第55話 王妃の覚悟
王宮の朝は、いつもより静かだった。
再評価委員会が終わり、制度監査院の設置が可決され、王宮の政治はひとつの区切りを迎えている。
だがそれは終わりではない。
むしろ始まりだった。
執務室の窓から王都を見下ろす。
市場が動き始め、荷車が通り、店の扉が開く。
あの街のすべてが政治の結果の上にある。
ルシアン殿下が書類から顔を上げた。
「まだ考えているのか」
私は小さく頷いた。
「侯爵の言葉が」
「残っているか」
「ええ」
王権の暴走。
制度の危険。
歴史。
すべて正しい。
それでも私は思う。
制度は必要だ。
だが――
制度を作る者は、その責任から逃げてはいけない。
私は静かに言った。
「殿下」
「なんだ」
「私は今まで」
言葉を探す。
「参謀でした」
殿下は黙って聞いている。
「制度を設計する人間」
「政治を横から支える人間」
それが私の立場だった。
婚約破棄された令嬢。
第二王子に拾われた参謀。
だが今は違う。
私はゆっくり続ける。
「ですが」
「国家を変えるなら」
「外側にはいられません」
殿下の目がわずかに細くなる。
私は真っ直ぐ見た。
「私は王妃になります」
沈黙。
長い沈黙。
やがて殿下が言う。
「……今までと何が違う」
私は答える。
「責任です」
制度が失敗した時。
政治が人を傷つけた時。
国家が揺れた時。
逃げ場がない立場。
「王妃なら」
私は言う。
「国家の一部になります」
政治の当事者。
殿下はゆっくり立ち上がった。
そして私の前まで来る。
「それは」
静かな声。
「覚悟がいる」
「ええ」
「敵は増える」
「分かっています」
「歴史に残る」
「それも」
殿下は少しだけ笑った。
「今さらだな」
私も小さく笑う。
確かにそうだ。
ここまで来て逃げる場所はない。
殿下は言った。
「エリシア」
「はい」
「王妃になるなら」
その声は低く、重かった。
「この国を背負え」
私は迷わず頷いた。
「はい」
それが答えだった。
その日の午後。
王宮から一つの発表が出る。
王位後継者ルシアン殿下。
そして――
エリシア。
王妃候補として正式発表。
王都はざわめいた。
驚き。
期待。
反発。
すべてが混ざる。
ドミニク侯爵の屋敷。
側近が報告する。
「王妃候補の正式発表が」
侯爵はゆっくり頷いた。
「来たか」
窓の外を見る。
「彼女は」
静かに言う。
「逃げなかった」
それは敵を見る目ではない。
政治家を見る目だった。
侯爵は小さく笑う。
「ならば」
紅茶を置く。
「国家の戦いだ」
王宮。
私は一人で窓の外を見ていた。
王都の灯り。
人々の生活。
そのすべてが政治の上にある。
参謀ではない。
王妃。
国家の中心。
その重みを感じながら、
私は静かに息を吐いた。
戦いは続く。
だが今、
私は逃げる場所を失った。
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