【29話】もう一人のSSランク冒険者
今日は学園の週休日。
冒険者ギルドを訪れた俺の後ろには、イレイスとリリンがいた。
あの日シオンとの決闘で弱さを知り、強くなる、と強く誓った姉妹は冒険者となった。
今は俺とシオンのパーティーに加入し、四人で依頼を受けている。
「お、きたきた! 三人ともおはよー!」
シオンが手を振りながら、こっちへやって来た。
ヤツの服装は水着ではなく、いつもの白いローブだ。
よし……昨日の決闘の約束は守られたようだな。
俺は少し安堵してから、瞳をぎらつかせる。
「シオン。お前、昨日はよくもやってくれたな!」
「ミケが悪いんだよ。わざと負けようとするから」
「俺は生徒会になんて入りたくなかったんだよ! それをお前が勝手に……!」
「そうなの? ミケの目は入りたそうにしてたけどなぁ……。あ! もしかして照れ隠し?」
「照れてねぇよ! ……そうだ。イレイスもリリンも、この身勝手な野郎に何か言ってやれ! お前らも俺と同じ被害者なんだからな!」
巻き込まれた被害者たちに加勢を頼むも、しかし、姉妹は口ごもっていた。
なんというか、まんざらでもない感じだ。
「そりゃムカついたけど……ミケルとの時間が増えるんだし、だから別にいいかなって」
「ミケくんと一緒にいられることが、私にとってなによりも大切なことです」
姉妹は二人とも、シオンの身勝手な行いを許しているらしい。
普段は喧嘩ばっかの癖に、こういう時だけ意気投合しやがって。
「これで駄々をこねているのはミケだけになったよ。もう済んだことなんだからさ、ここはいい加減大人になろうよ」
「……そのセリフ、お前にだけは言われたくないんだが――うん? なんだか今日は雰囲気が妙だな。何かあったのか?」
今日のギルドにはいつもの活気がない。
どんよりと窮屈な空気の中、大勢いる冒険者たちはどこか浮かない顔をしている。
「バイスだよ。あいつ、また他の冒険者に大怪我を負わせたんだって」
「元気がないのはそれが理由か。……と、そうか。お前らは知らなかったな」
不思議そうな顔をしているイレイスとリリンに、俺はバイスという人物について語る。
「バイスっていうのは冒険者をしている男で、ランクは俺と同じSSだ。だが、性格が破綻している」
俺は小さくため息を吐く。
「バイスの頭にあるのは、自分の力を誇示することだけ。だから周囲への被害はおかまいなしに魔法をぶっ放す。あいつの攻撃に巻き込まれた冒険者は、これまで数え切れないくらいにいる。二度と歩けない体になったやつもいるくらいだ」
「要するに、筋金入りのクズなんだよ」
シオンが一言でまとめた。
身もふたもないが、本当にその通りだと思う。
「噂をすれば本人が来たようだね」
ギルドの中に入って来たのは、三十歳くらいのガラの悪い男。
先ほどまで話していたSSランク冒険者、バイスだ。
髪は七色に光っているド派手な虹色。
黒色のジャケットを着ていて、首元にいくつも下げている金属製のネックレスがじゃらじゃらと音を立てている。
バイスに続いて、十数人の女性がぞろぞろと入ってきた。
大層な女好きで知られるバイスは、こうしていつも多くの女性を連れている。
ギルドの中で一番大きなテーブル席に座ったバイスはふんぞり返り、机の上で両足を組んだ。
連れの女性たちも、それに合わせて席に着いた。
「おい!」
かかとで机を叩いたバイスが、ギルド内にある酒場へ向けて声を荒げた。
「酒だ! 人数分の酒を持ってこい!!」
少しして。
酒場の若い女店員が、バイスのテーブルへ向かっていく。
人数分のジョッキを両腕を使って抱えるようにして運んでいた。
しかし数が多いのか、足元がおぼつかない。
転んじゃいそうだけど大丈夫かな――なんて思っていたところで、本当に転んでしまった。
しかも運が悪いことに、転んだ場所はバイスのすぐ手前。
飛び出したジョッキの中身が、バイスにおもいっきりかかってしまう。
「てめぇ!!」
「も、申し訳ございません!」
すぐさま立ち上がった女店員が、全身びしょ濡れになったバイスに深く頭を下げた。
しかしバイスの怒りは、それではおさまらなかった。
殺意に近い怒りを女店員へ向けている。
「どうしてくれんだよ、おい!」
「すぐに替えのお酒をお持ちいたします! それから、お召し物のほうは私どもの方で弁償させていただきます!」
「そういうことじゃねぇんだよ!!」
立ち上がったバイスは、頭を下げている女店員の顎を指先で掴んだ。
強引に上へ持ち上げて、顔を上げさせる。
「SSランク冒険者の俺様に恥をかかせたんだ! そんなもんで済む訳ねぇだろ!」
「で、では、いったいどうしたら……」
「死ね」
「…………え?」
「今すぐここで死ね。死んで俺に詫びろや。お前が償う方法はそれしかねぇ」
バイスに言われたことを理解したのだろうか。
戸惑っていた女店員の瞳から、涙がこぼれ始める。
それを見たバイスの口元がニヤリと上がった。
涙を流す女店員の顔を、舐めるようにしてじっくりと見ていく。
「ヘヘヘ……お前、よく見ればいい女だな。気に入ったぜ。俺様の奴隷になれば許してやるよ」
「ど、奴隷!?」
「別に断ったっていいんだぜ? だがその場合は、ここで死んでもらうけどな。俺様の奴隷になるか、それともここで死ぬか……好きな方を選んでいいぞ」
「嫌……そんなの嫌だよお!!」
女店員の涙の勢いが強くなった。
顔にはいっぱいの絶望が広がり、子どものように泣きじゃくっている。
バイスはそれを見て大いに楽しんでいた。
ハハハハハ! 、と大きな声を上げて喜んでいる。
なんてクズ野郎だ。これ以上は見てられないな……!
俺は、バイスのところへ向かっていく。
人を傷つけて楽しんでいるようなクズを、これ以上放置しておけない。
「いい加減にしろ。ちゃんと謝罪した上に弁償もするって言ってるんだ。もう十分だろ」
「あ? なんだよミケル? 関係ないやつは引っ込んでろよ」
「そういう訳にもいかない。お前の行為は見てて不快だからな」
「やっぱりムカつく野郎だぜ、お前は……!」
バイスは俺のことを激しく嫌っている。
最年少でSSランク冒険者になった俺のことが、気に食わないならしい。
「ともかく、その店員は許してやれ」
「お断りだ。この女には罪を償ってもらう。お前の指図は受けない。……どうしてもって言うなら、力づくでやってみろよ。俺様とお前で決闘だ」
「俺が勝てば、その店員からは手を引くんだな?」
「もちろんだぜ。だが、せっかく決闘するんだ。それだけってのも面白くねぇよな。……そうだ、こうしよう! 負けた方は冒険者としての資格を永久に失い、さらに国外追放される――ってのはどうだ?」
「わかった。その条件でやってやる」
間を置くことなく即答した。
不条理な目に遭っている人をそれでクズ野郎から助けられるなら、俺は迷わず実行するだけだ。




