22 束の間の昼食
いつも使っている捜査用の馬車では無く、アランがいつも使っている公用の馬車を使って、ロンデロントの繁華街の中央にある、有名な高級料理店――ターネバーへ向かった。
当然ながら、アランもアーシェも外出用の正装服に着替え、馬車に乗り込んでいる。アランは黒を基調にした刺繍入りの服、アーシェは以前着た混合ドレスをもう少し華やかにした感じで、少しでも大人びて見えるようにと、濃紺色なクラシカルブラウスを着ていた。
「殿下」
アーシェが、対面で少し左右に揺れる殿下に呼びかけた。
「どうして、このような格好を?」
「普通の飲食店では無いんだ。会食が目的となる貴族や王族、実業家なんかが使う店で、普通は予約が必要なんだが…… まぁ、話を訊きに行くだけならこれで問題ないだろう」
「では、私のような貧民が行くべき場所では無いかと」
「君はベリンガール貴族の娘、と言う体で行ってもらう。実際、その可能性が高いわけだから、嘘ではないだろう? それに、俺一人で行くと、また何を書かれるか分からない」
「…………」
「どうした?」
「私と一緒だと、それこそ妙なことを書かれかねないと思うのですが」
「なんの根拠も無いし、場合によっては正式に無関係だと発表すればいいさ。
極論、君が特務機関に協力した女性だったとすれば、大衆も別の方向で面白がって、あらぬ関係なんて言う虚構は頭から抜け落ちるだろう。そのときも妙なことにならぬよう、こちらも手段を講じつもりだ」
沈黙が流れた。
「殿下、もう一つお訊きしたいことが」
「なんだ?」
「妹のお名前は?」
「――アルメリアだ」
「なるほど、ありがとうございます」
会話が途切れた。気付くと馬車が減速していて、じきに停車する。
馭者が扉を開き、二人が車から出て、店の出入り口へと向かった。
すぐさま立っていた男性と、見習いらしき少年が寄ってきて、
「これはこれは殿下。まさかロンデロントにいらっしゃるとは……」
「突然で済まない。今日はずっと埋まっているのか?」
「いえ、今の時間帯でしたらあいております。――そちらのお方は?」
男性がアーシェを見やる。彼女はスッと笑みを浮かべ、
「ご機嫌よう」
と答えた。
「あの、殿下…… 不躾な物言いで恐縮なのですが、当店はいかなる身分の方であろうとも、未成年の入店を禁じておりまして……」
「彼女は成人女性だ」
「え……?」
「確かに身長が低く、見た目も子供と見られがちだが、ベリンガールの貴族の子女で、バーラントもよく知っている子なんだ。それに、ちゃんと見たまえ。そこの少年よりも年上の、立派な大人の女性だろう?」
半信半疑な顔で、男性がアランから、再びアーシェへ視線を送る。年相応なのかどうか見分しているらしい。
「実は成人したてで……」と苦笑うアーシェ。「まだまだ子供っぽいのかもしれませんね。ただ、これからは、こちらのお店にも顔出すことになり、あなた様とも交流が増えるかもしれません。今後ともどうか、よろしくお願い致します」
そう言って、彼女は目を伏せつつ膝を少しだけ曲げた。
――敬愛する母親が大貴族の出身だけに、作法や言葉遣いが自然と養われ、身に着いたのだろう。
男性はまだ半信半疑の様子であったが、アランがどうにか解きふせ、店内へ入って、いつも使っている一室やラウンジではなく、通常の個室に案内してもらった。
「ただいま責任者をお呼び致します。このまま、しばらくお待ちください」
男性が引き下がって扉を閉めた。
「――静かですね」
アーシェがそう言って、四方へ目配せしている。どこか警戒していた。
「それに、思ったよりも広い」
「二人だし、本来ならラウンジに案内してもらうんだが…… 支配人や君と話をしたいからな」
「――あの所長、殿下はどう見てるんですか?」
一瞬、答えようかどうか迷った。迷った挙げ句、今の彼女に対して黙っている理由も無ければ、得も無いため、話すことにした。
「まず、あの所長が株やらここの許可証やら、挙げ句には貴金属まで貯めこんでいることがおかしいと、俺は思っている。――君は?」
「異論ありません」
「そうすると、誰かの入れ知恵で株なんかを始めたと考えた方が妥当だろうと思う」
「きっとそうでしょう」
「君は、誰が入れ知恵していると思う?」
「分かりません。ただ、禄な人間では無いと思います。あの所長と何かしらの協力関係を築くのは危険だと思えるからです」
「確かに…… 金次第で、色々たなびきそうだ」
「死刑を使って殺人をしている、と言う殿下たちの話が真実なら、所長は間違いなく手を貸している一人ですよね?」
「証拠が無いから、おそらくとしか言えないが、ほぼ間違いないと思ってはいる」
「物証が欲しいなら、自宅ではなく監獄所の『所長室』を調べる方が良いと思います」
「所長室を?」
「もし、あの人が誰かと結託しているとして、連絡を取りあったり、お金のやり取りをしたりをしているなら、必ず小さな物証が残るはずです。でも、自宅にその物証があると何かの拍子で表に出て、犯行が知られるかもしれない」
「――だから、所長室でやり取りをしている?」
「監獄所の中にある部屋ですよ? どこよりも安全な場所で、どんな賊も侵入し難い場所です」
確かにと、アランは思った。
監獄所の中で犯行の算段を立てていて、それらに必要な情報や資料、契約書の類を保管してあるとするなら、彼らにとって安全で安心な保管場所であり、作戦会議室でもあると言える。
アランは、対面の席に座るアーシェを見やった。彼女は珍しくキョトンとした顔で首を傾げ、
「どうしました?」
と言うから、アランは素直に、
「君は本当に、俺よりもこの仕事に向いているな」と言った。
「――特務機関とか言うお仕事、小間使いをしているより、お給金は良いですか?」
「責任と義務が強い分、報酬も多いな」
「では、私を雇ってください。そうすれば……」
アーシェが最後の言葉を小さな声量で言った。しかし、部屋が静かなので普通に聞こえてしまっていた。彼女のこの言い方は間違いなく、母親をトリナーム家から引っ張り出し、二人だけの生活を夢見てのことだろう。
アランは、自分の心音が高鳴っていて、少し息苦しくなっていることに気付いた。
「殿下」
アーシェがまた呼びかけた。目を細めている。
「なんだか、変ですよ?」
「ああ…… ちょっと働き過ぎたかもな」
「では、帰って休みましょう。あなたが体調不良で離脱すると、ブロムナーって言う人が、私たちに何をしてくるか分からないので」
アランは苦笑い、大丈夫だし、そう毛嫌いするなよと伝えた。そのすぐあとに、扉が開いて中年の男性が入ってきた。
「お待たせして申し訳ありません、殿下」
「フィゴンさん、ご無沙汰しております」
立ちあがったアランが、彼に握手を求めた。そして、互いの握手が終わったあと、
「実は、折りいってご相談が……」とアランが言い、懐から入店許可証を取りだした。
「この許可証、本物かどうか見てもらえませんか?」
「本物かどうか……?」
手渡された許可証を隈なく見たフィゴンは、それをアランへ返した。
「本物です。まさか偽造された物が……?」
「いえ、そう言うわけでは無いのです。――実は、特務機関から調査を依頼されまして。彼らをここに向かわせると、後々、面倒な噂が立つかもしれませんから」
アランはそう言って、フィゴンに、ビリー――監獄所の所長のことを調べており、ビリーがこの店にいつ来ているのか、来ていたら、誰と一緒にいることが多いのかを尋ねた。
「確かに」とフィゴン。「当店に何度か来られたことがあったと思われます。少々、記憶が曖昧で申し訳ありませんが……」
「彼は最近、店へ来ていましたか?」
「いえ…… おそらく、ここ一カ月は来店されていらっしゃらないかと」
「誰かと来店されたことは? いつもはどこで食事をされているとか…… やはり、ラウンジですか?」
「基本的に、入店許可証を持っておられる方はラウンジのみのご利用とさせて頂いております。個室や部屋の場合、入店審査に通った方だけをお通しする規則となっておりますので」
「ラウンジで、誰かと一緒にいませんでしたか?」
「そうですね…… 今、思い出してきましたが、男性だったり女性だったり…… ですかね」
「年齢までは分かりませんか?」
「男性はまちまちだったかと。女性は若い方が多かった気がします」
「なるほど……」――あまり、有用な情報は得られなかったな。
「あの、つかぬことをお訊きしますが…… ビリー様は何か問題でも起こされたのでしょうか?」
「現時点では、何も分かっていません。ただ、ある事件で繋がりがあるのかどうかを調べています。詳細は話せません、申し訳ない」
「いえ、それでしたら仕方ありません。――ところで、そちらの方は?」
フィゴンが、ジッと聞き耳を立てて座っているアーシェを見やった。
「安心してください」とアラン。「彼女は成人女性です。その…… ベリンガール貴族で、バーラントもよく知っている子なんです」
「ベリンガールの……」
「まぁ…… フィゴンさんに隠しておくのは難しいので、他言無用で願いたいのですが」
「ええ、勿論です」
「彼女はレイナック家の子女である可能性が高く、現在、それを調べているところでもあるのです」
「レイナック家? 確か、ベリンガールの――」
とまで言って、驚いた顔でアーシェをまた見やった。彼女は居心地が悪いらしく、そっぽを向いた。
「さすがに知っておられますか」
「それはもう。ベリンガールの貴族の方々とお話をしていますと、その格式と武勇について聞くことが多いので」
「まだ確実だと言い切れはしないのですが、まぁ…… 個人的にはほぼ確実と言って良いかと」
「なるほど。ベリンガールにとっては重大な出来事になりそうですね」
「せっかくなので、少し『食事のマナー』でも勉強してもらおうかと思います。そちらはまだまだ弱いようなので。――すみませんが、食事の準備をお願いしても?」
「ええ、畏まりました。今日は、ケーストンから素晴らしい食材が入っておりますので、ぜひお楽しみください」
「勿論。そちらが主だった目的でしたので」
フィゴンとアランが笑顔で会話している最中、アーシェは嫌そうな、迷惑そうな顔で二人をジッと眺めていた。




