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マンダラ  作者: メメメ
第二章『ノクスの影』

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第二章 1『アーノルド』

 夜明けの光は、勝利の余韻を照らすにはあまりにも白すぎた。


 廃工場の周囲には、まだ焦げた臭いが残っている。

 瓦礫の隙間からは薄く煙が上がり、崩れた鉄骨が朝日に照らされて鈍く光っていた。


 火神爆は、その場に立ったまま拳を握り締めていた。


 倒した。

 確かに倒したはずだった。


 昨日、爆たちは依頼を受け、街外れに現れた異形の怪物を討伐した。

 爪は鉄板を裂き、牙は地面を抉り、咆哮だけで空気を震わせるような化け物だった。


 だが、それでも倒した。


 滝壺の刃が脚を断ち、斬刹の一撃が胴を裂き、爆の炎がその命を焼き尽くした。

 そこまでは、ただの討伐だった。


 問題は、その後だ。


「……なんだよ、これ」


 爆の目の前には、怪物の死骸から取り出された黒い金属片があった。


 肉の奥深くに埋まっていたそれは、骨とも機械ともつかない不気味な形をしていた。

 ただの異物ではない。

 まるで、生き物の体内で育ったように、血管と肉片が絡みついている。


 暁照夜がそれを布越しに持ち上げ、目を細める。


「自然の魔獣ではないな。少なくとも、普通の変異では説明できない」


「つまり、誰かが作ったってことか?」


 爆の問いに、照夜は答えなかった。


 答えないことが、答えだった。


 滝壺は無言で周囲を見渡している。

 斬刹は刀の柄に手を置いたまま、瓦礫の奥を睨んでいた。


 空気が重い。


 戦いが終わったはずの場所で、まだ何かが終わっていない。

 そんな感覚が、全員の背筋にまとわりついていた。


 そのときだった。


「――へぇ。思ったよりやるじゃねぇか」


 声がした。


 低く、荒く、笑いを噛み殺したような声。


 爆たちが一斉に振り向く。


 崩れた工場の二階部分。

 折れた鉄骨の上に、一人の男が立っていた。


 黒い外套。

 乱れた髪。

 バンドのようなもので隠された目。


 その男は、爆たちを見下ろしながら、心底楽しそうに口の端を吊り上げていた。


「誰だ、てめぇ」


 爆が低く唸る。


 男は肩を揺らして笑った。


「名乗ってやるよ。俺はアーノルド。犯罪組織ノクスの幹部の一人だ」


 ノクス。


 その名を聞いた瞬間、照夜の表情がわずかに変わる。


 爆にはまだ、その名の重さまではわからない。

 だが、わかったことが一つある。


 こいつは敵だ。


「幹部だかなんだか知らねぇけどよ」


 爆が一歩前に出る。


「この化け物は、てめぇらの仕業か?」


「ああ? だったらどうすんだよ」


 アーノルドは楽しげに笑う。


「怒るか? 斬るか? 燃やすか? いいぜ、やってみろよ。こっちはそのために見に来てんだ」


 爆のこめかみが跳ねた。


 見に来た。


 その言葉で、すべてが繋がる。


 怪物は偶然現れたのではない。

 爆たちは、ただ依頼をこなしたのではない。


 試されていたのだ。


「……ふざけんなよ」


 爆の拳に炎が灯る。


 小さな火だった。

 だが、その熱は瞬く間に膨れ上がり、周囲の空気を歪ませる。


「人の街に化け物放って、俺らの戦い見物してやがったってことか」


「そうだよ。で? 何か問題あんのか?」


 アーノルドは悪びれもしない。


 むしろ、爆の怒りを見て嬉しそうに笑っている。


「弱ぇ奴は死ぬ。使えねぇ奴は潰れる。生き残った奴だけが価値を持つ。そんな当たり前のこともわかんねぇのか?」


「てめぇ……!」


 爆が地面を蹴る。


 次の瞬間、滝壺の腕が爆の前に伸びた。


「待て」


「あぁ!?」


「誘っている」


 滝壺の声は冷静だった。


 しかし、その瞳には静かな怒りが宿っている。


 アーノルドは愉快そうに舌打ちした。


「ちっ。つまんねぇな。少しは頭回る奴もいんのか」


 アーノルドの周囲の空気が、歪んだ。


 目に見えない何かが圧縮され、耳の奥を押し潰すような圧が場を支配する。

 瓦礫の欠片が浮き上がり、次の瞬間――破裂した空気が爆風となって広がった。


「下がれ! 空気が圧縮されている!」


 照夜の叫びと同時、爆たちは腕で顔を庇う。

 暴風が視界を奪い、砂塵が朝日を濁らせた。


「覚えとけ、火神爆。神威滝壺。罪道斬刹。暁照夜」


 荒れ狂う風の向こうで、アーノルドの声だけが響く。


「ノクスはお前らを見てる。せいぜい強くなれよ。じゃねぇと――」


 風が一際強く唸る。


「次は遊びじゃ済まさねぇぞ」


 爆風が弾け、砂塵が晴れたとき、鉄骨の上にアーノルドの姿はなかった。


 残されたのは、朝日と、瓦礫と、焦げた臭い。

 そして、胸の奥に残された明確な敵意。


 爆は炎の消えた拳を握り締め、歯を食いしばる。


「ノクス……アーノルド……」


 名前を噛み砕くように呟く。


 その声には、もう迷いはなかった。


「上等だ。見てろよ。次会ったら、ぜってぇぶっ飛ばす」


 こうして、ただの依頼だったはずの一件は終わりを告げた。


 だがそれは、終わりではない。


 犯罪組織ノクス。

 その幹部アーノルド。


 彼らの影が、探偵社の前に初めて姿を現した瞬間だった。

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