第二章 13『タルタロス』
世界総合刑務所。
その名を聞いただけで、並の犯罪者ならば喉を鳴らす。
そこは牢獄であり、処刑場であり、そして世界から隔離されたひとつの地獄だった。
巨大な黒鉄の城壁が空を遮り、幾重にも張り巡らされた結界が空間そのものを歪ませる。
門の前に立つだけで、肺の奥へ鉛を流し込まれるような圧迫感があった。
「……ここが」
爆は見上げる。
今まで見てきたどんな建物よりも重い。
ただ大きいのではない。
そこに閉じ込められているものたちの怨嗟と、ここを支配する者の威圧が、壁にまで染みついているようだった。
「ビビったか、ボウズ」
隣で烈火が笑う。
「ビビってねぇよ」
「嘘つけ。顔が硬ぇ」
「うるせぇ」
軽口を返しながらも、爆の手は無意識にスルトの柄を握っていた。
アーノルド。
空気を弾丸に変え、衝撃波で肉を抉り、目が見えずとも敵の動きを読む男。
あの男に届くためには、剣だけでは足りない。
距離を詰める力。
拳に耐える体。
見えない攻撃を前にしても怯まない胆力。
その全てが必要だった。
「行くぞ」
烈火が門の前に立つ。
次の瞬間、黒鉄の扉が軋みを上げた。
重い音が大地を震わせる。
門が開くたび、内側から熱とも冷気ともつかない異様な空気が漏れ出した。
そして、その奥。
暗い通路のさらに向こうから、ひとつの気配が歩いてくる。
足音はない。
だが、わかる。
近づいている。
近づくだけで、全身の血が逆流するような圧がある。
「――来たか」
低い声が響いた。
闇の奥から現れた男は、巨大だった。
ただ背丈があるだけではない。
存在そのものが重い。
鍛え抜かれた肉体。静かな眼光。まるで山が人の形をして歩いているような威容。
マンダラ序列一位。
ディアボロス。
爆は息を呑んだ。
アーノルドの圧とは違う。
あれが荒れ狂う暴風なら、目の前の男は沈黙した火山だ。
動かない。
喋らない。
だが、いつ噴き上がってもおかしくない。
「お前が火神爆か」
「……ああ」
喉が乾く。
それでも爆は一歩前に出た。
「俺を、鍛えてくれ」
その言葉に、ディアボロスはしばらく黙った。
沈黙が重い。
数秒か。
あるいは、もっと長かったのか。
やがてディアボロスは、静かに目を細める。
「理由は」
「強くなりてぇ」
「弱い者ほど、それを言う」
言葉が刺さる。
だが、爆は引かなかった。
「負けた。守れなかった。届かなかった。だから強くなる」
拳を握る。
「次は、あの野郎に好き勝手させねぇ」
その返答を聞き、ディアボロスの口元がわずかに動いた。
笑ったのか。
それとも、呆れたのか。
爆にはわからない。
「いいだろう」
ディアボロスが背を向ける。
「ついてこい」
その先にあったのは、地下へ続く巨大な螺旋階段だった。
一段降りるごとに、体が重くなる。
二段。
三段。
十段。
「……っ」
膝が軋む。
空気が重いのではない。
重力そのものが、爆の体を地面へ押し潰そうとしていた。
「ここから先が超重力エリアだ」
ディアボロスは平然と歩いていく。
「まずは立て」
「は?」
「ここで立っていられなければ、修行以前の問題だ」
直後。
階段を降り切った瞬間、爆の全身に凄まじい重圧が叩きつけられた。
「が――ッ!?」
膝が落ちる。
手をつく。
肺が潰れ、息が吐き出される。
立つどころではない。
ただ四つん這いでいるだけで、骨が悲鳴を上げていた。
その爆を見下ろし、ディアボロスは静かに告げる。
「始めるぞ」
地獄は、門の外ではなかった。
ここからが本番だった。




