【閑話】苦労人エレナ
エレナ・ヘールズ子爵令嬢は、かなり面倒見がいい人間だ。
自分でそう言うのもなんなのだが、本当にそうなのだから仕方ない。
昼休憩。
エレナは自らが所属する五年Aクラスの教室にて、対面の席に座る友人から相談を受けていた。
「ねぇエレナ。どうしたら彼は、私だけを見てくれるのでしょうか?」
内容は恋の相談。
相談をしてくる友人はクラスメイトの、イレイス・レイグラッドだ。
魔晶石の課題についてイレイスと口論してしまった翌日。
彼女は、
「昨日はひどいことを言って申し訳ございませんでした。私があなたの魔力に合わせます」
と謝ってくれた。
罪悪感を抱えていたエレナはもちろんそれを、笑顔で受け入れた。
その結果、魔晶石の課題をクラスで一番の成績でクリアすることができた。
それ以降エレナは、ちょくちょくイレイスに話しかけるようになった。
せっかくだから仲良くなりたいと思ったのだ。
そうしていく中でイレイスと少しづつ打ち解け、今では毎日一緒にお昼を食べるような――友達の関係になっていた。
そしてイレイスは毎日のように恋愛相談をしてくる。
意中の相手を、どうしても自分に振り向かせたいらしい。
イレイスは普通の人とはちょっと違うような考え方をしている。
面倒見がいいエレナは、そういう人を放っておけなかった。だから毎日親身になって、イレイスの相談を受けていた。
「私もリリンみたく、頬に口づけをするべきなのでしょうか? でもあの淫乱金髪メス豚と同じステージに立つというのはどうにも抵抗が……」
イレイスの意中の相手は、義弟のミケルだ。
話を聞く限りだと、心の底からべた惚れしている。
(イレイスが恋に落ちる理由もちょっと分かるけどね。弟くん、私の話を真剣に聞いてくれたし、あと、結構かわいい顔してたもの。……ま、こんなことイレイスには絶対言えないけど)
小さく笑ってから、エレナは恋愛相談へのアンサーを返す。
そして最後にはおきまりの、「私はイレイスを応援しているからね」というセリフで締めた。
イレイスは大切な友達だ。
幸せになって欲しい。
彼女の恋が叶ったそのときには、真っ先に祝福してあげたいと思っている。
その時までエレナは、いつまでも親身に相談に乗ってあげるつもりでいた。
******
午後十時。
エレナの私室のドアがノックされる。
「お姉ちゃん、入ってもいい?」
「うん」
ソファーに座りながら返事をすると、すぐに小柄な少女が部屋に入ってきた。
彼女はソフィア。エレナが愛して止まない、大切な妹だ。
エレナの隣にちょこんと座ったソフィア。
いつになく真剣な表情で、エレナを見上げる。
「お姉ちゃんに言いたいことがあるの。私ね、その……好きな人ができたんだ」
「えー! どんな人なの! お姉ちゃんに教えてよ!!」
(近頃表情が明るくなったと思っていたけど、そういうことだったのね!)
ソフィアが浮いた話をするなんてこれが初めてだ。
テンションが頂点になったエレナは、満面の笑みでソフィアに迫る。
「その人は四年生の先輩で、とっても優しい人なんだ。私が困っているときに、助けてくれたの。初対面なのに、そんなことはまったく気にしていなかった」
「すごく良い人そうね!」
「あとね、とっても強いんだよ。イザベラ副会長に、決闘で勝ったんだって。すごいよね!」
「へー、あの副会長に――」
(あれ? まさか、副会長に勝った四年生って……)
その人物に、エレナは一人だけ心当たりがあった。
「ねぇソフィア。あなたの好きな相手ってもしかして、弟くん――じゃなくて、ミケルくんのこと?」
ソフィアは少し恥ずかしそうに、小さく頷いた。
(まさかソフィアも、弟くんのことを好きだったなんて……)
なんと妹意中の相手は、応援すると決めた友達と同じだった。
つまりソフィアとイレイスは、恋敵ということになる。
(どうすればいいのよ!?)
妹と友達――どちらにも幸せなってほしいエレナは、どちらを応援すべきか分からなくなってしまった。
「でも私、人を好きになるのって初めてだからどうしていいのか分からなくて……。ねぇ、お姉ちゃん。これから先、色々相談に乗ってくれる?」
ここで頷いてはいけない。
それはきっと、友達であるイレイスを裏切る行為だ。彼女を応援すると決めたのなら、ソフィアを応援することは許されない。
でもエレナは、
「もちろん! お姉ちゃんに任せなさい!」
満面の笑みで応えた。
つぶらな瞳を上目づかいで向けてくるソフィアは、お姉ちゃんだけが頼りなの、と言わんばかり。
最愛の妹にそんなものを向けられてしまったら、もう断れるはずもなかった。
(……私、最低だ)
この日以降イレイスは、大きな罪悪感を抱えながら日々を過ごしていくことになってしまった。




