21 動いていた魔の手 その2
結局、アランは待機を決断した。
ここで下手に動き、行き違いやら何やらが起こると、ビリーの自宅へ侵入した三人が逮捕されかねない。それは確実に避けたいところだし、新聞の情報はあくまでも新聞の記者が流したものだ。事実かどうか、裏取りしなければ危険極まりない。
ただ、待っているあいだもアランは悩み続けた。そして、道の向かい側にいた新聞売りの少年の側へ行き、彼から各新聞の特徴を尋ねてから、全ての新聞を購入する。
無論、怪訝に思われてはいたが、アランはそこを気に掛けていられるほど、冷静さを保てていなかった。
馭者台で確認作業をしたところ、所謂、大手の新聞や人気があると言う情報誌には、ほぼ同じ記事が載っていた。同じような記事だと言っても、これは別に、各社が同じ記者から記事を貰ったわけでも、談合して書いたわけでも無く、単純に情報源が同じと言う程度の理由で、たまたま同じ記事が載ったと考えるのが妥当と言えた。
「どうする……?」
新聞や情報誌を足元へ乱雑に置いたあと、重石代わりに足を置き、馭者台の上で、眉間に人差し指の第二関節を当てながら言った。
「馭者さん」
ハッとしたアランが、新聞を下げつつ隣を見やる。
そこには鞄を背負ったアーシェが立っていて、すぐ近くにはブロムナーも近衛騎士もいた。
「予約していたコッペリアです」
「あ、ああ。失敬……」
「――どうかしましたか?」
アーシェがキョトンとした顔でアランを見やる。
彼は、ここで悟られては絶対にいけないと考え、咳払いを数回し、
「すみません、むせました」と答える。
「大丈夫ですか?」
「ああ…… 予約されていたコッペリア様ですよね?」
「――そうですよ?」
「お連れの方と一緒に、馬車の中へどうぞ」
そう言って、彼女の後ろにいるブロムナーを見やる。彼は怪訝な顔でこちらを見ていたが、アランが真剣な顔で、
「馬車の中へどうぞ」
と言うから、
「中へ入りましょうか、二人とも」と答えた。
それから間も無く、馬車を走らせる。
後ろからコンコンとノックの音がして、アランは少し速度を出し過ぎていたことに気付く。
十数分後、領事館の敷地内に到着すると、アランが足元に散らばっている新聞や情報誌をまとめるだけまとめ、それらを置いたまま御者台から降りる。
降りてすぐ馬車の扉へ行き、あけて、
「ブロムナー」と言った。「悪いが、話に付き合ってほしい。――君はアーシェと一緒に応接室へ向かってくれ。押収した物をあとで確認するから、綺麗に並べてくれると助かる」
「了解です」
「――殿下」アーシェが言った。「何かあったの?」
「いや……」と、言い淀んでから、「実は、妹のことでちょっとな…… ブロムナーに話しておきたいんだ」と答えた。
アーシェはジッとアランを見つめる。彼は覚悟を持って、それを受け止める。そこへ、
「行きましょう、アーシェさん」
と、近衛騎士が割って入った。
「重要なお話しですから」
「分かってる……」
そう言い残し、二人が屋敷の方へと歩いて行った。
「――何があったのです?」
ブロムナーが尋ねると、アランはアーシェと騎士に背を向けて答えた。
「ネイドさんを殺した犯人…… もう逮捕され、裁判も済んでいるらしい……」
ブロムナーが目を細め、顔の向きをアランと一緒になるよう回れ右をしてから、
「どういうことです?」と言った。
「ハッキリ言って俺にも分からない。昨日の報告書にも、そのような逮捕や裁判に関わる情報は一切なかった。しかし、今日の時点で、主要な新聞や情報誌が事件解決と一斉に報じている…… 俺に擬態用の新聞を買ってきたのはお前だが、中を読んでいなかったのか?」
ブロムナーは何も答えず、ただ眼鏡の位置を調節した。
「一社だけならまだしも、主要なところが号外のように報じている。嘘や偽情報だと断定しにくい……」
「参考までにお訊きします。逮捕されたのは誰です?」
「トリナーム家で小間使いをしていた女性…… つまり、そう言うことだと思う」
ブロムナーが珍しく、大きく息を吐いた。そしてまた眼鏡を触ってから、「すぐ確認してきます」と答え、その場を去ろうとする。
「待て、ブロムナー」
アランが呼び止めつつ近付いた。
「このことは、アーシェの耳には絶対に入れるな。いいな?」
「無論です。ただ、いかんせん一般の情報誌や新聞に載ってしまっている…… 彼女がそれを見てしまったら、どうしようもありません」
「俺は屋敷に新聞が無いか見てくる。そこの馭者台に、俺がさっき買ったものがあるから、回収して確認してほしい」
「正直、彼女の耳に入るのは時間の問題と考えて良いでしょう。彼女が事実を知ったとき、どうします?」
「どうするとは……?」
「我々の静止を聞かず、屋敷から抜け出す可能性が高いです。そうなる前に、少々酷ですが…… 軟禁する必要があると思われます」
「――構わない」
ブロムナーの返事の代わりに、空を飛ぶ鳥の鳴き声が聞こえた。それからアランが、ゆっくり喋った。
「今、彼女が一人で動き回ったら、それこそ黒幕の思う壺だろう。こちらの攪乱のために、あのような記事をばら撒かせたのかもしれない。
とにかく、ラニータ様の安否確認を優先し、場合によっては強引にでも連れてきてくれ。記事が正しいなら、彼女はすでに監獄所にいる」
「了解です。まず監獄所で確認を取ってから、各所を回って情報を集めようと思います」
「あと、アーシェには妹の件で、と言うことで通しておく。うまく合わせてくれ。可能なら、近衛騎士や出払っている捜査員にも共有を頼む」
頷いたブロムナーが、早歩きで立ち去った。
そのあいだ、どうしようかと一瞬悩んだアランは、すぐさま別の要件があるのを思い出し、アーシェたちが待っている応接室へと向かった。
領事館に入ってすぐ、出迎えた職員の一人に、館内にある今日の新聞や情報誌を全て集め、自分の執務室へ持っていくようにと伝える。
「――出来るだけ急いでほしい。給仕やメイドたちの控え室に置いてある物も全てだ。それから、新聞や情報誌が同じ物で被っていても、全て回収し、抜けなく集めて持ってきてほしい」
「か、畏まりました……」
「あと、アーシェと言う少女にこのことを話さないよう注意してくれ。何か聞かれても、俺の妹のことが新聞に載っていた、とだけ伝えるんだ。それ以外は何も答えなくていい。そして今言ったことを、館内の人間全員に伝えてほしい。――いいな? 絶対だぞ?」
戸惑う職員を置いて、アランが歩きだした。そうして、応接室の前まで来ると、ノックしてから扉をあける。あけて早々、アランは「待たせたな」と言い、アーシェと近衛騎士が立っている長机の近くへと寄っていった。
「ブロムナーさんは?」と近衛騎士。
「妹の件で、対応することになった。だから、俺が押収物を確認させてもらう」
アーシェはやはり、ジッとこちらを見つめてくる。
「俺は現場にいなかったからな。君が何を持ってきたのか見せてほしい」
「一応」と近衛騎士。「こちらへ並べておきました。残念ながら、今回も事件解決に至るような物は無さそうですが……」
「ありがとう、見させてもらうよ」
そう言って、アランが長机に並ぶ押収物を眺める。
まず、株式が目に付いた。次に入店許可証。最後にエルエッサムの新聞会社が発行している、経済新聞。
「現金の他に」とアーシェ。「いろんな年代物の貴金属が入った金庫もありました」
「あけて確認できたのか?」
「手提げの小さな金庫だったから、すぐあけられると思って。実際にすぐあけられました。これがその一部」
そう言って、ポケットから取り出した数個の宝石や指輪を、机の上に転がした。
「念のために言っておくけど、私はこれ以上の物は取ってきてません」
「ああ、分かってるよ」
「これらを見るに」と言って、近衛騎士が宝石を拾いあげて眺めた。「ビリー所長の金回りは、とても良さそうですな」
「良すぎてある意味、清々しいくらいに分かりやすい」
アランはそう言って、株式と許可証を左右のそれぞれの手で拾いあげる。
株には『マードック』と書かれた社名が大きく乗っていて、額面の株数もそれなり大きかった。それから、許可証はアランも何度か立ち寄ったことがある、ロンデロントで一番有名な高級料理店のものだった。
「許可証は良いとして…… マードックと言う会社が何か、心当たりはあるか?」
アーシェは首を横に振る。近衛騎士も同じように知らなさそうであった。
「よし、ではこうしよう」と、アランが近衛騎士に近付き、彼に株式を手渡した。
「君はこれを持って、マードックと言う会社を出来る限り、詳しく調べてほしい。それと、可能ならブロムナーの手伝いもしてやってくれ」
「了解です」
「それからアーシェは、俺と一緒に来てくれ」
「どこへ?」
「せっかくだから食事をしに行こう」
そう言って、アランは背後のアーシェへ視線だけ送りながら、入店許可証を顔の高さくらいに掲げてみせた。




