第79話 選ばれる国家
「この場で、国家の意思として判断を仰ぎます」
その言葉が落ちた瞬間、大広間の空気が揺れた。
静寂ではない。
ざわめきでもない。
――迷いだ。
誰もが理解している。
これはもう、一人の罪を裁く場ではない。
この国が、何を選ぶのか。
それを決める場だ。
私は一歩、引いた。
もう語ることはない。
あとは――選ばせる。
「……ふざけるな」
最初に声を上げたのは、貴族の一人だった。
「国家の意思だと?」
「こんな場で決めることではない!」
当然の反応。
だが、それでいい。
「では、どこで決めますか」
私は静かに返す。
「密室で?」
「一部の者だけで?」
言葉が止まる。
彼は答えられない。
「今回の件は」
私は続ける。
「三つの都市に影響を与えました」
「民衆に影響を与えました」
「ならば」
視線を広間全体へ向ける。
「国家として判断するのが筋です」
沈黙。
誰も否定できない。
理屈ではない。
正しさだ。
「……ではどうする」
別の声。
老貴族。
長年、この国を支えてきた男。
「何を基準に判断する」
私は答える。
「結果です」
短く。
「この行為が」
「国家にとって必要だったのか」
「それとも」
一瞬、間を置く。
「害だったのか」
それだけでいい。
難しい話ではない。
目の前の現実を見るだけだ。
ざわめきが広がる。
議論が始まる。
「違法ではない」
「だが結果が……」
「制度を利用しただけだ」
「それで都市が崩れた」
意見が割れる。
当然だ。
これは単純な善悪ではない。
だからこそ――
意味がある。
私は黙って見ていた。
介入しない。
誘導しない。
これは私の戦いではない。
国家の戦いだ。
その時。
「……一つ、いいか」
低い声。
全員の視線が向く。
ドミニク・ヴァルトハイム侯爵。
静かに立っている。
いつものように。
だが、その存在感は圧倒的だった。
「発言を許可します」
ルシアン殿下が言う。
侯爵は一歩前に出る。
「今回の件」
ゆっくりと口を開く。
「違法ではない」
場が静まる。
誰もが分かっていること。
だが、彼の口から出ると重みが違う。
「制度の中で行われた」
「つまり」
視線を巡らせる。
「制度の問題でもある」
ざわめき。
矛先が広がる。
個人から、構造へ。
だが――
侯爵は続ける。
「しかし」
一瞬、間を置く。
「だからといって」
その目が鋭くなる。
「責任が消えるわけではない」
沈黙。
空気が変わる。
「制度を理解し」
「その穴を使い」
「国家を揺らした」
エルドランを見る。
「それは」
短く言い切る。
「政治だ」
その言葉が、すべてを変えた。
違法かどうかではない。
政治としてどうか。
その基準に引き上げられた。
「ならば」
侯爵は言う。
「政治として判断するべきだ」
視線が広間に向く。
「この行為が」
「国家に必要か」
「不要か」
それだけだ。
シンプルだ。
だが逃げられない。
沈黙。
そして。
一人が言った。
「……不要だ」
小さな声。
だが確かに響いた。
「国家を混乱させた」
「民を危険に晒した」
「必要とは言えない」
次に、別の声。
「同意する」
「結果が悪すぎる」
「認められない」
連鎖する。
声が繋がる。
波のように。
「不要だ」
「認めない」
「責任を問うべきだ」
空気が変わる。
完全に。
私はそれを見ていた。
静かに。
確かに。
これが――国家の意思。
エルドランは、動かなかった。
だがその目は。
初めて、揺れていた。
わずかに。
だが確実に。
「……なるほど」
小さく呟く。
その声は、もう余裕ではなかった。
「では」
ルシアン殿下が立ち上がる。
全員の視線が集まる。
「国家の意思として」
低く、はっきりと。
「本件を“国家に対する有害行為”と認定する」
決まった。
逃げ場は、もうない。
だが――
まだ終わりではない。
エルドランが、ゆっくりと顔を上げた。
そして。
笑った。
「……面白い」
その一言で、空気が再び揺れる。
「では」
一歩、前に出る。
「その責任を、どう取らせるのか」
視線が鋭い。
まだ終わっていない。
次の戦いが、始まる。
私は静かに息を吐いた。
ここが最後ではない。
だが。
一つ、越えた。
国家が選んだ。
ならば――
次は。
その選択の“結果”だ。
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