第38話 数字は嘘をつかない
異変は、地方商業報告書から始まった。
「……倒産件数が、増えています」
マリエルの声は抑えられていたが、その緊張は隠せない。
私は、報告書を受け取る。
王都から南西に位置する交易都市グレイヴン。
新税制導入から一か月。
小規模商会の閉鎖が、想定を超えている。
「増加率は?」
「前年比、三割増です」
室内が静まり返る。
三割。
誤差ではない。
「大規模商会は?」
「影響は軽微です。むしろ統合が進んでいます」
私は、ゆっくりと息を吐いた。
構造は理解できる。
税制の透明化により、これまで曖昧だった中間搾取が消えた。
だが――
余力のない小規模商会が、先に沈んだ。
「想定していたはずです」
殿下の言葉は、責める調子ではない。
「はい」
私は頷く。
「ですが、ここまで早いとは」
書類を閉じる。
問題は税率ではない。
移行速度だ。
そこへ、控えめなノック。
「経済監査官、イザベラ・クラウディア様が到着されました」
その名に、私は顔を上げる。
噂は聞いていた。
数字だけを見る女。
感情を切り捨てる天才。
入室した彼女は、無駄のない所作で一礼した。
「お呼びとのことでしたので」
年若い。
だが、目に迷いがない。
「グレイヴンの件ですね」
私は頷く。
「分析を」
イザベラは、即座に資料を広げた。
「問題は税制ではありません」
「流動資金です」
殿下が眉を上げる。
「詳しく」
「新制度により、支払いと徴収が明確化されました」
「その結果、これまで曖昧に回っていた“猶予”が消えました」
私は、理解する。
曖昧さは、不健全だ。
だが同時に、緩衝材でもあった。
「つまり」
「体力のない商会から、順に脱落しています」
言葉は冷静。
そこに同情はない。
「救済策は必要でしょうか」
殿下の問いに、イザベラは即答した。
「不要です」
空気が、凍る。
「淘汰は必要です」
「非効率な構造は、長期的に国を弱くします」
私は、視線を落とす。
理屈は、正しい。
だが。
「壊れないことが、前提です」
私は、静かに言う。
「三割は、“揺らぎ”ではありません」
イザベラの視線が、私に向く。
「揺らぎを許容できない改革は、甘い」
「甘さが、将来の負債になります」
真っ直ぐな言葉。
正しい。
だからこそ、難しい。
殿下は、しばらく沈黙した後、言った。
「両方の案を出せ」
「淘汰を進める場合と、緩衝を入れる場合」
「長期試算を」
イザベラは即座に頷く。
「承知しました」
彼女が退出した後、私は窓の外を見た。
祝賀の旗は、まだ外れていない。
だが、現実はすでに動いている。
「……迷っているか」
殿下の問い。
「はい」
正直に答える。
「壊さないことを優先すれば、成長は遅れます」
「切り捨てれば、傷は深くなります」
殿下は、静かに言った。
「選べ」
その一言が、重い。
王は、選ばなければならない。
そして、私は――
制度を作る者として、
その責任から逃げられない。
数字は、嘘をつかない。
だが、数字だけでは、国は回らない。
改革の代償は、
もう、目に見える形で現れていた。
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