プロローグ 王都音楽祭
俺は王立魔法アカデミーのとある一室で王都音楽祭の演奏会に向けて渾身の新曲を書き上げた。
王都音楽祭とは王家主催の王国最大の音楽行事で、王族、貴族、国外の要人まで集まる政治的にも重要な式典だった。
俺は王国魔法アカデミー音楽クラスの学年首席としてソロ演奏に抜擢 、ビクトリアは式典の主役級の立場で参加する事になっていた。
「レックス、ついに完成したのね!」
クラスメイトのビクトリアが新曲の譜面を手に取った。
「嗚呼、とりあえず完成だ。感想を聞かせてくれ」
俺は近くのイスに腰掛けて感想を求めた。
「すごく良い出来だわ! さすが、魔法アカデミー史上最高の傑物と呼ばれるだけの事はあるわね!」
ビクトリアは興奮気味に語った。
「大袈裟だよ」
「そんな事ないわ、私の貴方を見る目は間違ってなかったわ」
ビクトリアは俺の方を向いてしみじみのべた。
俺とビクトリアの出会いは俺が音楽クラスの神楽科で頭角を現した頃の事だった。ビクトリアの方から近付いて来て、告白ではなく、第三王子がしつこく付きまとってくるから俺にニセの恋人になって欲しいと頼まれた事が始まりだった。
それからはと言うと、ビクトリアは甲斐甲斐しく俺の世話を焼き、本物の恋人のように振る舞った。
しかし、次第にビクトリアは俺が他の女子と喋ったりビクトリアの意に沿わない行動をとると不機嫌になったりした。
俺は恋人のフリをするにしてもここまでリアルにする必要があるのかとも思った。
ある時、俺が恋人のフリを辞めたいと申し出た事もあったが、ビクトリアは突如、怒りだし手がつけられなくなったので諦めた。
さらに束縛は激しくなり、年がら年中、監視されるようになった。俺は下級貴族なので、いずれにせよ公爵の娘という立場が上のビクトリアには逆らえなかった。
ビクトリアは才色兼備で気立てもよく非の打ち所がないように見えたので俺以外の生徒からは大人気だった。
そんなビクトリアと俺が付き合っている事を面白く思わない面々が数多くいて、嫌がらせも日常茶飯事だった。
そんな俺はビクトリアの顔を見てしみじみ思った。もう少しで楽しくもない学校生活とビクトリアの支配とも卒業して自由になれる。
俺はそう考えるだけで身も心も軽くなり、ビクトリアとも明るく話せるようになった。
「じゃあ、帰るか」
俺がそう言うと「ハイ!」と明るく返事を返してくれるビクトリアだった。
俺は出来上がった譜面を学校の保管庫に入れて、シッカリ鍵を締めた事を確認した後、ビクトリアとともに王立魔法アカデミーを後にした。
王家主催の王都音楽祭は、ハマーにとって、王族としてのおのれの威厳を示す絶好の機会と考えていた。
ここでレックスが輝けば ビクトリアの心は さらに レックスに傾き、王位に就くことを企むハマーの立場はますます悪くなる。 ハマーはそれが許せなかった。
ハマーの計画では第一王子の支援者であるマイバッハを、娘のビクトリアを自分の女にする事で味方に付け、次代の王になる事を予定していた。その為にはレックスは邪魔で仕方なかった。
ハマーは側近の第三王子付筆頭宮廷魔術師ベルファイアを呼んだ。
「レックスの奴をおとしめる良い方法はないか?」
ハマーが問うた。
「レックスのアルトサクソフォンに魔力を暴走させる呪具を埋め込ませればよろしいかと存じます」
宮廷魔術師ベルファイアは一計を案じた。
ハマーは王立魔法ミュージアムの奥底から、演奏時の魔力が共鳴し 爆発的な衝撃波を発生させる禁忌のアルトサクソフォン(サックス)用リードを手下に命じて盗み出させ、それをレックスのアルトサクソフォンの楽器ケースに隠した。
「コイツをレックスが使う時の顔を考えるだけで飯が美味くなるな」
ハマーはほくそ笑んだ。
他にもレックスが作曲した新曲の譜面の中に、ハマーは隣国の反乱軍が使う攻撃合図のコードを巧妙に紛れ込ませようとしていた。
ハマーは神楽科の保管庫をオノレの権力を使ってアカデミー関係者にワイロを渡し、開けさせて譜面を盗み見ると、お抱えの暗号兵を使って、その旋律の中に隣国の反乱軍が使う攻撃開始の暗号を数小節だけ、改ざんし、挿入させた。
「レックス、これでお前はお終いだ!」
ハマーはうそぶいた。
王都音楽祭当日、ハレの舞台でレックスはいつも通り自由に音を紡いだ。しかし、演奏がクライマックスに差し掛かった瞬間、 楽器が異常に震え出した。魔力が暴発し、会場に衝撃波 が走った。
「グッ、グワァーッ!」
「キャーッ」
あちこちから叫び声がなり響いた。
「どうなってんだ」
衝撃波のせいで、王族席の装飾が飛び、 観客が悲鳴を上げた。ビクトリアは護衛に守られながらもその場に倒れこんだ。レックス自身も何が起きたか理解できなかった。
騒動が起きてしばらくたった。混乱の中 ハマーはすぐに動いた。
「この楽器から禁呪の魔力反応が出ております」
魔術師はアルトサクソフォンを抱えあげた。 ハマーはレックスの楽器から 禁呪の反応が出ているとハマーの息の掛かった魔術師に証言させた。
次に譜面の中からハマー自身が紛れ込ませた不審なコードをこれ見よがしに掲げた。
「この旋律を聞け!これは我が国の防衛結界を無効化する反乱軍の暗号コードだ。音楽専攻のエリートであるレックスは、その才能を売国に利用したのだ!」
ハマーはレックスを糾弾した。
「ビクトリア、お前も共犯だ」
さらにハマーは、譜面をめくる手伝いをしていたビクトリアも共犯として拘束しようとした。
「この複雑な暗号を一人で運用できるはずがない。有力貴族の娘であるビクトリアが手引きしたに違いない」
まるで鬼の首でも取ったように大声で叫んだハマーは俺に近付いた。
「レックス、お前が主犯だと認めれば、唆されただけのビクトリアは特赦を与えよう」
ハマーはレックスの耳元へ小声で持ちかけた。
レックスはビクトリアが反逆罪に問われるのを防ぐため、全校生徒と王族の前で、あえて不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「……気づくのが遅すぎたな、俺は反乱軍のスパイだ。ビクトリアはただの飾りとして利用しただけだ。おかげで、俺はここまで潜り込めた」
この言葉は、ビクトリアの心を深く傷つけたが、彼女を無実の被害者として切り離す唯一の方法だった。
ハマーはその光景を見て勝ち誇った様に高笑いをした。
「レックス、お前はもうお終いだ」
ハマーはそう言い残すとお気に入りのメイドを呼び出し、夜の街へ消えて行った。
王家への式典での不祥事は音楽エリート校にとって致命的であった。
「レックス君、優秀な君がこんな事をするなんて非常に残念だよ!」
アカデミー関係者の筆頭教授が声をあげた。
「王家への反逆行為、禁呪を用いた演奏、妨害、生徒の安全を脅かす危険人物となってしまったら、さすがに我々では庇いきれないよ」
神楽科の担当教授が口惜しそうに悔しがった。
これらの理由で俺は魔導犯罪者として音楽の道を断れる形でアカデミーを即日追放になった。
俺は自由を求めていたはずなのに自由を求めた結果 、反逆者になってしまった。




