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【36話】ブリザードプリンセス


 ステージに上がったアイギスは観覧席に挨拶せず、


「【クリスタルウォール】」


 いきなり魔法を発動した。

 

 アイギスの前方に氷の壁が現れる。

 透き通る氷は息を吞むほど美しく、そして、なんとも分厚い。堅牢な防御魔法だ。

 

 並大抵の攻撃魔法では、傷一つつけることはできないだろう。

 この分厚い氷の壁を突破するには、かなり大規模な火力が必要となるはずだ。

 

「【クリスタルウォール】」


 アイギスは再び同じ魔法を発動。

 新たに現れた氷の壁は、一枚目のすぐ後ろに並べられた。

 

 そしてアイギスはまたも【クリスタルウォール】を発動し、三枚目の壁ができる。

 その後も同じことを繰り返していき、計七枚の氷の壁が縦一列に並んだ。

 

 分厚い氷の壁を七枚も並べて、いったい何をする気なんだ? ――会場全体がそんな空気に包まれている中、アイギスは別の魔法を発動した。

 

「【フロストドラグーン】」


 現れたのは、氷の体を持つ巨大な竜だ。

 切り裂くようにして空を滑りながら、七枚の氷の壁へ真正面から向かっていく。

 大きな口を開けて進んで行く姿は、眼前の分厚い壁を食い破らんとしているかのようだった。

 

 氷の竜は一枚目の壁と衝突。

 分厚い氷の壁にヒビが入り、破片となって砕けた。

 

 対する氷の竜はというと、まったくの無傷。

 勢いそのままに二枚目の壁へと突き進む。

 

 そして、二枚目も同じ結果に。

 氷の竜は三枚目、四枚目と壁を破壊しながら突き進んでいき、ついに最後、七枚目の壁をも食い破った。

 

 氷の竜は競技場の外周をぐるりと一周してから、空高く昇っていく。

 七枚の壁と衝突したというのに、その勢いは最初から最後までいっさい衰えていない。なんて強力な攻撃魔法なんだろうか。

 

「フィナーレ」

 

 アイギスがパチンと指を鳴らした。

 氷の竜の全身がひびが入り、細かく砕け散った。

 

 会場全体に細かな氷の結晶が降り注ぐ。

 太陽の光を反射しキラキラと輝く結晶が散らばる光景は幻想的で、壮観だった。

 

 しかしその光景に感嘆の声を上げる観客は、ひとりもいなかった。

 

 堅牢な防御魔法と、それを軽く突破してしまうほどの強力な攻撃魔法。

 計り知れないアイギスの規格外の力に、彼らは皆、圧倒されていた。

 歓声と拍手に溢れていたシオンのときとは、まるで対照的だった。

 

 当のアイギスはというと、つまらそなそうな顔をしていた。

 ステージに上がってから――というよりも、ステージ脇で初めて見た時からそうだ。ずっと退屈そうにしている。

 

 彼女はその顔のまま、眩い銀色の髪を気だるげに払い、終わりの挨拶をせずにステージから降りていった。

 

 

 それからは、三校目、四校目の代表生徒が魔法を披露していく。

 どちらも高い技術を持った素晴らしい魔法だったが、観客の反応はあまり(かんば)しくなかった。

 

 シオンとアイギスの魔法を見た後では、どれも見劣りしてしまうのだろう。

 それだけの大きな差があった。

 

 そのことを、代表生徒本人もまた自覚しているのだろう。

 三校目、四校目の代表生徒は、ずっと強張った表情をしていた。

 

 そして最後――五校目の代表生徒の彼も、緊張した面持ちで魔法を披露していた。

 三校目、四校目の代表生徒よりもそれは強い。

 

 体はふらつき、顔色は青白い。今にも吐きそうな顔をしている。

 ハードルが上がっているというストレスと交流会の最後を飾るというプレッシャーが、彼を苦めているのかもしれない。

 

「あの人、とっても苦しそうだね」

「途中で倒れちまいそうだな」


 何事もなく終わればいいが……


 シオンと二人、ステージの上を心配しながら見守る。

 

「【ロックブラスト】……あっ」


 集中力を欠いたせいなのか。

 代表生徒の彼が放った岩の塊が、観覧席めがけて飛んでいってしまう。コントロールミスだった。

 

 このままでは観覧席に岩が激突し、大きな被害が出てしまう。

 

 間に合えッ……!

 

 俺はすぐさま【身体機能極限解放(オーバードライブ)】を発動し、地面をおもいっきり蹴った。

 岩の塊まで超スピードで一気に跳んで、拳を叩きつける。

 

 観覧席のすぐ手前で、岩の塊は粉々になって砕け散った。

 まさに間一髪。被害を出す前に対処することができた。

 

「いまなにが起こったのだ?」

「さぁ……。岩が飛んできたと思ったが、いつの間にか砕けていた」

 

 観覧席の客たちは困惑していた。

 人間の域を遥かに超えた俺の動きを目で負えない彼らでは、何が起こったのか理解できなかったのだろう。

 

 それは彼らだけではない。

 各校の代表生徒たちもだった。ポカンと口を開いている。

 

 場内がざわつく中、役目を終えた俺は元の場所へと戻っていく。

 

 その途中。

 アイギスが俺を見ていることに気づいた。

 

 ずっとつまらそなそうな顔をしていた彼女は、そのとき微かに笑っていた。

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