三話 少年ギジル
「そうだ、ケル。もう一個頼まれてくれ」
トカさんが、糸でへその緒を縛る作業を見ていると、トカさんが言う。
「ああ、いいよ」
「助かる。じゃあ、ギジルんとこからミルクを貰ってきてくれ」
ギジルか・・・・・・。
「ギジルかぁ・・・・・・」
「なんだお前。この前のコンの時といい、友達いねえのか?」
「いるよ! ・・・・・・だけど、あいつはあいつで・・・・・・」
口調の荒いリルンも大概だが、まああいつはいいとして、ギジルは・・・・・・。
僕はいつもあいつと話す時のことを思い出す。
「ま、まあいいよ、行ってくる」
「おう、行ってらっしゃい」
僕は重たい扉を押して家を出る。
ギジルは、友達だ。だが、時々厄介で・・・・・・。いつもいつも、俺は騎士になるんだとかなんやらとか言って、戦え戦えと言ってくるのだ。
まあ、あいつは賢いが筋力がないので、いつもトレーニングをしている僕に勝てるわけがないのだが。
僕は魔法使いになった方がいいと言っているのに・・・・・・。
と、なんやかんやと考えているうちにそのギジルの家に着く。
ギジルの家はこの村の端にある。なぜなら、大規模な家畜小屋があるからだ。そこから得られるミルクや牛肉は、この村の助けになっている。
僕は平たい家の扉を二回たたく。返事はすぐに返ってきた。
「ケルーーーー!」
バァンと音がするほどの勢いで、横の窓が開いたからだ。そして、そこから顔をだすのは茶髪にほおにそばかすを付けた、眼鏡の少年。
こいつがギジル。僕よりも二つしたの男の子。
「・・・・・・おう。なあ、ミルクをもらいに」
「勝負しよう!」
・・・・・・・・・・・・これだから、こいつは・・・・・・。
こう言われたら、承諾するまでこいつの気持ちを変えることはできない。
「・・・・・・じゃ、軽く一回だけな」
「うん!」
とてつもない速さでギジルが顔を窓から引っ込める。そして、すぐに顔を出して僕に向けて模擬用の木刀を投げた。
僕はそれを両手でキャッチする。
「じゃ、いつもの場所でやろ!」
「わかってるよ」
そして僕はいつもの場所という名の畑の真ん中へと向かう。
この時期はまだ植え込みが始まっていないのか、地面も固い。と思っているとすぐにギジルがやってきた。
「行くよ! 一本勝負だからね!」
「わかってるよ。毎回やってるだろ?」
「ふふふ。進化した僕の太刀・・・・・・くらう゛ぇっ?!」
スコーンといい音がして、踏み切ろうとしたギジルの右足のすねをたたく。
「だから、見え見えだってば。もっとスマートに」
「うぅ・・・・・・で、でもまだ頭には当たってないから続行だね! 今度こぐぇっ!」
「頭打とうとすればいつでも打てるんだって」
僕はガラガラの頭に木刀を一戦。
パコーンと音がして、ギジルがその場にうずくまった。
「うう・・・・・・。今日こそいけるって思ったのに・・・・・・」
「ふっふっふ。毎日トレーニングをしている僕に勝つには、それ以上に努力しないとね!」
まあ、僕に勝る努力家なんてこの村ではそういないけど!
・・・・・・そういえば、なんで来たんだっけ?
「あ、目的忘れてた。ギジル」
「・・・・・・うん?」
若干不機嫌なギジルに向けて、両手を合わせる。
「子猫拾ったんだ。で、ミルクをちょっと貰いたいんだけど・・・・・・」
「・・・・・・僕が負けたんだ。いいよ、あげる」
「ありがとう!」
そう言って、とぼとぼと自分の家へと戻っていくギジルに両手を合わせる。
勝負ならば僕は容赦はしない。だって負けるのが嫌だから。負けず嫌いってよく言われる。
しばらくすると、ミルク瓶の入った箱をギジルが持ってきた。
「このぐらいでいい?」
「いや、そんないらないけど・・・・・・」
「ま、持って行ってよ。いっつも勝負に付き合わせちゃってるし」
そう申し訳なさそうにギジルが言う。
ギジルも本当はかなり賢いのだ。たとえこれが常識的なことだとしても、子供にしてはかなり優秀である。
まあ、同じ子供の僕が言えることではないが。
「じゃ、ありがたく貰っておくよ。ありがとな!」
「どうも。また良かったら勝負してくれないか?」
「ああ、いいとも」
そうして俺はギジルに背を向ける。
「あ! 待って最後に一つ!」
ギジルが興奮した口調で僕を呼び止める。
一体なんだろう? 僕は顔だけで振り返って目で先をうながす。
「これ、大人から聞いた話なんだけど、明日騎士様がこの村に泊まっていくらしいよ!」
「え?!」
騎士がこの村に?!
これには僕も興奮を抑えられない。
「それ、本当?!」
「うん! みんな言ってたから、きっと本当だよ!」
僕は両手が塞がっているので、心の中で本気のガッツポーズをする。
騎士といえば、子供にとっての憧れであり、今の世界を支えている素晴らしい役職のことだ。騎士は、この世界にある二つの大陸、パルド大陸とデルス大陸のうち、人間のすまうパルド大陸をデルス大陸からやってくる魔物から守る仕事をしている。
そんなとてつもなくかっこいい人々が、明日こんな小さな村にくるというのだから・・・・・・。
「僕の腕前、見て貰えるかな・・・・・・」
若干上の空になりながら、僕はトカさんの家に向かった。