第37話 即位前夜の現実
王位後継者としての正式指名が公表された翌日。
王宮は祝賀の空気に包まれていた。
廊下には花が飾られ、重臣たちは笑顔を浮かべ、
使用人たちもどこか誇らしげだ。
だが。
「地方議会から、意見書が届いています」
私の机の上には、分厚い封書が積み上がっていた。
祝いの言葉は、ほとんどない。
代わりに並ぶのは――
懸念。
不安。
反発。
「新税制による負担増について再考を求める」
「地方裁量権の縮小は時期尚早」
「制度改正は王位安定後にすべき」
文言は丁寧だ。
だが、意味は明確だった。
――待て。
――止まれ。
ルシアン殿下は、封書を一通手に取り、静かに目を通す。
「予想はしていた」
「はい」
私は頷く。
「ですが、ここまで早いとは思いませんでした」
王位が安定する前に改革を進めるな。
それが、彼らの論理だ。
理屈としては、間違っていない。
「祝賀の裏で、連盟が動いています」
マリエルが、低く言った。
「ドミニク・ヴァルトハイム侯爵が中心です」
その名を聞いた瞬間、空気が変わる。
保守派の重鎮。
穏やかな笑みを浮かべながら、
常に一歩引いた位置にいる男。
「表立った反対ではありません」
「合法的な、慎重論です」
それが厄介だった。
叫ばない敵は、強い。
殿下は、しばらく黙っていた。
「……呼ぼう」
「侯爵を、ですか?」
「そうだ」
逃げない。
それが、今の方針だった。
その日の午後。
ドミニク・ヴァルトハイム侯爵は、穏やかな笑みを浮かべて執務室に現れた。
「お呼びいただき、光栄です」
深く、丁寧な礼。
敵意は見せない。
「率直に伺いましょう」
侯爵は、席につくなり言った。
「なぜ、今なのですか」
曖昧な問い。
だが、意味は明確だ。
なぜ、今改革を進めるのか。
殿下は、迷わず答える。
「今だからだ」
「王位が確定し、混乱が最小限の今こそ」
侯爵は、微笑を崩さない。
「逆に申し上げますと」
「王位が確定したばかりの今こそ、揺らぎやすい」
視線が、私に向く。
「あなたは、制度を整えた方だと聞いております」
「ですが」
一拍置く。
「制度は、人の信頼の上に成り立つもの」
「信頼が揺らげば、制度も揺らぐ」
正論だった。
だからこそ、否定しにくい。
「侯爵」
私は、静かに口を開く。
「壊れやすいのは、制度ではありません」
「不安です」
侯爵の目が、わずかに細くなる。
「人は、変化に不安を覚える」
「だから、止めたくなる」
私は、視線を逸らさなかった。
「ですが、不安を理由に止め続ければ」
「国は、静かに弱くなります」
沈黙が落ちる。
侯爵は、ゆっくりと立ち上がった。
「……なるほど」
穏やかな笑みのまま。
「では、証明していただきましょう」
「壊れないと」
それは、宣戦布告ではない。
試験の宣言だった。
侯爵が去った後、私は深く息を吐く。
「始まりましたね」
「そうだな」
殿下は、窓の外を見た。
祝賀の音楽が、遠くから聞こえる。
だが、その裏で――
改革の代償は、すでに動き始めていた。
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