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婚約破棄された公爵令嬢は、無能扱いの第二王子の政務を支えることになりました ~捨てた第一王子が後悔しても、もう遅いです~  作者: 藤宮レイ


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第112話 穴を塞ぐ者

 誰もいない大会議室。


 卓を挟んで、二人。


 三年前の旧街道を、思い出した。


 あの時も、こうして向かい合った。


「答え合わせ、と仰いましたね」


「ああ」


 エルドランは、指を組んだ。


「私は言った。制度は残る。穴も残る。同じことは、また起きる、と」


「あなたは『はい、起きます』と答えた」


「覚えています」


「だから、起こした」


 彼は、平然と言った。


「漏洩。怪文書。分断。買い占め。遅延」


「全て、国外から。全て、貴国の法の届かない形で」


「制度の穴は、国境の形をしている。それを実証しに来た」


「……結果は」


「見てのとおりだ」


 彼は、卓の上の調印書に目をやった。


「漏洩は、紙の癖で辿られた」


「怪文書は、公開の場で日に当てられた」


「買い占めは、三日で検知された」


「そして栓は――我が雇い主の、内側から締まった」


 淡々と、彼は数え上げた。


 自分の敗因を。


 まるで、他人の帳簿を検めるように。


「一つだけ、想定の外があった」


「……何でしょう」


「代筆屋の女だ」


 意外な名前だった。


「あの女は、切り捨てられて当然の駒だった。切り捨てられた駒は、恨みの側に落ちる。それが私の計算だ」


「だが貴国は、拾った」


「罪を問うた上で、拾った」


「恨みに落ちるはずの駒が、証言の側に立った」


 エルドランは、私を見た。


「制度は、あれをしない。制度は、駒を効率で切る」


「あれをしたのは、制度ではない」


「あなただ」


 沈黙。


「三年前、あなたは言った。国家とは人だと」


「私は敗けを認めた。だが、腑には落ちていなかった」


「今回、腑に落ちた」


 彼は、ゆっくりと息を吐いた。


「穴は、あった。私の言ったとおりに」


「だが――塞ぐ者も、いた」


「制度の穴を、人が塞いだ。二度も」


「……それが、あなたの答え合わせですか」


「ああ」


 彼は頷いた。


「二度目の問いの答えだ。持って帰るとしよう」


 立ち上がりかけた彼を、声が止めた。


「お待ちなさい」


 扉のところに、二人立っていた。


 殿下と――ドミニク侯爵。


 いつから聞いていたのか。


 侯爵は、いつもの微笑みで卓に近づいた。


「帰られる前に、一つ商談を」


「……商談?」


「エルドラン殿。あなたは制度の穴を探す名人だ」


「その腕を、野に置くのは惜しい」


 侯爵は、一枚の書面を卓に置いた。


「制度監査院の、外部監査人」


 私は、思わず侯爵を見た。


「かつて私は問いました。監査院は誰が監視するのか、と」


「答えが出ないままだった。内側の目は、内側に甘くなる」


「ならば――制度を憎む目に、見させればいい」


「国外にいながら、貴国の制度の穴を探し、報告する」


 エルドランは、書面を見下ろした。


「……追放した男に、制度の門番をさせると?」


「ええ」


 侯爵は、事も無げに言った。


「あなたはもう証明した。誰よりも上手に、穴を見つけられることを」


「次は、見つけた穴を報せる側に回っていただく。報酬は出します」


「断れば?」


「別に、構いません」


「ただ、あなたはまた退屈するでしょうな」


 長い沈黙。


 やがて、エルドランは書面を取り、署名した。


 几帳面な、冷たい字で。


「……雇い主にだけは、恵まれない人生だ」


 それが、彼の承諾の言葉だった。


 その夜、戴冠式の日取りが正式に決まった。


 二月後の、春の初め。


 三日後に、婚儀。


 執務室で日程表を検めていると、殿下が言った。


「エリシア」


「はい」


「その前に――話がある」


 彼の声が、公務の声ではなかった。


 だから私は、ペンを置いた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!

次話、第4章「戴冠と誓い」。あの人が、ずっと言えなかった言葉を。

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