第四章 18『束の間の休日』
四凶討伐から数日後――。
久方ぶりの休日だった。
探偵社本部の正門前。
休日ということもあり、普段は戦闘服や制服ばかり見慣れている面々も、それぞれ私服姿で集まることにしている。
「おっせぇなぁ」
腕を組みながら爆が欠伸を噛み殺す。
黒いスカジャンの背には金糸で龍が刺繍されている。中には白いオーバーサイズのパーカーを着込み、ダメージ加工の入った黒のカーゴパンツにハイカットスニーカー。
普段の荒々しい雰囲気そのままに、街を歩けばまず目を引く格好だった。
「お前が早すぎるんだ」
後ろから声。
振り返ると滝壺が歩いてくる。
黒のカーゴパンツに灰色のパーカー。
その上から薄手のミリタリージャケットを羽織り、短い髪も相まって遠目には少年にしか見えない。
「お前マジで男にしか見えねぇな」
「殴るぞ」
「休日ぐらい穏やかにいこうぜ」
「お前が言うな」
即答だった。
「会って早々喧嘩かよ笑」
そのやり取りを見ていた斬刹が鼻で笑う。
黒地に派手な刺繍の入ったスカジャン。
細身のジーンズ。
ブーツ。
銀色のアクセサリー。
どう見ても不良だった。
本人も否定する気はない。
「お前ら朝から元気だな」
「斬刹、お前も大概だろ」
「俺は平常運転だ」
そんな会話の最中。
女性の歓声が聞こえた。
「来たぞ」
滝壺が呟く。
そして現れたのは照夜だった。
白のシャツに黒のロングコート。
細身のパンツに革靴。
髪も綺麗に整えられている。
休日のモデルか何かと言われても納得する姿だった。
「相変わらずだな」
爆が呆れる。
「何がだ?」
「モテそうな見た目」
「そうか?」
「自覚ねぇのが一番腹立つ」
滝壺が溜息を吐いた。
そして最後。
少し遅れて現れた聡美に爆の視線が止まる。
白いワンピース。
淡いカーディガン。
長い髪を揺らしながら歩く姿は、仕事場で見せる凛々しさとはまるで違う。
「お、お待たせ」
少し照れながら笑う。
その笑顔に爆が数秒固まった。
「爆」
「……あ?」
「口開いてる」
「うるせぇ」
滝壺に肘で突かれる。
聡美はその様子を見て小さく笑った。
休日が始まった。
◇
街は賑わっていた。
買い物客。観光客。露店。音楽。人の熱気。
平和そのものだった。
「うぉ…」
最初に足を止めたのは斬刹だった。
視線の先は楽器店。
ショーウィンドウに一本のエレキギターが飾られている。
「お前まさか」
「ちょっと見てくる」
「絶対長いぞ」
「知らん」
即答だった。
そのまま入店。
「行ったな」
爆が笑う。
そして数分後。
「すみません」
女性の声。
「え?」
声をかけられたのは照夜だった。
見知らぬ女性二人が話しかけている。
「よかったらお茶しません?」
「連絡先交換でも――」
滝壺が吹き出した。
「ほら来た」
「またか」
爆も苦笑。
照夜は困った顔をしていた。
「少し行ってくる」
「頑張れよ」
「何をだ」
そう言いながら照夜も離脱。
結果。
爆、聡美、滝壺の三人行動となった。
◇
「これ飲んでみたい!」
聡美が指差す。
長蛇の列だった。
最近流行りらしい。
「じゃあ買ってくる」
「え、一人で?」
「すぐ戻る」
爆は列へ向かった。
そして。
問題はその直後だった。
「ねぇねぇ」
男の声。
聡美が振り返る。
チンピラだった。
三人。
どう見ても面倒なタイプである。
「可愛いじゃん」
「暇?」
「俺らと遊ばね?」
滝壺が前に出た。
「断る」
「おぉ怖」
「男かと思ったら女じゃん、丁度いいや」
空気が冷える。
滝壺の眉が僅かに動く。
だが刀はない。
相手は一般人。
殴るわけにもいかない。
だからこそ面倒だった。
「行こう」
聡美の手を引こうとした瞬間。
男が肩を掴もうとする。
その時だった。
「――触るな」
低い声。
男たちの動きが止まる。
振り返る。
そこにいたのは爆だった。
身長百八十五センチ。
鍛え上げられた体。
鋭い眼光。
無言で立っているだけなのに圧がある。
「なんだよ兄ちゃん」
「俺の大事なツレなんだ」
一歩前へ出る。
男たちが無意識に下がった。
「指一本でも触れてみろ」
爆の目が細まる。
「タダじゃおかねぇぞ」
声は静かだった。
だが。
静かだからこそ怖い。
男たちが顔を見合わせる。
「……行こうぜ」
「やべぇわ」
「失礼しました〜…」
逃げるように去っていった。
爆は最後に一言。
「失せな」
それだけだった。
◇
「すごいな」
滝壺が素直に感心する。
「何が」
「喧嘩売らずに追い払った」
「当たり前だろ」
爆は肩を竦める。
そして聡美を見る。
「大丈夫か?」
「う、うん…」
聡美は頬を赤くしていた。
先程の姿が脳裏から離れない。
守られた。
そう実感してしまったから。
「どうした?」
「…な、なんでもない!」
慌てて顔を逸らす。
爆は首を傾げる。
滝壺は全て察していた。
「鈍感」
「?」
「なんでもない」
◇
夕暮れ。
街がオレンジ色に染まる。
再び合流した五人。
斬刹はギターのカタログを抱え。
照夜は何故か疲れ切っていた。
「何があった」
「聞くな」
珍しく疲れている顔だった。
全員が笑う。
日が沈み切るまで遊び続け。
そして帰る時間が来る。
探偵社本部前。
「じゃあな」
「また明日」
滝壺と斬刹が歩き出す。
照夜も続こうとした。
その時。
「聡美」
爆が呼び止めた。
全員が止まる。
「ん?」
振り返る聡美。
爆は頭を掻いた。
そして。
「…今度はちゃんと二人で行かねぇか」
一瞬。
空気が止まる。
「今日みたいな全員じゃなくて」
照夜が露骨に嫌そうな顔をした。
斬刹は吹き出す。
滝壺も口元を緩める。
そして。
聡美は微笑んだ。
戦場では見せない。
誰よりも柔らかく。
誰よりも美しい笑顔。
「うん」
迷いなく。
「行きたい」
その返事に爆も笑う。
照夜は面白くなさそうに鼻を鳴らし。
斬刹はニヤニヤが止まらない。
滝壺もまた、静かに微笑んでいた。
長い戦いは終わった。
だからこそ――。
彼らの日常は、これから始まるのだった。




