第39話 選ぶということ
翌朝、イザベラ・クラウディアは二種類の試算書を持ってきた。
「こちらが淘汰を容認した場合の五年推移」
「こちらが緩衝措置を導入した場合です」
机の上に並べられた数字は、冷酷なほど明確だった。
淘汰案。
短期的混乱。
だが三年後、税収増。
緩衝案。
倒産率減少。
だが財政負担増。
「どちらも正解です」
イザベラは淡々と言う。
「どちらも不正解でもあります」
殿下は腕を組み、私を見る。
「お前はどうする」
逃げ場はない。
私は、二つの資料を見比べる。
数字は、美しい。
だが、そこには顔がない。
「淘汰は、必要です」
まず、そう言った。
イザベラの目がわずかに細くなる。
「ですが」
私は続ける。
「速度を誤れば、反発が制度そのものを壊します」
「つまり?」
「緩衝を入れます」
イザベラは、即座に返す。
「甘い判断です」
「財政負担が増えます」
「その分、他の改革が遅れます」
「承知しています」
私は、視線を逸らさない。
「ですが、今は“正しさ”よりも“信頼”が必要です」
殿下が、小さく息を吐く。
「信頼か」
「はい」
「国はまだ、改革を信用しきれていません」
「ここで三割が倒れれば」
「侯爵は“失敗”と叫びます」
イザベラが、冷ややかに言う。
「政治判断ですね」
「経済合理性ではない」
「ええ」
私は、はっきりと頷く。
「合理性だけでは、国は回りません」
沈黙が落ちる。
イザベラは、しばらく私を見つめてから言った。
「……条件があります」
「三年で緩衝を終了する条項を入れてください」
「期限を切らない救済は、腐敗します」
私は、即答する。
「入れます」
殿下が立ち上がる。
「決まりだ」
「緩衝措置を導入する」
その声は、迷いを含んでいなかった。
イザベラは資料をまとめながら言う。
「甘いが、賢い」
それが彼女の最大の評価だった。
午後、緩衝政策の発表が行われた。
地方商人たちは安堵し、
貴族連盟は沈黙する。
だが。
ドミニク・ヴァルトハイム侯爵は、静かに笑った。
「なるほど」
「恐れたな」
彼は、誰にも聞こえない声で呟く。
「壊さないために、速度を落とした」
「ならば」
視線を上げる。
「削られるのは、どこか」
改革は続く。
だが、速度が落ちた。
その隙間に――
新たな戦いが、静かに入り込もうとしていた。
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