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没落令嬢は、今宵も復讐の夢を見るか? ~~継母に盗みをするよう強要され、死刑台に送られた妾の娘は夢を追いかける~~  作者: あかつき セキ
第三章 スーズリオン学園

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1  首都エルエッサム

 一年ほどではないが、半年よりはずっと長い月日が()った。


 天高くなった寒空の下、一台の馬車がロンデロントを出発し、町や村を経由して四日目を迎えている。

 低木と草花が目立つ、少し荒涼とした土地に一本の塗装道があって、そこを馬車が進んでいく。

 人や他の馬車とすれ違うことが多くなっていき、やがて大きな都市が現れた。エルエッサム公国の首都『エルエッサム』である。


 その街並みは、行きかう人々の姿を別にするなら、ベリンガールの首都ベネノアのような石造りの建物、アル・ファームの首都リボンに多い(とう)板と木造による建物の他、見るからに古めかしい建物や新しい今風の建物が混在していた。そしてその姿が、大昔に世界の中心だった国であること、一度は衰退し、今度は経済の発展によって返りざきつつあることを物語っていた。


 そんな変化の大きな町で、一番大きく変わったと言えるところが、人の変化である。

 経済発展の勢いそのままに、少なくなった人口も増加したことが、町並みや人混みから伺える。


 ただ、どこか閉塞感や殺(ばつ)雰囲気(ふんいき)も漂っていて、これが現在の、エルエッサム最大の弱点なのかもしれない…… 馬車の中のアーシェは、扉の小窓を見やりながらそう感じていた。


 と言うのも、今のエルエッサムは経済発展しているにも関わらず、未だに公国の形――つまり、貴族支配を続けており、三五〇年ほど前の戦争で敗戦後、アル・ファームとミルドガルに支配されて以降は、北部がそのままアル・ファームの影響を受ける形で共同君主制となり、支配層の一つとしての貴族社会が成立した経緯がある。


 そうして秋革命後は、ベリンガールの結末――実質的な貴族社会の終焉(しゅうえん)と言う現実と、自国の文明的な遅れを取り戻そうと言う機運の高まり、同時にアル・ファームからの完全な独立を目指そうと、自発的に様々な部分の民主化をおこなってきた。


 その成果の一つが『ギルド連合』と呼ばれる、商会集団を統括する大きな組織の存在だ。


 錬金術を使って世界的な企業に伸しあがった、エルエッサムの二大企業『ルーノ』『パーナム』を筆頭とする連合参事会は、一国内の企業でありながら、今や世界情勢にも影響を与える存在となりつつある。


 このような新風の代表格と言える組織がある一方で、うまく機能していない組織集団もある。それは『政党』だった。


 来年、または再来年に、アル・ファームとベリンガールとの三ヵ国会談が予定されており、完全な独立国としての道を歩み始める予定だが、ベリンガールがそうであったように、変化を嫌う人々も多く、周辺諸国も賛否両論なのが現状であった。


「――アーシェさん」


 不意に馭者(ぎょしゃ)台側の小窓が横へ引かれると、外風と一緒に近衛(このえ)騎士の声が車内へと入っていた。

 座っているアーシェの視線が小窓に向いており、肩口まで伸びた髪がふわりと膨らんでいる。


「じきに到着します。殿下はすでにおられるはずです」

「分かりました、ありがとうございます」


 そう言って、また窓の外を見やった。


 ――都に入ってからずっと、馬車は道を曲がったりせず、真っすぐに進んでいる。


 入学前に得た学園案内の冊子の情報によると、エルエッサムの大通りは全て、町の中心にそびえ立っている鐘付きの時計塔――『スーズリオンの時計塔』へ(つな)がっているらしく、必然的に、建物もそこから放射状に建てられているらしい。その証拠と言わんばかりに、外にいる人や馬の流れも理路整然としている。


 そして、この放射状の町並みは、時計塔が作られた千年以上も前から変わっていない。つまり、時計塔はエルエッサムの象徴であり、その象徴たる時計塔は今でも、日時計と人力による鐘の音で時を知らせているそうだ。


 目的地――アランの借家は学園の近くだし、学園は時計塔の近くにある。それなら、ついでに鐘の音がどんなものか、聞いてみたいと興味も湧く。


 しかし、広場を過ぎたあと、左に折れてすぐに馬車が止まった。

 アーシェは外へ出て、荷物を積んである後部側へと回った。そこには近衛(このえ)騎士がすでにいて、両手に彼女の荷物を持っている。


「自分が運びます。殿下はこちらの借家におられるはずです」


 そう言って、すぐ側の建物へ目を向けた。だから、アーシェも視線を建物へ移す。二階建ての縦長な家で、そこまで広くは無さそうだ。


 周囲を見渡せば、中心地に近いだけあって様々な建物が目に付く。この辺りで()()を借りられたのは、幸運だったことが分かる。

 前もって預かっていた(かぎ)を使い、アーシェが(とびら)をあけると、ちょうど奥に見える階段から、アランが下りてきているのが見えた。手には書類入れらしき紙袋がぶら提がっている。


「殿下、到着いたしました」


 頭を下げつつそう言うと、近くまで来たアランが、


「長旅、ご苦労様」と労ってくれた。

「殿下」と、近衛(このえ)騎士も顔を見せる。「アーシェさんの荷物を運びいれても構いませんか?」

「ああ、そこの四隅へ置いておいてくれ。――手伝おうか?」


「いえ、荷物はこれだけです。それに、馬車を(とびら)の前に止めたままなので、移動も兼ねて、このまま大使館の方へ向かいます」


「ここの(かぎ)は持っているか?」

「ブロムナーさんと合流予定ですので、そのうち一緒に伺います」

「分かった。この辺りは人や馬車も多いし、事故に気を付けてくれ」


 近衛(このえ)騎士が軽く敬礼したあと、(とびら)を閉める。そうして間も無く、馬と車が動く音がして、小さくなっていった。


「――疲れただろう? 飲み物でも入れるよ」


 アランがそう言って、階段の(となり)にある(とびら)――恐らく炊事場へと歩いていく。


「殿下」とアーシェ。「言いそびれていたので、今更ですが…… 妹様のご結婚、おめでとうございます」


 アランが振り返り、


「そうか…… そう言えば互いに忙しくて、直近は会っていなかったな」

「はい。お祝いの言葉だけで心苦しいのですが……」


「いや、こちらこそ勉強期間中だったのに、長く離れることになってすまなかった。今度アリスさん共々、お礼をしなくてはな」


 受験勉強中、アランの妹であるアルメリアと、婚約者であるバーラントが、結婚式の相談をするためにロンデロントの領事館を尋ねていた。


 その際、アーシェの身の上と今後のことを聞いたアルメリアが、アーシェの引き取りを考えているらしい大統領とその周辺の目を()らすため、結婚式を予定よりも少し遅らせたのだ。

 そのお陰もあって、アーシェは勉強に集中することが出来、結果的にスーズリオン学園の編入試験に合格できたのだった。


「私がここまで来られたのは、ひとえに妹様のお陰でもあります」とアーシェ。

「アルメリアには、君の合格を手紙で知らせてある。きっとベリンガールで喜んでるよ」


 アランが(ほほ)()んで言った。

 それから間があいて、アーシェが(おもむろ)に「ところで」と、話題を変えた。


「その服装…… エルエッサムでご購入されたのですか?」


 アランが下を見やって、自身の冬服を一(べつ)してから、アーシェに視線を戻した。


「変か……?」

「いえ、そうではなくて…… なんだか周囲に馴染みすぎて、殿下だと誰も思わないだろうなと」


「そ、そうか? だったら変装は成功しているか。

 一応、俺は商談目的でエルエッサムにやって来た、貴族の一人と言う立場で滞在している。それっぽく見えているなら、変な目立ち方はしなさそうだな」


「――ひょっとして、領事館にいらしたメイドに見繕ってもらったのですか?」


 背中を向けていたアランが、ピクリと反応した。それでアーシェが苦笑する。


「なぜ分かった……?」


 振り向きざまにアランがそう尋ねると、アーシェは口角をあげたまま、


「以前、ベリンガールへ向かう際に散々、着せ替え人形にされましたので。服の趣味からして、そうかなと……」

「な、なるほど…… そんなこともあったな」


「でも、良かったです。殿下の服の趣味は少々、独特で目立ちますから。それを基準にしていれば、間違いなく溶けこめます」

「褒められていると受け取っておくぞ……?」


「ええ、勿論(もちろん)です。――それはそうと、私は今後、何をどうすれば良いのですか?」

「飲み物を入れてから話すよ。少々長くなるだろうから」


 そう言って、彼は炊事場への(とびら)をあけた。

 しばらくすると戻ってきて、ガラスの坏を手渡してくる。それを受け取ったあと、紙袋が置かれた机を真ん中に、彼と向いあうよう木製の椅子(いす)へ腰掛けた。


「さっそくだが、明日から授業が始まる。それに伴って、君の寮生活も始まる。以前にも話したが、君はアル・ファームからの一般留学生として学園で勉強に励んでもらう」


「それに対する身分を作っておくと言う話でした」

「ああ、ちょっと待ってくれ。ここに全て入れてあるから」


 そう言って、アランが机の上の紙袋を取りあげ、そこから手帳やら書類やら、色々な大きさの紙束を出してきた。そして、ひとまず机の上に並べて置いた。


「君の身分証明書がこれだ」


 差しだされた二つ折りの厚紙を受け取る。手触りも含めて特殊な厚紙を開くと、押印やら文章やらが書きこまれていた。


「――アル・ファームのリボン出身、名前はアーシェ・キャルロット、ですか」


「そのキャルロットと言うのは、こちらで偽造した家名だ。まぁ、偽造と言っても、アル・ファームにおける国籍やリボン市民としての住民登録などはこちらでしっかり済ませてあるから、戸籍に存在してはいる。両親の存在も一応、偽造してあって、亡くなった時期は幼少期にしてある。死因は馬車の事故死で、君も事故にあったとしてあるから、仮に昔話をするなら注意してくれ」


「承知致しました」

「次に、君の経歴だが…… リボンに存在する『アラ・カルテ』と呼ばれる有名な小売店で、住みこみの店員をしていた、と言う(てい)で振るまってくれ」


「販売員と言うこと、ですか……?」

「大丈夫。

 一応はトリナーム家の小間使いとして働いてきたわけだし、実際、君の立ちふるまいを見ても違和感は無い。――それからこれが、アラ・カルテの取扱(とりあつかい)商品と、主な取引先の一覧表、そして常連の顧客たちの名前だ」


「貴族や実業家相手の、高級品の取扱(とりあつかい)店ですか…… 店側も、よく許可をくださいましたね?」

「アラ・カルテはそもそも、アル・ファーム王家御用(たし)の店でもあるんだ。特に、妹が好きでよく買い物へ行ったものさ」


「なるほど、それで協力を得られたのですね」

「レイナック家の話をして、身分を隠して勉強するためだと説明してある。あと、君が編入試験に主席合格したと言うのも要因だろうな。――俺としても君の捜査協力は、勉強のついでと言う位置付けで捉えているから、まずはしっかり勉強してくれ」


「善処します」

「あとは~…… そうだ、特務機関の所属証明書と銃の携行許可証だな」

「こちらですね?」


「注意点として、銃に関してはエルエッサムは厳しく管理し、取りしまっている。たとえ正当防衛でも、相手に重症を負わせたり、射殺してしまうと罰せられる。充分に注意してくれ」

「なるほど…… 本当にお守りみたいなものですね」


「これから支給する銃も、銃身と握把を短くした小型の携行銃だ。最悪、ポケットにも突っ込める大きさだから、装填数や威力は期待できない。使うなら威(かく)しつつ、逃げるか近接に持ちこむかだな」

「小型ナイフの携行は可能ですか?」


「確か、鞘に入れておけば大丈夫だったはずだが、それでも人目に付かないよう注意してくれ。基本的に市民の武装所持は認められていないから」

「了解しました。二つ併せて、なんとか乗りきります」

「無茶はするなよ? 本当に……」

「前にも言ったかもしれませんが、殿下の方が無茶をしそうで心配です。充分に注意してくださいね?」


 やれやれと、アランが頭を人差し指で()いた。


「受け取る物は以上ですか?」

「そうだな…… ああ、いや、そうだ」


 と、人差し指を立てるアラン。


部屋(へや)の同室者だが、一応、こちらから出来る限りの手を加えて、年齢が近そうな女性になるよう配慮してもらった。その結果、ケーテルン公国の、貴族の少女が同室者に決まったようだ」

「ケーテルン……?」


 ――地図で見たことがある。

 エルエッサムの隣国の一つであり、海にも面している小さな国だったはず。


「その貴族の方は、どういった方なのですか?」

「直接、学園関係者から話を聞いたわけでは無いが…… どうも貴族出身らしい。ただ、身分は低いそうだから、おそらく公務員や管理職員と言ったところだと思うが……」

「その方、今まで一人でいたのですか?」


「いや、三ヵ月ほど前まで他の同室者といたらしい」

「今はいないのですね? 何かあったのですか?」

「詳細は不明だが、自主退学したそうだ。気になったからこちらで調査したところ、前の同室者は現在、故郷に帰っていて、家の仕事をしているらしい。元気にやってるみたいだ」


「そうですか…… では、ケーストン公国出身の方が原因で退学したわけでは無いのですね?」

「そこは保証できると思う。念のため、一ヵ月前から学園外での彼女の行動を監視してもらったが、特に問題ないと報告を受けている」

「では、安心して過ごせそうです」


「まぁ、ケーテルンの出身だと聞いて、俺は最初から心配していなかったよ。

 あそこは国内外に問題を抱えている国では無いし、近いうちにベリンガールのような、名目貴族だけ残した立憲制となる予定だし…… 正直、相手が貴族だと言っても、そこまで気を使わなくて良いと思う」

「それでも貴族は貴族…… 念のため、気を付けます」


「あと、同室の人間に問題がある場合、学園側でも同室者の入れ替えをしてくれるようだから、もし何かあれば、総務課や運営管理課に相談してみればいい」

「分かりました」


 アーシェはそう言って、手元にある様々な資料や証明書に目を向けた。


 ――いよいよ始まる。


 ここへ来るまでは、本当に合格したのか、学園生活が始まるのか、うまく立ち回れるのか不安もあったけど、アランと話をし、手元の重要な書類を見ているうちに実感とやる気が湧いてきた。


「――不安か?」


 アランが声を掛けてくれた。

 アーシェは首を横に振って口角をあげ、


「少し、楽しみになってきました」


 と答える。

 アランは少し驚いた顔を見せてから、嬉しそうな(ほほ)()みに変わった。

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