【三年の眺望】第33話:『秋のオトズレ』
『秋のオトズレ』
https://youtu.be/Lgqw3MN7_XY
※こちらで視聴可能です
高校三年生の秋。黄金色の西日が、いつもの練習スタジオに長く影を落としていた。窓の外では、風に揺れるすすきが物悲しげに踊っている。
「はぁ〜…今年の文化祭、ライブ出ないって決めたら、なんか一気に張り合いなくなっちゃったなー」
練習の合間、床に寝転がったミオが、天井を仰ぎながら気だるそうにつぶやいた。
「まあ、しゃーないでしょ。受験生なんだし」
ルナもスティックを放り投げ、ミオの隣にごろりと寝転がる。
「そうだけどさー。去年の今頃は、セトリ考えるので大盛り上がりだったじゃん?なんか、寂しいよな」
「うんうん。でも、受験が終わったら、またみんなでライブ、いっぱいしようね!」
ユメカが、みんなを励ますように明るい声を出した。その言葉に、スタジオの空気は少しだけ和らぐ。
「…さて、と。じゃあ、そろそろ練習再開しますか」
凛が仕切り直し、全員がのそりと起き上がってそれぞれの楽器を手にした。
葵がギターをジャラーンと鳴らす。
「ん?なんか今日、音ズレてない?」
ミオが首をかしげる。
「チューニングは合わせたはずだけど…」
葵が怪訝な顔で自分のギターを確認する。
「あー、チューニングじゃなくて、気分じゃね?なんか全体的にゆるいっていうか、フワフワしてるっていうか」
ルナが的確な指摘をすると、ミオも「あー、それかも」と納得した。
「でも、こういうゆるい感じも、秋っぽくて良くない?」
ユメカが、ふわっとした笑顔で言った。
「なんか、あったかいカフェオレ飲みたくなっちゃう感じ!」
そのあまりにもユメカらしい表現に、ミオは思わず笑ってしまった。
「ふふ、確かに。季節が変わっていくみたいに、全部がスムーズじゃなくても、たまにはこういう日もいいかもしれませんね」
凛もにこやかに同意する。
「……適当でいい」
エフェクターのツマミをいじっていた葵が、ボソリとつぶやいた。
「お、葵もそう言うなら、今日はそういう日にしますか!」
ミオはすっかり元気を取り戻したようだ。
「だよな!誰かに聞かせるわけじゃないんだし、完璧より、心地よさでいこうぜ!この間ルナも言ってたじゃん、『真面目すぎると重くなる』って」
「言ったっけ?まあ、言ったかもな。覚えてないけど」
ルナはけろりとしている。
その後の練習は、練習というより、ゆるやかなセッションのようになった。
ミオはアドリブで鼻歌を歌い、ユメカは不思議なタイミングでベースの音を滑らせる。ルナのドラムも、いつものパワフルさより、気ままな散歩のようなリズムを刻んでいた。
「あ、ごめん、今のメロディ、めっちゃズレた!」
ミオが笑っても、誰も「もう一回!」とは言わない。そのズレすらも、今日のBGMの一部みたいで、なんだか心地よかった。
凛のオルガンのようなキーボードの音に包まれながら、葵が弾くギターの和音が、不意に胸にじんわりとしみる。
たったそれだけのことだけど、それで十分だった。
「この空気感、今はなんか、すごく愛しいかも…」
ミオが、誰に言うでもなくつぶやいた。
練習が終わり、みんなで再び床に寝転がる。
「文化祭ライブはなくてもさ、こうしてただ集まって、ぐだぐだ音出すの、やっぱ楽しいな」
ミオの言葉に、全員が静かに頷いた。
「うん。何も起こらない午後だけど、こういう時間の中で、確かに何かが育ってる感じがする」
凛が、窓の外の夕焼けを見ながら言った。
季節が変わる。音も変わる。そして、自分たちも少しずつ大人になっていく。
でも、この場所で、この仲間と奏でる時間は、変わらない。
この日の気だるくて、でも温かいセッションが、後に『秋のオトズレ』という曲になったことを、この時の彼女たちはまだ知らない。ただ、こんな風に奏でられる日を、もう少しだけ、好きでいようと、みんなが思っていた。
特別な日でなくても、居心地の良い場所や時間が「かけがえのないもの」だと、ユメカは思った。
『秋のオトズレ』
https://youtu.be/Lgqw3MN7_XY
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