第118話 選び続ける、二人で
夜の王宮は、静かだった。
灯りの落ちた廊下を、私は歩いていく。
迷いのない歩き方。
それは、変わらない。
変わったのは、行く先の部屋に灯りがあることだ。
執務室。
扉を開けると、陛下がまだ机に向かっていた。
「まだ、起きていたのですか」
「お前もだろう」
「私は、忘れ物です」
「奇遇だな」
彼は、ペンを置いた。
「俺もだ」
忘れ物というのは、嘘だった。
たぶん、お互いに。
眠る前に、もう一度この部屋を見たかっただけだ。
いろいろなことが、あった部屋だから。
私は、自分の机に着いた。
隣り合った、二つの机。
卓上には、明日の書類が積んである。
三者交易枠の、初年度の計画。
東方への使節団の、人選。
文書院の、増員の稟議。
どれも、明日の仕事だ。
今日はもう、開かない。
「静かですね」
「ああ」
「三年前の私は、この静けさが少し、怖かった」
あの夜のことだ。
全てが終わった夜。
終わっていない、と言い直した夜。
「今は」
「怖くありません」
私は、窓の外を見た。
夜の王都に、灯りがぽつぽつと灯っている。
あの一つ一つの下に、人がいる。
眠る人。働く人。子供に字を教える人。
明日を、生きる人たち。
「静けさは、終わりではないと知りましたから」
「静けさは――誰かが今日も、選び続けた結果です」
王が変わっても、壊れない国を。
三年前、私はそう誓った。
国は、壊れなかった。
王は変わり、制度は残り、穴は塞がれ。
そして今も、完璧ではない。
間違いは、これからもある。
失敗も、これからもある。
エルドランの言うとおり、同じことは、また起きるだろう。
それでも。
塞ぐ者が、いる。
選び続ける者が、いる。
一人ではなく。
「なあ、エリシア」
陛下が、隣の机から言った。
「昔、兄の文書の中にお前を見つけた時」
「俺は、この国で一番の掘り出し物を見つけたと思った」
「……今もそう、思っていますか」
「いや」
彼は、首を振った。
「あれは間違いだった」
「掘り出し物は、物じゃない」
彼の手が、机の境界を越えて、私の手に重なった。
「隣にいてくれる、人だった」
国家とは、何か。
あの問いに、私は「人です」と答えた。
その答えは、変わらない。
制度ではない。
権力でもない。
人が生きるためのもの。
人が、人と生きるためのもの。
夜は、静かに更けていく。
だが。
国家は、止まらない。
人がいる限り、続いていく。
そして、その中で。
私たちは今日も、選び続ける。
二人で。
それだけで――
十分だった。
第2部「戴冠と均衡編」、これにて完結です。
戴冠、国婚、そして二度目の問い。
本編の終わりに残されていたものを、すべてお届けするつもりで書きました。
ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。
エリシアとルシアンの物語は、ひとまずここで幕です。
たくさんの応援があれば、いつかまた、この国の「続き」でお会いできるかもしれません。
ブックマークや評価で見送っていただけると、とても嬉しいです。
本当に、ありがとうございました。




