第二章 11『炎の形』
刀を置け。
その一言は、爆にとって剣で斬られるよりも重かった。
日神邸の庭に、夜の静けさが降りている。
昼間に烈火と打ち合った跡はまだ地面に深く刻まれており、焦げた土の匂いが風に混じって鼻を刺した。
爆はその中心に座り込んでいた。
目の前にはスルト。
己の相棒であり、己の力そのものであり、そして今の己では扱い切れていない未完成の刃。
「俺にとって、刀とは何か……」
呟いてみても、答えは返ってこない。
敵を斬るもの。
勝つためのもの。
強くなるためのもの。
どれも間違いではない。
だが、どれも烈火の求めた答えではない気がした。
爆は膝の上で拳を握る。
思い出すのは、あの研究所での敗北だった。
アーノルドの笑い声。
見えないはずの目で全てを見透かすような動き。
圧縮された空気の弾丸。
回転する衝撃波。
そして、仲間たちが傷ついていく光景。
あのとき、自分の剣は届かなかった。
斬りたいものに届かず、守りたいものを守れず、ただ怒りだけが空回りした。
「……くそ」
吐き捨てるような声が漏れる。
そのとき、背後から砂利を踏む音がした。
「まだ唸ってんのか、ボウズ」
烈火だった。
片手に茶の入った湯呑みを持ち、寝間着のような軽い格好で庭に出てくる。
その姿だけ見れば、昼間に爆を一方的に叩き伏せた剣士とは思えない。
「答え、出たか?」
「出てねぇよ」
「だろうな」
烈火は笑い、爆の横に腰を下ろした。
「刀ってのはな、持ち主の生き方が出る」
「生き方?」
「怒りで振るやつの刀は荒れる。守るために振るやつの刀は重くなる。何も背負ってねぇやつの刀は、どれだけ速くても軽い」
爆は黙る。
烈火は空を見上げた。
「お前の刀は爆発してる。だが燃えてねぇ」
「……同じじゃねぇのかよ」
「違ぇよ。爆発は一瞬だ。燃えるってのは、消えずに残るってことだ」
その言葉に、爆の胸が小さく鳴った。
消えずに残るもの。
怒りではない。
悔しさでもない。
もっと奥にあるもの。
爆はゆっくりとスルトを見た。
自分はなぜ、この刀を握っているのか。
勝ちたいからではない。
強く見られたいからでもない。
照夜を、滝壺を、斬刹を。
そしてこれから出会う誰かを。
――もう、目の前で倒れさせたくない。
その瞬間、スルトの刀身が微かに震えた。
「……あ?」
爆が目を見開く。
ロケットミサイルのような歪な刀身の奥で、赤い光が脈を打つ。
まるで、ずっと押し込められていた何かが目を覚ますように。
烈火が口元を吊り上げた。
「ようやく、火がついたか」
スルトの形が、軋む。
金属が悲鳴を上げる。
刃が震え、余分な外殻が剥がれ落ち、内側から新たな輪郭が現れ始める。
爆は息を呑んだ。
それは爆発するための刃ではない。
斬るための刀。
燃え続けるための剣。
赤熱した刀身が、夜の庭を静かに照らしていた。
「……これが」
爆は新たなスルトを握る。
重さが違う。
形が違う。
だが、不思議と手に馴染んだ。
まるで最初から、これが本当の姿だったかのように。
烈火が立ち上がり、紅蓮丸を抜く。
「休憩終わりだ、ボウズ」
「今からやんのかよ」
「ああ。答えが出たなら、次は体に叩き込む番だ」
爆は立ち上がる。
疲労は残っている。
体は痛い。
それでも、先ほどまでとは違う熱が胸の奥にあった。
烈火が笑う。
「来い。今度は、折れねぇ炎を見せてみろ」
爆は新たなスルトを構えた。
夜風が止まる。
次の瞬間、二つの炎が激突した。




