第49話 制度を壊す方法
ドミニク・ヴァルトハイム侯爵は、その日の夜もいつも通り紅茶を飲んでいた。
側近たちは沈黙している。
第一王子アルノルトの会見は、想定外だった。
象徴として使うはずの駒が、盤面の外へ出た。
「……侯爵」
側近の一人が恐る恐る口を開く。
「対応を」
侯爵は、ゆっくりとカップを置いた。
「何を?」
「第一王子殿下が――」
「問題ない」
静かな声だった。
側近たちは顔を見合わせる。
「象徴が消えた?」
侯爵は微笑む。
「象徴など最初から必要ない」
窓の外を見る。
王都の灯りが遠く揺れている。
「制度は、理念では壊れない」
「だが」
指先で机を軽く叩く。
「運用で壊れる」
それが、彼の答えだった。
同じ頃。
王宮の執務室。
私は書類を読みながら言った。
「地方税収の報告が遅れています」
マリエルが頷く。
「三州です」
「理由は?」
「手続きの確認」
それだけ聞けば、普通の事務処理だ。
だが。
「偶然ではありません」
私は書類を机に置く。
「委員会の地方代表です」
ルシアン殿下が腕を組む。
「つまり」
「運用妨害です」
制度は、完成している。
だが、人が動かさなければ意味がない。
「税収が遅れれば」
私は言う。
「財政計画が崩れます」
「緩衝政策も止まる」
そして――
改革が失敗したように見える。
「合法だな」
殿下の声。
「はい」
法律違反ではない。
ただ、遅いだけ。
「……やはり侯爵か」
「おそらく」
直接命令は出さない。
だが空気を作る。
それが彼の戦い方だった。
私は立ち上がる。
「地方へ行きます」
殿下が眉を上げる。
「またか」
「今度は視察ではありません」
私ははっきり言う。
「運用を直接回します」
制度は紙ではない。
動かなければ意味がない。
夜。
侯爵の屋敷。
報告が届く。
「王宮から地方視察団が出ます」
侯爵は微笑む。
「予想通りだ」
「制度を守るために動く」
それは彼女の強さ。
だが同時に弱点でもある。
「人は有限だ」
侯爵は言う。
「制度は広い」
地方は多い。
問題は次々に起きる。
どこまで走れるか。
「……走らせろ」
侯爵は静かに命じた。
「疲れたところで」
「本当の疑問を出す」
王宮。
私は窓の外を見る。
王都の灯りは変わらない。
だが、地方では火種が増えている。
制度を壊すのは、革命ではない。
遅延。
疲労。
そして疑問。
ドミニク侯爵は、そういう戦いをしている。
私は小さく息を吐いた。
「長い戦いになります」
殿下は頷く。
「望むところだ」
改革は、理念では勝てない。
運用で勝たなければならない。
そしてその戦いは――
今、ようやく始まったばかりだった。
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