第34話 最後の足掻き
継承権停止の宣言から、三日。
王宮は、表向きには落ち着いていた。
会議は予定通り進み、
第二王子ルシアン殿下を軸に、政務は滞りなく回っている。
――だが。
「一部の騎士団に、不審な動きがあります」
報告を持ってきたのは、近衛の若い士官だった。
「命令系統が、曖昧になっていると」
ルシアン殿下は、すぐに顔を上げる。
「具体的には」
「巡回の時間変更が、正式文書を通さず行われています」
私は、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が冷えた。
正式文書を通さない命令。
それは、最も危険な兆候だ。
「出所は?」
殿下の問いに、士官は一瞬だけ躊躇した。
「……第一王子殿下の旧側近筋です」
室内が、静まり返る。
アルノルト殿下本人の名は出ていない。
だが、それで十分だった。
「確認は取れている?」
「複数の証言があります。ただし、明確な命令書は――」
「存在しない」
殿下が、低く言った。
「だからこそ、厄介だ」
私は、一歩前に出る。
「これは、暴発の兆しです」
殿下が、私を見る。
「武力行使までは至っていません」
「ですが、統制が崩れれば、事故は起きます」
意図しない衝突。
命令の行き違い。
それだけで、王宮は簡単に混乱する。
「騎士団長には?」
「まだ、正式には」
殿下は、即断した。
「今すぐ呼べ」
それから程なくして、
王国騎士団長レオンハルト・ヴァルツが姿を現した。
大柄な体躯。
無駄のない動き。
その存在だけで、空気が締まる。
「状況は把握しています」
彼は、先にそう言った。
「非公式な命令が、いくつか流れています」
殿下は、静かに頷く。
「止められるか」
「止めます」
即答だった。
「剣は抜きません」
その言葉に、私はほっと息を吐く。
「命令系統を、明確にします」
「王命以外は、すべて無効と宣言します」
それは、力ではなく、秩序による制圧だ。
殿下は、短く頷いた。
「頼む」
騎士団長は、踵を返す。
その背中を見送りながら、私は思う。
第一王子は、もう選択肢を失っている。
だからこそ、
周囲が“勝手に”動き始める。
それが、最後の足掻きだ。
同じ頃、
アルノルト殿下は、自室で一人、座っていた。
報告は届いている。
周囲が騒いでいることも。
だが、彼は何も命じていない。
――命じていない、という事実だけが、
彼を守る唯一の盾だった。
だが。
その盾は、もう薄い。
国は今、
ぎりぎりのところで、踏みとどまっている。
次に何かが起きれば。
それは――
誰の意志であれ、
越えてはいけない一線になる。
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