表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/17

終話笑話



 それから1カ月程して、米津が覚醒剤取締法違反で逮捕されたと聞いた。

 ミユが警察に提供した情報から密売人を突き上げ捜査し、その中で米津がヒットしたようだ。

 米津は芸能人と密売人をつないで、そこから少なくない金を得ていたらしい。

 中には、米津が直接、覚醒剤を渡すこともあったというが、芸能事務所の広報担当という役職から、信頼されていたのだろう。

 米津を「信書開封」とラベリングしたが、実際は「覚醒剤取締法違反」が正しかった。


 大田原社長は損害賠償請求どころか、自分のところのモデルが売れっ子芸人のまっちょフィフティーフィフティーを引きずりこんだ形となり、手の平を返して前澤副社長にすり寄った。

 その話がどこでどう転んだのか、大田原の秘蔵っ子のモデルと、前澤が猛プッシュするピン芸人が、異色のグループを組み、大人気となっている。らしい。

 俺はテレビを観ないのでよくわからないが、準大手のハウスメーカーのCMソングに起用され、妙に頭に残る「Wara-ii-ya Sore-ii-ya」という二人のフレーズが、コンビニやスーパーで毎日流れている。

 大田原の高笑いが裏で聞こえる気がする。

 そして、遺影に写ったあの社長の朗らかな笑顔が浮かぶ。

 俺の笑いで送り出されたあの社長は、口を大きく開けて笑いながら、大和撫子を見守っているに違いない。


 ミユは「ダルク」と呼ばれる、薬物依存症からの回復を目指す施設に行った。

 薬物依存症からの回復。

 はっきり言って簡単なことではない。

 施設に行ったから治ることが約束されるというものではない。

 だが、ミユは確実に自分で1歩を前に出した。

 それが大事なのだ。

 この1歩が尊いのだ。

「覚醒剤やめます。」

「もう二度と使いません。」

「誘惑に負けません。」

「使いたくなったら、子どもの顔を思い浮かべます。」

 決意の表情でそう言った奴らがまた捕まって、何度俺の前に来たか。

 薬物に対して、精神論で立ち向かってはダメだ。

 施設に行く、病院に行く、プログラムを受ける。

 行動が大事なのだ。

 方法はいくつかある。

 地に足を付けた方法がある。


 まっちょは地方営業を続けている。

 テレビ復帰はしばらくはなさそうだ。

 いや、パロ亡き今、まっちょ単体でまた売れる日が来るとは思えなかった。

 そもそも、パロとの芸が生まれるまでの何十年も、陽の目を浴びてこなかったのだ。

 トークが冴えず、見た目もパッとせず、気もきかない。

 そんなまっちょフィフティーフィフティーが売れるわけがない。

 事務所では、パロに代わる相方として、「インコの次は亀だ」、「蟹だ」、「アリクイとかおもしろくないっスか」など、冗談か本気かわからない提案がされていた。


「笑い屋さん、まっちょとコンビ組みませんか?」

 まっちょの元マネージャーの糸井がそんなことまで言い出した。

 眼が本気だ。

 冗談じゃない。

 言葉どおり裸一貫のオッサンと、何が嬉しくて芸人をやらないといけないんだ。

 そこで、俺はある人物をまっちょに引き合わせた。

 元「ビーフじゃ~き~」のツッコミの谷中だ。

 「ビーフじゃ~き~」はその漫才で俺の腹をよじらせる程の実力を持っていたが、ボケのイワシが芸人を辞めたことで解散となった。

 俺が「ビーフじゃ~き~」を解散に追い込んだ、とまでは言えないかもしれないが、そのキッカケにはなったのではないかと責任を感じていた。

 谷中は元々イワシに誘われて芸人を始めたこともあって、解散後は事務所を辞めてアルバイト暮らしをしていた。

 大先輩のまっちょフィフティーフィフティーを前に、谷中は最初こそ緊張していたものの、「不倫ネタってイジっても大丈夫ですか?」と頼もしい発言をしていた。

 そして、俺は二人の伝説のギャグが生まれた瞬間に立ち会うことができて、心底感動した。

 まっちょフィフティーフィフティーがボテッと出た下腹をさすりながら、「ワタシ、食べても太らない体質なのよね~」と言うと、谷中が「食べる前からコレステロール」とツッコむというものだ。

 俺はこのギャグで息ができなくなるほどに笑った。

 何回見ても笑える鉄板のギャグだ。

 倍程の年齢差のあるコンビだが、この二人が演芸場を笑いでいっぱいにする光景が浮かぶ。



 笑い屋。

 というのは、誰かを笑わせるというのではない。

 俺が笑うから、笑い屋だ。

 生きていれば、嫌なことは山ほどある。

 本当に山ほどだ。

 いや、もう山単体じゃない。

 連なっている。

 山脈か。

 イヤなこと山脈。

 寝床から1ミリだって動きたくないときもある。

 車にひかれる方が楽だと思うときさえある。

 事故れば行かずにすむ。

 心がいっぱいで、大事な人に当たってしまうときもある。

 そんな自分も嫌で仕方ない。

 いっそラクになりたい。

 逃げ出したい。

 知らない土地に行きたい。

 何もかも投げ出したい。

 他人は「逃げるな」と言う。

 それって「逃げ」なのか。

 自分を守ることじゃないのか。

 自分を守ることのどこが逃げなのか。

 おもしろいことなんて1つもない。

 ワクワクなんてしない。

 楽しいことなんて全くない。

 自分を作りたくなんてない。

 誰かにこびへつらうなんていやだ。

 なんであいつのために。

 でも言えない。

 誰も頼れない。

 話を聴いてくれた同僚も、わかってはいない。

 俺のこの辛さをわかってはいない。

 しんどい。

 キツイ。

 重い。

 足が重い。

 心が重い。

 あいつの顔が浮かぶ。

 心臓がグッと握られたように止まる。

 血の気が引く。

 何のために俺は生まれてきたんだ?

 こんなことのために生きているのか?

 人のご機嫌をうかがって。

 思ってもいないことを言って。

 俺はそんなことのために生きているのか?

 笑おう。

 この地獄のような世界でも、笑おう。

 笑ってみよう。

 声を出して。

 わっはっはは。

 あっはっは。

 ひーぃ。

 ひゃっはー。


 ・・・むなしい。


 はっはっは。

 むなしいよ。

 なんにもおかしくないのに笑うんだから。

 でも、少しだけ。

 少しだけ心が軽くなる。


 生きてるよ。

 俺、生きてるよ。


 はっはっは。


 生きてるよ。


 はい、もしもし。

 笑い屋です。

 お電話ありがとうございます。

 いつでも、どこでも、笑います。






※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。皆様の評価やリアクション、感想がとても嬉しいです。ありがとうございます。

平和や治安を守ってくださっている方々にスポットを当てた作品を作っています。よろしければリアクションや感想等をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 吾居 松禾代さん、こんにちは。 「顔面凶器の捜査一課長だった俺が、「笑い屋」になって笑顔を振りまく話」拝読致しました。  拙作「ロンギヌス」への感想ありがとうございました。  お礼という訳ではあり…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ