第48話 敗者の言葉
王都中央広場は、朝から人で埋まっていた。
貴族、商人、記者、市民。
これほど多くの人が第一王子アルノルトの言葉を聞くために集まるとは、数か月前なら誰も想像しなかっただろう。
敗者は、物語になる。
それが政治だった。
壇上には簡素な机と椅子。
王家の紋章は掲げられていない。
だが、全員が分かっている。
ここに立つ男は、かつて王位に最も近かった人物だ。
ざわめきが広がる。
「本当に来るのか」
「何を言うつもりだ」
「改革批判だろう」
記者たちは筆を構えている。
サロンの貴婦人たちは期待している。
地方貴族は様子をうかがっている。
そして――
ドミニク・ヴァルトハイム侯爵も、広場の端で静かに立っていた。
やがて扉が開く。
アルノルトが姿を現した。
歓声はない。
だが沈黙が落ちた。
彼はゆっくり壇上へ歩き、群衆を見渡す。
その目は以前より落ち着いていた。
「集まってくれて感謝する」
短い言葉。
記者のペンが動き出す。
「まず言っておく」
アルノルトは静かに続けた。
「私は王位を望んでいない」
ざわめき。
だが、それはすでに聞いた言葉だ。
「そして」
彼は少しだけ間を置いた。
「私は敗者だ」
群衆が静まる。
侯爵の眉がわずかに動く。
「王位継承争いで敗れた」
「制度の議論でも敗れた」
「婚約でも失敗した」
誰も笑わない。
事実だからだ。
「だから、私は政治家として語る資格はない」
記者たちが顔を上げる。
予想していた言葉ではない。
「だが」
アルノルトは続ける。
「一人の人間としてなら、話せる」
群衆を見渡す。
「改革は急すぎる」
そこまで聞いて、侯爵の側近が小さく頷いた。
だが、次の言葉が続く。
「だが」
アルノルトは言った。
「止めるべきではない」
広場がざわめく。
侯爵の側近が顔を上げる。
「私は反対した」
「だが、私は間違えた」
沈黙。
アルノルトははっきり言った。
「制度は必要だ」
「曖昧な統治は、いつか国を壊す」
侯爵の目が細くなる。
これは、台本にない。
「だが」
アルノルトは続ける。
「制度を作る者は」
「人の顔を見なければならない」
広場の空気が変わる。
「私はそれを理解できなかった」
「だが、理解している者がいる」
誰のことか、全員が分かる。
「エリシアは」
名前が出た瞬間、広場が揺れる。
「冷たい女ではない」
静かな声。
「少なくとも、私よりは人を見ている」
それは弁護ではない。
訂正だった。
記者たちのペンが一斉に走る。
侯爵の側近が慌てて侯爵を見る。
侯爵は、ただ静かに言った。
「……そうか」
そして小さく笑う。
「選んだか」
アルノルトは最後に言った。
「私は敗者だ」
「だから、せめて」
「敗者としての責任を取る」
群衆は静まり返っていた。
拍手は起きない。
だが、誰も嘲笑しない。
それは、予想していた政治演説ではなかった。
人間の言葉だった。
王宮の執務室。
私は報告書を読み終え、静かに息を吐いた。
ルシアンが言う。
「予想外だったな」
「ええ」
私は小さく頷く。
「盤面が変わりました」
ドミニク侯爵の戦略は、象徴を使うことだった。
だが象徴は、意思を持った。
そして意思は――
政治を裏切る。
ルシアンは窓の外を見た。
「さて」
「侯爵はどう動く」
私は答えた。
「次は、政治ではありません」
視線を上げる。
「制度そのものを壊しに来ます」
戦いは、まだ終わらない。
むしろ――
ここからが本当の戦いだった。
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