14話「魔女の料理」
私は、ミコちゃんの事が好きだと告白してしまった。
◇◇◇
ススピロという名前の、黎明の位階の魔女から襲われてから早数ヶ月。
ミコちゃんはムネメ先輩と私の元で、文字通り血反吐を吐きながら特訓していた。
その目的はススピロへと決闘を申し込むため。
そのために今日だけでも既に四時間。
強い私たちは平気だけど、ミコちゃんはかなり消耗していて、体力的にも魔力的にも苦しそうに喘ぎながらムネメ先輩を見上げている。
「ね、ねぇミコちゃん。どうしてそこまで頑張るの?普通特訓するって言っても、一日一時間とかそれくらいだよ?」
私は屈んでミコちゃんに目線を合わせながら問う。
魔女は不老だから、時間は有り余ってる。
だから、そんなに一度にいっぱい痛い思いをしてまで強さを求める理由が分からない。ゆっくり進めればいい。
それについこの前ススピロに酷い目に遭わされたのに、もう一度会いに……それも礼儀正しく決闘なんかする必要はない。
「みんなを心配させたくないんです。魔女は弱肉強食の実力主義社会でしょう?」
「だから、一刻も早く強くなりたいんです」
「そうすれば自分の身を守ることが出来るようになるし、圏域外派のみんなを私が守ることが出来るじゃないですか」
そう言う彼女の瞳からは、揺るぎない意志が感じられた。
私……その瞳を、直視する事が出来なかった。
だって彼女の視線はあまりにも眩しくて、心の奥底に蓋をしたものが、見えてしまいそうな気がしたから。
それにムネメ先輩のやり方も少しやり過ぎな気がするなー。
今だって擦り傷が出て痛そうにしているのに。
……それなのに、ムネメ先輩もミコちゃんも笑って、次の改善点なんかを話し合ってる。
違う、違うんだよ。
全部私が弱いからいけないんだよ。
辛い思いをして強くやる必要なんてない。
ススピロに決闘を挑む必要だってない。
私が代わりにあいつらを皆殺しにすればそれでいいじゃん。
家族を傷つける奴らなんて、生きている価値無いんだから。
家族を傷つける奴らを皆殺しにして。そして害悪共に知らしめてやるんだ。
手を出せばどうなるかという事を。
そのために、私は生き残ったんだから。
「ふー……今は静観していろ、リーベ」
思い悩む私に気が付いたのか、ムネメ先輩が話しかけてくる。
私は自分で考えていた以上に、恐ろしく、それに追い詰められた顔をしていたらしい。
先輩はこういう時はいつも目敏い。
他人が気に掛けられるなら何もせずに静観しているけど、こうして自分にしか出来ない事となれば、必ず声をかける。
そういうの、ちょっとずるいよね。
「どうして?私の、私たちの家族に先に手を出したのは──」
「あいつは俺たちとは違う。アンと同じ、物理世界から来た魔女だ」
「“優しい”ものの考え方をしている奴に、俺たちが無理矢理この世界の道理を教える必要はない」
「必要に応じて……ふー。あいつらは自分で学習するだろう」
「……ムネメ先輩、ミコちゃんの事気に入ってる?」
「あぁ。気に入ってる」
「俺もあいつを、家族だと思ってる」
ムネメ先輩は深く深く、煙を吐き出した。
先輩はこういう事、さらっと言う。私にとっては大切な括りなんだけどなぁ。
「……ちょっとやりすぎなんじゃない?」
「いや、これくらいが最適だろうな」
「なまじ半端にやれば……自分一人でやろうとするだろう。そういうタイプだ」
「それなら俺らの目の届く範囲で、ミコが満足するまで叩き上げればいい」
「でも……」
血を流している。
あの保健室の時から、次にミコちゃんの血を見ても興奮はしなかった。
やっぱり、あの時の私がどうかしてたんだと思う。だから。
痛そうな顔をして血を流している姿を見るのは、苦しい。
でも……でも。
地面を這い蹲りながらも懸命に動いて、鋭敏に攻撃を察知して、身体を、魔力を動かすその姿はやっぱり。
とてもかっこよくて、とても愛おしかった。
私たちよりもずっと小さくて弱いのに、どうしてこの子は頑張れるんだろう。
「あいつら物理世界の魔女は──俺たち魔法世界生まれとは、時間の感覚が違う」
「一秒に対する、価値が違う。元が不老ではないからだろう」
「俺もお前も、家族というものと、そして共に過ごす時間、記憶というものがどれだけ大切かは痛いほど理解している」
「それでも、俺たちはアイツらとは根本が違うんだ。だから理解してやれ」
「……うん」
「それと……これはただの勘だが」
「ミコは本能に近い所が常人とは異なっている。本質は違うだろうが、俺の呪いにどこか似ているような気がするな」
水を飲んで天井を見上げているミコちゃんを眺めながら、彼女は言った。
ムネメ先輩の呪い。それは、任意の現象を引き起こせる力。
文字通り、願い通りの現象を起こす事が出来る力。膨大な魔力を得たり、上級属性に類する魔法を起こしたり、多分自由自在。
代わりに、願いの難度が高ければ高い程──多くの記憶が失われる。
「記憶の等量交換」によって願いが叶えられる、記憶の呪い。
「記憶の呪い……その、異なってるっていうのは?」
「誰かを大切に思うとか、そういう部分だと思う。多分。」
「庇う場面の目を見たわけではないから何とも言えんが……とにかく、その熱意が変に感じるな」
「……」
利他的行動、私を庇った時の……
「訓練でも痛がるが、あいつは弱音を見せない。歳は14だったか?アンの話じゃ物理世界からしても、ガキもガキだろ。」
「アンだって15。たまに見学したりするが、鍛錬そのものを望んだりはしないし、選択した授業だって模擬戦系統は避ける。フレスノも同じだ、あいつは17だったか。」
「どんな世界で生きてきたのかは知らん。その過程で根付いたものかもしれんし、生来のものかもしれん」
「はぁ……」
「そんなに心配なら見守ってやれ。目を離さずにな」
私がついたため息に返すように、ふっとまた煙を一息吐いて、彼女は優しく呟いた。
見守る事。私にとっては、それだけでこの上ない助言で。慰めになった。
「……うん。ありがとう、ムネメ先輩」
「ムネメと呼べって言ってるだろ。お前がくれた名前なんだから」
「あはは。うん、ムネメ」
「ふー……」
「よーし、オッケーです先輩方!次、お願いします!」
休憩中を終えたミコちゃんは元気に起き上がって、私たちを呼んだ。
また稽古が始まる。
相談をしてスッキリした所もある。でも、胸のもやつきは収まらない。
この子がどれだけ強くなっても、私がどれだけ強くなっても。
そして私がどれほどこの子を好きになっても。
私はまた、独り置いていかれるかもしれない。
もし私の思いを伝えて彼女を繋ぎ止めたとしても。
……その糸は、僅かな時間しか保てない、拙い糸に過ぎないのかな。
◇◇◇
「……ぱい、先輩?」
「ん、なぁにミコちゃん?」
「ススピロが次に進むって言ってましたよ。大丈夫ですか?ぼーっとしてましたけど……」
「え、えへへ。大丈夫大丈夫!」
台所と私の間にすっぽりと収まっている可愛い可愛いミコちゃん。
ぼーっとしていた私の顔を、怪訝な……ううん、心配そうな目で私を見上げている。
「次はオリーブオイルとローズマリーで、今切ったじゃがいもとニンジンを炒めるそうです。えっと……心配なので、一緒にやりましょうね」
「え?うん。えへ〜〜」
ミコちゃんは私の手をその小さな手で上から握って、フライパンの持ち方、握り方。それに切った具材をフライパンに空ける時の小さなコツ、他にも色んな事を教えてくれる。
……ふへへ。
「ふむ。この部分は全員良さそう。火加減には気をつけるようにー!中火から弱火だよ、焦がしちゃ意味ないよー!」
ススピロは相変わらず皆に上から指図している。
この料理教室における先生だからしょうがないけど……はぁ。ミコちゃんも何でこんな女に素直に従ってるんだろ。
「……」
「?」
「どうかしましたか?」
「い、いや何でもないよ」
視線に気がついたのか、ミコちゃんが振り返る。
つぶらな瞳が私を見つめる。私はその瞳を直視出来なくて、ぱっと目を離してしまった。
「うわっ!ふ、フライパンから炎出てますよ、なにこれ!?」
私は、ミコちゃんの事が好きだと告白してしまった。
「しょ、食材が!リーベ先輩これどうなってるんですか!?」
「なに……って、は!?おいリーベ今すぐ魔法止めろ!」
その気持ちには嘘偽りはない。
恋心としてきっと、私はミコちゃんの事が好きだ。
「先輩の目が虚ろなんだけど!?先輩、リーベ先輩!!」
「くっ、この中で水属性魔法得意な奴──リーベじゃねぇか!」
「うわわわわ、も、燃えてる……!?」
「ふー……火種に困らないな」
アンちゃん、フレスノちゃん、ムネメ先輩に持つような家族愛とは違うって事くらい、自分で分かってる。
ミコちゃんは……どうなんだろう。
めんどくさくて、うざくて、頼りない先輩って思われてるのかな。
結婚するのは私って勢いで言っちゃったけど、勢いと状況が状況だったし、冗談だと思われているのかな。
「はぁ……」
「先輩、先輩!!」
「え?」
あれ?
なんか、目の前がすごい真っ赤なんだけど。
「──魔力止めてえええ!!」
◇◇◇
「ぜぇ、ぜぇ」
「ごめんなさいぃ……」
恋心が暴走した私は自分だけでなく目の前のフライパンも情熱的にしていたらしい。
鎮火はしたけど……ま、まさか黄昏の位階になってまで魔力を暴走させるとは思わなかった。
こうやって感情の暴走に釣られて魔力が暴走して魔法を起こすのって、無自覚なまま魔女になっている物理世界の子たちの特徴なんだけど……まさか、私も同じ事をするとは……
「そろそろかな?先輩、〆の盛り付けですよ!」
「お、おぉー!」
けど、フライパン大炎上以外はしゃんとして臨んでいたので、何とかなった。
いや何とかしてもらいました。ミコちゃんとススピロ先生に感謝します……ぐすん
「はい最後だよ!各人、零さないように盛り付ける事!見栄えは無視していいよ、まずはフライパンから皿に移せることだけ考えて!」
「先輩、ここをこう持って……」
「こ、こう?よし……」
「近づけたら菜箸で……あ、日本じゃないから菜箸ないのか。トング、いやヘラかな。これでお皿に落とすように入れていってください」
「こん……な感じ、かなっ!」
フライパンを片手に、少し深めのお皿に料理を移していく。両手を同時に使う事なんて今まで何回でもあったけど……これは、なんだか変な、あああ慣れない!すごい慣れない感じなんだけど!
「そうですそうです!上手いです!」
「え、えへん!」
そうしてついに、ついに料理が完成した。
傷ついた手、火傷した肌。これが、これが料理……!
料理って、こんなにも長く苦しい戦いだったんだね。私料理人の事完全に見くびってた。
厨房は戦場って言葉を聞く事があったけど、本当なんだね。
肝心の料理は、鶏肉とジャガイモ、ニンジンの煮物。
正直フライパンで炒める過程で燃える要素がどこにもなかったんだけど、まぁそれは置いておこう。
あんな事があったから、所々どうしても焦がした所はあって見栄えはあんまり良くないけど……それでも味見した限りでは食べられない味ではない、と思う。
盛りつけもミコちゃんに手伝って貰ったし。おかげでそこそこいい感じじゃないかな!
「よく出来ました。包丁はカスだったけど、それ以外は……約一名フライパンもカスだったけど。まぁいい感じね。練習すれば十分相手の胃袋狙えるんじゃない?」
「流石に適当言ってるよね」
「けほん。まぁいいのよ、出来れば。ついでに美味しければ。」
「ふふふ。私もいつかは奥様が……」
「ふ、フレスノ先輩気になる人、いるの……?」
「……聞かないでくださいアン。いるわけっ……私にそんな縁なんて……っ!」
「ご、ごめんなさい」
「ほー。美味いもんだな。美味い美味い」
「そういえばムネメは参加しなかったけど、アンタは興味ないの?」
「無い。知識ゲーは避けてる」
「知識ゲー……?まぁ確かに料理は知識だけど、それなら尚更練習したほうがいいんじゃ無い?」
「ふー……俺は食べる方が好きだ」
「はぁ。あっそう」
「んー、おいしく出来てますよ先輩!」
ミコちゃんはムネメ先輩と同じように料理を味見して、目を輝かせる。
「ほんとだ……お、美味しい!これ本当に私が作ったの!?」
私も釣られて一口。
……美味しい。
ほんとにすごい美味しい。ジャガイモのホクホク感とニンジンの甘味、ローズマリーの香りが全体を彩っていて、主役と言える鶏肉のタンパクな味を繋いでいる。
素朴だけど上品で味わい深いって感じで……え、お店で出されてもおかしくない味じゃない?
あんな事があったのに美味しく出来ちゃうものなの!?
ススピロ、これお店のレシピ持ちだしてくれたのかな。
流石に食感とか細かい所はススピロが作るのに比べて素人感丸出しなんだろうけど……いやでも、私が作った程度でも家庭料理としちゃ上等も上等じゃない?
「(約8割はミコが手伝ってたってことは黙っといてやるか……)」
「そうですよ!先輩だってやれば出来るんです!」
「えへん!」
「じゃ、皆んなで席について食べようか」
「「はーい」」
私たちは全員が座れる広いテーブルに腰をかけて、作った料理に舌鼓を打つ。
途中、フレスノちゃんがメモを取り出して詳細に修行内容を書き出したり、アンちゃんが早々にお腹いっぱいになって寝転がったりして、愉快な食事会になった。
ミコちゃんもその様子を見て、普段見せない無邪気な笑いを出していた。
可愛い。ずっと笑っていてほしい。
ススピロはもう私も許してやってもいいかもしれない。決闘で決着がついているって言えばそうだけど、気持ち的にも、彼女がこうして皆んなを笑顔にしてくれたんだから。
それに料理教えてくれたし。
まぁ、許してやらん事も?ない?って感じ。
……今度個人的にレッスン受けにいこうかな。
まぁそんな事より、ミコちゃんが前にも増して自信がついて、胸を張っての笑いになった気がするからね。
本人同士で決着もついてるんだし。もう私がいちいち出る幕ではないのでしょう。
そうして、平和な学園生活に戻るのだろうと、私は思った。
けど。
その翌日、ミコちゃんが倒れた。
酷く、浮くような熱だったけど。けど。
事は熱だけで済む事ではなかった。
そして振り返れば。
この先、学園と僻地での大事件が、ここを基点として始まった気がする。




