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二話 赤い文字

 ・・・・・・なんだ、これ?

 僕は窓から差し込む朝日で目覚めて、まず僕の視界の端に映るそれに気づく。

 赤い文字だ。

 こんなもの、前は無かったが・・・・・・。

 かなり端の方に映っているし、顔を動かすと文字も動いてしまうので、頑張ってなんとかその文字を読み取る。そこにはこう書かれていた。


 《おさななじみ を ころせ あと ふつか》


 ・・・・・・おさななじみをころせ?


「?!」


 驚いて僕は顔をたたく。


「・・・・・・いってえ」


 僕はなぜ顔をたたいたんだ?

 ・・・・・・幼なじみというのは、おそらくリルンのことだ。僕の親は仲が良くて、僕を生んだあとにビギー夫妻とともにここに引っ越してきた。だから、幼なじみと呼べるほど長い付き合いなのはリルンだけ。

 そのリルンを殺せ? はっ。馬鹿馬鹿しい。


「悪趣味な幻覚だ」


 僕はそう割り切って、部屋を出た。


 ―― ―― ―― ―― ――

「おはよう、ケル」

「おはよう母さん」


 僕はリビングに出て、背を向けて朝食を作っている。


「珍しいね、母さん今日は仕事じゃないんだ?」

「ええ。父さんは仕事だけれどね」


 そうこっちを見ずに母さんが言う。

 実を言うと、僕と母さんはあまり仲が良くない。父さんがただでさえ家にいないのに、母さんも仕事が忙しくて滅多に帰ってこないからだ。


「私も、明日からまた出張よ。・・・・・・一ヶ月もね」

「そうなんだ。大変だね」


 その二言だけで途切れてしまう会話。

 ・・・・・・こういう沈黙が、苦手なんだ。

 その日は無言の朝食を食べて、また母さんは出かけてしまった。それが普通のことだから、僕もそれを見送ってトカさんのところに行く。

 正直、僕の親はトカさんのようなところがある。トカさんは、僕の親がいないときに僕の面倒を見てくれたから、父親という印象がどうも拭えない。


「おはよ、トカさん」

「おうケル。おはよう」


 今日も農作業をこなすトカさんに声を掛けて、その近くの重りを手足に装着する。


「お前もトレーニングばっか飽きねえなぁ」

「そんな成長を見ていてくれないのかい?」

「はっ。達者な口をききやがる。行ってきな」

「行ってくる」


 そう笑うトカさんを背に、僕は日課のジョギングを開始する。

 この村を五、六周するぐらいの簡単なトレーニングだが、これがなかなか堪える。だがその苦痛も僕にとっては日常のスパイスだ。

 重りはお手製だ。それなりの重さがある。

 畑を通り過ぎて、村役場も通り過ぎて、宿屋を通り過ぎて・・・・・・。


「ニャーン」


 ・・・・・・ニャーン?

 僕は鳴き声が聞こえて足を止める。声がしたのはあの茂みの方・・・・・・。

 僕は吸い込まれるようにしてその茂みに足を向ける。そして茂みをかき分けると・・・・・・。


「・・・・・・子猫か。親がいないのかな?」


 そこには、へその緒も着いたままの白い子猫がいた。周りに親猫がいる気配はない。

 とりあえず、このままじゃ死んでしまうだろう。僕は子猫を大事に抱き抱える。

 こんな時は・・・・・・とりあえず、トカさんに聞こう。

 僕は全速力であの畑へと向かう。


「トカさん!」

「おう、どうした? ケル」


 悠長にそう聞いてくるトカさんに、僕は子猫を見せる。


「この子、親から捨てられてたみたいなんだけど、どうすればいいかな?」

「猫か・・・・・・。そうだな、とりあえずなんか食わせねえと行けないが・・・・・・」


 真剣にトカさんが考える。子猫はまだ元気があるようで、僕の腕の中で身をよじっている。

 それを見て、トカさんが少し笑顔を浮かべて言う。


「まあ、元気そうなら一回体を洗ってあげねえとな。うちに来いよ」


  ーー ーー ーー ーー ーー

「トカさーん。このぐらい?」


 僕は温くなったお湯を桶に溜めて、子猫を抱えたトカさんの元に持っていく。それにトカさんが人差し指を入れて言う。


「・・・・・・うん。まあこんなもんでいいだろう。ありがとうな、ケル」

「いや、トカさんの言う通りにしただけだから」


 そう答えると、トカさんは「そうか。じゃあ俺のおかげだな」と言って笑った。

 僕もそれにつられて笑う。


「じゃ、有能な俺の命令だ!」

「命令って言っちゃうのか・・・・・・」

「まあ俺は有能なだからな」


 調子に乗ってるなあ、まったく。

 ・・・・・・調子にのっている時のトカさんって、結構ひどいことになるんだけど。


「じゃあ命令だ! ――ちょっとナイフ持ってこい」


 ・・・・・・ナイフ。


「と、トカさん?! 何をしようとするんですか?!」


 僕はばっと子猫をトカさんから取り返して怒鳴る。


「お、おいおい、そんな声を荒げんなって。へその緒ちょん切るだけだぜ?」

「・・・・・・ちょん切る必要ある?」

「あるとも! そんなんぶら下げて生きてくの嫌だろ?」


 まあ、確かにそうか・・・・・・。ちょっと早とちりだったな。

 納得した僕は子猫をトカさんに預けて、テーブルの上のナイフを持って行く。


「あ、一個忘れてた。もう一個命令だ」


 そう言って僕の方を見るトカさん。

 ・・・・・・なんだか嫌な予感がするなぁ。大丈夫かな?


「そのナイフ、熱しておけ」

「や、やっぱりトカさん・・・・・・」

「だから最後まで話を聞けって。ナイフを熱しとかないと、病気にかかるかもわかんねえだろ?」


 そう・・・・・・なのかな?

 まあ、今は大人のトカさんの言うことに従うのがいいだろう。


「わかったよ」


 僕はかまどに薪をくべて、炎の魔石で火を付ける。

 この世界では、魔法が発達していて、どんな小さな農村でも魔法が日常には不可欠だ。

 ぼうぼうと燃え盛る炎をじっと見つめながら、少しだけ色の変わっていくナイフをおもむろに動かしながらふと思い出した文字のことを考える。


《おさななじみ を ころせ あと ふつか》


 これは一体なんなのだろう? そしてなんの意味があるのだろう? 疑問ばかりだが、とりあえず頭の片隅に置いておくしかないか。

 だって、なんの情報も無いのだから、考えようがない。


「おーい、まだかー?」


 僕を呼ぶトカさんの声で僕ははっと我に返る。

 そして、ナイフを見ると・・・・・・。


「あ、大丈夫みたい!」


 もう、少し刃先の方が赤くなってしまっていた。

 ここまでやる必要は無かったな・・・・・・。いつも大事そうにしていたナイフだから、少し心が痛む。


「ご、ごめん。やり過ぎたみたいで・・・・・・」

「おう、まあ念には念をってやつだ。ありがとうな」


 そう言われて、僕はほっとする。

 そのまま、トカさんが子猫を看病する様子を見ていた。 

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