第二章 10『折れた炎』
烈火の刀が、空気を焼いた。
爆は反射でスルトを掲げる。
金属と金属がぶつかったはずなのに、響いた音は衝突ではなく、爆発に近かった。
「ぐっ……!」
腕が痺れる。
受け止めた。
確かに受け止めたはずだった。
だが、爆の体は踏ん張りごと後ろへ押し流され、地面に二本の溝を刻む。
「おいおい、その程度かよ」
烈火は笑っていた。
挑発ではない。
見下しでもない。
ただ、純粋に楽しんでいる。
「太陽流はな、燃やす剣じゃねぇ。燃え尽きねぇ剣だ」
「意味、わかんねぇよ……!」
「わからねぇから弱ぇんだよ」
烈火が一歩踏み込む。
それだけで、爆の視界が赤く染まった。
刀身が迫る。
火の線が走る。
首を狙う一閃。
爆は咄嗟に身を沈め、スルトを横に薙ぐ。
烈火の刀とスルトが噛み合い、火花が散った。
だが、次の瞬間、爆の腹に衝撃がめり込む。
「かはっ……!」
膝蹴りだった。
刀だけではない。
間合いも、体捌きも、呼吸も、全部が違う。
爆の体が宙に浮く。
その浮いた体へ、烈火の柄が叩き込まれた。
地面に叩きつけられ、視界が揺れる。
土の味がした。
「立て」
烈火の声が落ちる。
「まだ始まってもいねぇぞ」
爆は歯を食いしばり、片膝をつく。
体中が痛い。
アーノルド戦で負った傷が、奥から再び開くように疼いている。
それでも、立つ。
立たなければならない。
あの研究所で、何もできなかった。
照夜が倒れ、滝壺が吹き飛ばされ、斬刹が血を流し、自分も地面を這った。
そして、アーノルドは笑っていた。
敵は逃げたのではない。
見逃したのだ。
それが、何よりも腹立たしい。
「……まだだ」
爆はスルトを握り直す。
「俺は、まだ折れてねぇ」
「そうかい」
烈火が刀を肩に担ぐ。
「なら、折れるまで叩く」
再び、衝突。
爆の剣は荒い。
力任せで、直線的で、怒りが前に出すぎている。
それでも一撃一撃に熱はあった。
烈火はその全てを受け、流し、弾き、時に真っ向から叩き潰す。
爆が斬る。
烈火がかわす。
爆が踏み込む。
烈火が半歩ずれる。
爆が叫ぶ。
烈火が笑う。
勝負にはなっていない。
だが、爆の炎は消えていなかった。
「紅炎の――」
爆がスルトを振り上げる。
刀身に炎が走る。
爆発するような熱が膨れ上がり、周囲の草を焦がす。
「舞ッ!!」
全力の一撃。
それは、今の爆が持つ中で最も鋭く、最も強い剣だった。
だが――、
「悪くねぇ」
烈火の刀が、静かに振られる。
派手さはなかった。
爆の炎を裂き、爆の一撃を割り、スルトの軌道そのものを殺すような斬撃。
次の瞬間、爆の体は地面を転がっていた。
炎が消える。
土煙が晴れる。
爆は仰向けに倒れたまま、空を見上げていた。
「……くそ」
声が震える。
悔しさで、喉が焼ける。
烈火は倒れた爆を見下ろし、刀を鞘に納めた。
「お前は強くなりたいんじゃねぇ」
「……あ?」
「負けたくねぇだけだ」
その言葉に、爆の目が見開かれる。
「それじゃ足りねぇ。守りたいもんも、斬りたいもんも、背負うもんも決めねぇ剣は、どこまでいってもただの暴れ火だ」
烈火は背を向ける。
「明日から、刀を振るな」
「は……?」
「座れ。考えろ。お前にとって刀とは何か。答えが出るまで、スルトは抜かせねぇ」
爆は拳を握る。
言い返したい。
すぐにでも立ち上がって、もう一度斬りかかりたい。
だが、体は動かなかった。
そして何より、烈火の言葉が胸の奥に刺さって抜けなかった。
負けたくないだけ。
それは、否定できなかった。
爆は奥歯を噛み締める。
「……上等だよ」
小さく呟く。
「考えてやる。俺にとって刀が何なのか」
その目には、まだ火が残っていた。
烈火は振り返らず、口元だけで笑う。
「いい顔になってきたじゃねぇか、ボウズ」
日が傾き、山の影が伸びる。
火神爆の修行は、剣を振ることではなく、剣を置くことから始まった。




