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20世紀シーン1 若山編
役場の者が帰った後で、昼食の時間になり、麦の握り飯を食う中で、タネが若山にこう言った。その皺枯れた眼の奥には、深い悲しみを感じた。母親としての我が子を想う気持ちは、いままで生きている事を自分に言い聞かせてここまで生きて来た。そう言葉に出せる時間が必要だったのだ。若山は自分の母親に対するのと同じ気持ちで、タネに接していた。
「なあ・・ケイ君・・うちんとこのカズはもう戻らんと思うんじゃ」
「・・・」
若山には、答えようも無かった。自分が生きて帰った事も、奇跡に近いと周囲にも言われているからだ。ニューギニア戦線で生き残ったものは、特に激戦地では、1割・・もっと低い確率であろうし、仮に生きていたとしても、深い傷を負ったり、病気や、ジャングルの奥地で外敵に襲われたり・・である。それは自分が生き延びた劣悪な環境に耐えた経験がそれを肯定していた。