第56話 外交の手紙
王宮の朝会議は、いつもより緊張していた。
宰務官が一通の書簡を机の中央に置く。
「隣国ルーデン王国より正式書簡です」
重い封蝋。
王国紋章。
外交文書だった。
ルシアン殿下が封を切る。
部屋は静まり返る。
書簡は短かった。
だが、その内容は十分に重い。
殿下が読み上げる。
「王国の急激な制度改革は地域秩序を不安定にする可能性がある」
「隣国として強い懸念を表明する」
ざわめきが広がる。
宰務官が言う。
「要するに」
「圧力です」
私は書簡を受け取り、目を通した。
外交文書は遠回しに書く。
だが意味は明確だった。
――改革を止めろ。
さもなければ問題になる。
私は静かに言った。
「経済です」
殿下が見る。
「隣国の狙いは?」
「王国の経済支配です」
ルーデン王国は交易国家だ。
もし我が国の制度改革が成功すれば、
交易構造が変わる。
つまり彼らの利益が減る。
宰務官が言う。
「つまり」
「改革が成功すると困る」
「はい」
私は頷いた。
ルシアンは椅子にもたれた。
「内政の次は外交か」
「国家とはそういうものです」
私は答えた。
その時、近衛騎士が報告に入る。
「ルーデン王国の外交使節が到着しています」
会議室の空気が一気に変わる。
「早いな」
殿下が呟く。
「向こうも本気です」
私は言った。
外交は戦争の前段階だ。
そして今回の戦いは剣ではない。
制度。
経済。
国家の形。
それが争われる。
その日の午後。
王宮謁見室。
ルーデン王国の使節団が並んでいる。
先頭に立つのは中年の外交官。
冷静な目。
計算された笑顔。
「ルーデン王国外交大使、アルトマンと申します」
丁寧な礼。
だがその言葉の裏には
明確な意図がある。
「王国の最近の改革について」
「いくつか懸念があります」
私は横で静かに聞いていた。
外交は殿下の役目だ。
だが今回の問題は
制度そのもの。
つまり
私の問題でもある。
大使は続ける。
「急激な制度変化は地域経済を混乱させます」
「我が国の商人も不安を抱いています」
遠回しな言葉。
だが意味は明白だった。
ルシアンが答える。
「我が国の内政だ」
静かな声。
「他国が口を出す問題ではない」
大使は微笑んだ。
「もちろん」
「ただ」
少しだけ言葉を区切る。
「もし混乱が続くようであれば」
「我が国としても経済措置を検討せざるを得ません」
経済制裁。
それが本音だった。
部屋の空気が冷える。
私は一歩前に出た。
殿下が少しだけ目を向ける。
「発言を許可します」
私は大使を見た。
「商人が不安?」
「はい」
「では」
私は静かに言う。
「直接話しましょう」
大使の眉が動いた。
「何と?」
「交易です」
私は続ける。
「我が国の改革は」
「交易を拡大します」
大使は初めて沈黙した。
政治圧力には政治で返す。
だが
経済圧力には
経済で返す。
それが国家だった。
ルシアンが小さく笑う。
「続けろ」
私は頷いた。
外交戦は
今、始まったばかりだった。
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