と約束したならそれは恋人よ!!」
しかもリラ、アンヌ王女に何言ったんだ?婚約者?恋人?結婚の約束?それってまさか僕のこと?
「ええっとね、こちらが、私の親友で、恋人で、結婚の約束をしている人。フレデリック・カミーユ・ガルニエよ。私はフレッドって呼んでるの。」
「!???」
キターーーーーーーー!!
僕はリラの恋人だって!?
そう言われるなんて思ってもみなかったからすごく驚いた。
でも何?アンヌ王女を呼び捨てにしろとかハードル高すぎる…。
恋人とか照れる…でも、嬉しい、嬉しすぎる!!
「ええっと、フレッドって呼んでください。よろしくお願いします。」
何とか自己紹介をする。
彼らは本当に対等な関係を望んでいるようだ。
いつの間に僕はアンヌ王女の親友になったんだ?その理論、よくわからない…どうしてそうなるんだろう…彼女はちょっと苦手かもしれない。
そうして僕らは自己紹介を終えたのだった