第14話 王都に流れる噂
噂は、いつも事実よりも先に走る。
「最近、第二王子殿下のところ、やけに静かだと思いませんか」
王都のとある茶会で、そんな言葉が交わされていた。
「静か、というより……整っている、かしら」
「そうそう。問題が表に出てこないのよね」
誰も断定はしない。
だが、共通した違和感だけが残る。
――以前は、こうではなかった。
政務の遅れ。
帳簿の不備。
小さな混乱。
それらが、いつの間にか消えている。
「何か、大きな改革があったわけではないのに」
「人が、変わったんじゃない?」
その言葉に、場が一瞬静まった。
誰が変わったのか。
誰が動いているのか。
答えを知る者はいない。
一方、第一王子アルノルト殿下の執務室では。
「……第二王子の周辺に、新しい補佐役がいるという話があります」
側近が、慎重に報告する。
「名前は?」
「不明です。表に出てきていません」
アルノルト殿下は、机を指で叩いた。
「正体を隠している、ということか」
「可能性は高いかと」
殿下の脳裏に、ふと、ある姿がよぎる。
地味なドレス。
感情を表に出さない表情。
――いや。
すぐに、その考えを振り払った。
「……馬鹿げている」
あの女は、もう辺境へ行くはずだ。
王宮に残っているはずがない。
「引き続き、探れ」
短く命じる。
「第二王子の執務に直接関わっている人間を」
「承知しました」
視線は、確実に近づいている。
その頃、私は自分の執務室で、淡々と作業をしていた。
噂のことは、殿下から聞いている。
「気にする必要はない」
そう言われていた。
実際、私は何も変えなかった。
目立たない。
出しゃばらない。
必要なことだけを、確実に。
「……この調整で、問題は出ないはず」
資料に書き込みながら、そう呟く。
結果は、数字が示す。
評価は、後からついてくる。
夕方、マリエルが小さく笑って言った。
「噂、聞いた?」
「……はい」
「『第二王子のところに、正体不明の切れ者がいる』ですって」
私は、思わず苦笑する。
「切れ者、ですか」
「褒め言葉よ」
マリエルは、肩をすくめた。
「名前が出ないのが、逆に想像を掻き立てるらしいわ」
それは、少しだけ怖かった。
だが、同時に――
私は、気づいていた。
もう、以前のように怯えてはいない。
視線が集まり始めていることを、理解している。
それでも、足がすくまない。
「……大丈夫です」
「そう?」
「はい」
答えは、確かなものだった。
夜、殿下と向き合い、最終確認を行う。
「第一王兄は、確実に近づいている」
「はい」
「だが、焦ってはいない」
殿下は、穏やかに言う。
「噂は、こちらにとっても悪くない」
私は、頷いた。
正体不明であること。
名前が出ないこと。
それは、今の段階では――武器だ。
王都に流れる噂は、まだ輪郭を持たない。
けれど。
その中心に、自分がいることを、私ははっきりと理解していた。
――もう、逃げない。
そう、心の中で静かに決める。
嵐の前の空気が、
確かに、王都を包み始めていた。
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