20 動いていた魔の手 その1
夜が明ける。
朝食前に顔を合わせた近衛騎士の一人を呼び止め、昨日のうちに作ったバーラント宛の封筒を手渡し、念のために直接渡してほしいと依頼した。
ベリンガールの南部なら、早朝出発と馬の交替でロンデロントから日帰りも可能だが、首都ベネノアは北部にあるため、馬に乗って最低でも二日と半日、通常は三日以上は掛かる。その期間、側近を一人減らすのは痛手かもしれない。
しかし、事が事だけに、信頼できる人間に直接運んでほしいとアランは考えていた。このことを近衛騎士に伝えると、彼は快く了承し、なるべく早く帰ってきますと告げて、すぐさま出発してくれた。
無論、ブロムナーへは事後報告となったため、彼からあれこれと小言を貰ったが、それも早々に終わり、話題はドロッカーの筆跡鑑定へと移った。
「朝食の前におこないましょう。今、鑑定をしてもらっているところなので」
そんなわけで、アランはブロムナーと応接室に向かう。扉をあけると、すでにアーシェと近衛騎士が一人いて、鑑定をしているらしき、捜査員の一人が長椅子に座っていた。彼の前には鑑定用の道具の他に、昨日、入手したメモの紙と、シェーンから預かった署名状が置かれてある。どうやら、署名状にあったグロッカーの名前の筆跡を元に、メモの紙の筆跡を見ているらしい。
「結果は?」
ブロムナーが、彼に近付きながら尋ねる。
「通常の筆跡ではありませんので、なんとも言えませんが…… おそらく本人の筆跡だろうと思われます。証拠には使えませんが、捜査の材料の一つには使えるかと」
「なるほど…… 分かった、ありがとう。また何かあったら、鑑定をよろしく頼む。朝食前にすまなかったな」
捜査員が座った状態で目礼し、道具を片付けて応接室から出て行った。
「――さて」と、ブロムナーがアランを見やる。「結果は微妙でしたが、本人の筆跡であると言う前提でいきましょうか?」
「そうだな。進展があると確定するかもしれないし、少なくとも、王冠盗難と殺人事件、両方の件に絡んでいるかもしれない。――まぁ、殺人事件を優先すべきだが」
アーシェの視線を感じ取ったアランが、すぐさま後付けした。
「では、朝食を準備させましょう。時間が惜しいので、失礼ですが食事しながら、昨日、アーシェさんが提案してくれた計画を精査しましょう」
ブロムナーはこう言って、メイドを呼んで朝食を運ばせた。それから間も無く机の上に地図を広げ、監獄所の所長――ビリーの自宅へ侵入する計画を、近衛騎士とアーシェを交えて立て始める。
自宅への侵入自体は簡単な一方、一番の問題点は、昼間で人通りが多く、目に付く可能性が高いと言う点であった。
「どうする?」とアラン。「屋敷では無いが、二階建ての集合住宅だ。ある意味で人に見つかりやすいと思う」
眼鏡を拭き終わったブロムナーが、それを着用してから言った。
「地図で見たところ、一般的な集合住宅のようですから、関係者の往来だけに注意すれば、部屋も小さく、捜索範囲も必然的に狭くなるので、昨日の侵入に比べれば問題は少ないかと。――アーシェさんは、昼間に侵入した経験はおありで?」
「無いけど、なんとかなる」
「では、こうしましょう。殿下には今回、馭者としてここで待機して頂きます。いざと言うときは馬車での逃走も考えられ、少々危険ではありますが…… 騎士を一人、余所へ出してしまわれたので仕方ありません」
「馬を操るのは得意だ、任せてくれ。それより、お前たちは単独で向かうのか?
「ええ。我々は徒歩で自宅近辺へ向かい、二階の彼の一室へ侵入します。そのとき、騎士は一階の出入り口付近で待機し、誰かが来たら声を張って挨拶し、知らせてください。場合によっては知り合いを探しているように装い、適当な会話で誤魔化すこと。よろしいですか?」
「心得ました」
「お前とアーシェで侵入するのか?」とアラン。
「その予定です。昨日と同じ要領で。アーシェさんもそれでよろしいですか?」
「なんでもいいです」
「場合によっては、私がビリーの部屋の玄関前で見張っておきます。アーシェさんは退路を確保しつつ、部屋を漁ってください。今回は、多少手荒でも良いので、なんでも取ってきてもらって結構です」
「ふ~ん……」
「金目の物も少しばかり取ってくれば、通常の強盗に見せかけられて一石二鳥ですね」
「それがしたいなら、あなたが取ってきて。私に責任転嫁されると困るから」
アーシェが素気無く言うから、ブロムナーが眼鏡を少し動かしつつ溜息を吐いていた。
作戦の決行は、皆が昼食時に動き回るよりも早い時間にしようとなり、自由時間のあと軽食を取った四人が、それぞれの目的のために領事館を出発した。
アランは当初の予定通り、馭者の服装に身を包み、予約を受けた乗合馬車と言う設定で指定の場所へと向かう。そこはビリーが住む集合住宅から少し離れた、小さな広場の前で、他の乗合馬車も三台ほど止まっており、普段から馬車の停留所の一つとして使われているらしかった。
少し雲が多い晴れた空の下で、馬と行きかう人々の姿を様子見しつつ、馭者がよく使う暇潰しの道具の一つ――新聞を広げた。
擬態のためにブロムナーが用意した新聞だったが、ブロムナーたちを待っているあいだは暇なので、ついつい文字を追ってしまう。
ロンデロントの誰それの貴族が熱愛だとか、どこそこの馬が一着を取ったとか、繁華街の宣伝やら娯楽遊戯の結果など、雑多で、真実かどうか分からない記事が並んでいる。
(本当に調べて書いてるのか? これは……)
普段は然るべきところから、裏取りされた情報を得ている身分にいるだけに、一般の人々が得ている情報源はこれなのかと不安に感じる一方で、本当の情報を与えることが逆に混乱を生むと言うことも知っているため、感じていた不安が、もどかしさへと変わっていった。
そこへ、
『トリナーム邸に賊が侵入?』
と言う小見出しを見つけ、思わず視線が釘付けとなる。
内容を黙読したところ、『警備兵が二人、首都リボンからやって来た政府関係者らしい人物とともに、庭へ侵入した賊を捜索し、結果的には取り逃がした』と書いてあった。
(あのときの警備兵か……)
――情報提供したのは、間違いなく彼らだろう。警備兵は衛兵と違って単なる公務員であり、やる気の無い衛兵よりは責任感を持ってはいるものの、給料が多いわけでは無い。そのため、記者などに証言と言う名の情報を売って生計の足しにしている人間もいる。ロンデロントやベリンガールなら、貴族と通じている人も多いだろうから、余計に情報の売買が横行している。
(彼らから情報を得たいが……)
一瞬、警備兵ならダーレンやネイドだけでなく、繁華街などで起こっている小さな事件についても色々と情報を聞き出せるのではないか…… そう思ったが、情報を尋ねると言うことは、それを元に新たな記事の種にされることでもある。
ブロムナーが絶対に許さないだろうし、その辺りのことは部下に任せた方が良いのだろう……
そんな考えを巡らせながら、めくって次面を見やる。
「――えっ?」
アランが驚いたのは、上段の見出しで『迎賓館殺人事件の犯人は、なぜ凶行に及んだのか?』と書いてあったからだった。
どうやら彼は、新聞を表面ではなく裏面――逆側から読んでいたらしい。慌てて表の総合面を見やると、下部の方に『【特集】迎賓館殺人事件の犯人、すでに逮捕されていた!』とあった。
「どういうことだ……?」
思わず呟き、見出しの下段にある概要を黙読する。
『記憶に新しい、迎賓館でネイド氏が殺害された事件で、進展があった。当局から事件解決の発表があったのだ。
犯人はダーレン・トリナーム伯爵の小間使いをしていた女性で、裁判も死刑の判決で終わっているとのこと。
今は監獄所にいるであろう彼女が、なぜ、あのような凄惨かつ残忍な犯行に及んだのか。我々はその真実を知るべく、証拠とともに検証をおこなった。(次面に続く)』
「馬鹿な……」
いても立ってもいられなくなったアランは、馭者台から降り、少し離れたところに停車してある馬車へ近付いた。そして、馭者台の上で新聞を読んでいた中肉の初老に声を掛ける。
「んあ? なんだ?」
「その…… 迎賓館の事件だが、知ってるか?」
「知ってるかって…… なんでだよ?」
「そこの殺人犯が捕まったのって、いつか分かるか?」
「あぁ? 捕まったのか?」
「この新聞に載ってたんだ、まさか今日、分かったことなのか?」
アランが見せた新聞をジッと眺めて、初老の男性が口角をあげた。
「おいおい、アンタそんな三文新聞を読んでるのか? 利口そうな顔して。俺みたいに中央新聞を見なよ」
ケラケラ笑う男性。アランはパッと手持ちの新聞を見やってから、すぐさま男性へ視線を戻した。
「じゃ、じゃあ、この記事は嘘か?」
「どうかねぇ~…… ちょっと見てやるから待ってろ」
そう言って、彼は持っていた新聞を眺める。すると、
「おぉ?」
「なんだ?」
「本当みてぇだ。ほら、俺の新聞にも載ってらぁ」
彼が台の端まで寄って、中段にある記事を見せてくれた。
――やはり、見出しは『殺人犯、捕まっていた』と言うものだ。内容もほぼ同じ。
「どうした? まさか知ってる奴が捕まってたのか?」
「あ、あぁ…… いや、人違い、だったみたいだ……」
アランは放心した顔でトボトボと、自分の馬車へと戻る。
「おぉ~い! 大丈夫かぁ~?」
片手を肩口へあげて応えたアランの頭の中は、すぐさま知らせに行くか、このまま待機すべきかの悩みでせめぎ合っていた。




