【26話】新生徒会長からの呼び出し
その日の、帰りのホームルーム。
「本日はこれで終了となります。各自、速やかに下校してください」
四年Cクラスの担任教師が一日の終わりを告げると同時に、俺は小さくため息を吐いた。
シオンのせいで、今日はともかく疲れていた。
早く家に帰って、ベッドで横になりたい。
「ミケル・レイグラッドはいるか?」
勢いよく扉を開けて教室に入ってきた女生徒が、大きな声を上げた。
彼女は生徒会副会長の、イザベラ・キリートル。
シオンと同じ六年Aクラス所属で、土属性魔法の使い手だ。
名門侯爵家の令嬢で、凛として端正な顔立ちをしている。
曲がったことが大嫌いで非常に厳格なことから『鉄の副会長』と呼ばれている彼女は、性別年齢問わず多くの生徒から慕われている。
「はい。俺がミケルです」
手を挙げると、イザベラが俺に近づいてきた。
後ろで一つに縛られている黒髪のポニーテールが、小さく揺れる。
イザベラは眉間に皺をよせ、黒く光る瞳をぎらつかせていた。
初対面だったと思うが、どういう訳か既に嫌われているらしい。
「会長がお呼びだ。ただちに生徒会室へ向かへ。伝達は以上だ」
一方的に言葉を並びたててきたイザベラは、言い終わるなり背中を向け教室から出て行った。
俺の返事を待つ気はハナからなかった。
無視して家に帰りたいところだが、そういう訳にはいかない。
生徒会は学園で一番の権力を握っている組織で、教師陣よりも立場は上だ。
命令を無視すれば、かなり重い罰則が科せられてしまう。
シオンのやつ、いったい俺に何の用だよ? ……早く帰りたかったのに。
重い足取りで、俺は生徒会室への道のりを歩きだした。
実習棟一階の最奥。
生徒会室の入り口である、巨大な両扉を俺はノックした。
「どうぞ~」
中から聞こえてきたのはシオンの声だ。
ドアを開けて部屋の中に入ると、笑顔のシオンが俺を迎えてくれた。
……違和感がすごいな。
後ろに手を組んで立っているシオンをじっと見る。
そこにいるのは、小柄な美少女。どこからどうみても男には見えない。
だが三年もの間、男として接してきた俺にとっては、違和感の塊だった。
シオンが女の格好をしていることに、どうしてもまだ慣れていない。
「どうしたの?」
「……なんでもねぇ。気にすんな」
「おい! 会長に向かって何だその口の利き方は! 無礼だぞ!」
シオンの傍らに立っているイザベラが、怒号を飛ばしてきた。
額に青筋を立てて、俺を睨みつけている。
「そんなに怒んないでよイザベラ。僕はぜんぜん気にしてないから」
「…………会長がそうおっしゃるのであれば」
イザベラが引き下がる。
しかしその瞳には怒りが孕んでいて、まだ俺を許してくれてはいなかった。
「それじゃあ本題に入ろうか。ミケ。君を生徒会の役員に任命します」
「……は?」
「これで学園でも、ずっと一緒にいられるね!」
生徒会メンバーの人選は、代々会長に一任されている。
生徒会長となったシオンはその権限を使って、俺を生徒会メンバーに抜てきしたいようだ。
生徒会なんて入りたくないんだが……。
誘ってくれたシオンには悪いが、俺は今の学園生活に満足しているからな。
これといった目的がある訳でもないし、わざわざ生徒会に入りたいとは思わない。
「悪いけど断らせてもらう。……ほら、俺って美化委員に入ってるだろ? そっちの仕事が忙しくてな。すまん」
理由付けをしてみるが、それはまったくの嘘だ。
美化委員の仕事は、週に一度の清掃と月に一度の定期報告会のたったこれだけ。
それすらサボっているやつもいるくらいだが、特におとがめはない。
学園一存在意義のない、幽霊委員会と言っていいだろう。
「貴様、会長のご厚意を無駄にするというのか!」
肩を震わせているイザベラの顔は真っ赤。
今すぐにでも飛びかかって来そうだ。
そんな彼女を、シオンは手で制した。
落ち着きなよ、と優しく声をかける。
「…………会長がそうおっしゃるのであれば」
イザベラはその言葉を再び口にした。
なにかと俺に因縁をつけてくるこの副会長だが、どうやらシオンには逆らえないらしい。
「それなら問題ないよ。美化委員には僕の方から話をしておくから。僕が言えば、きっと聞いてくれるはずだからね」
「もちろんです。会長のご命令とあらば、ここの生徒は逆らえません」
「……で、でもよ。俺が生徒会に入ったら、あいつらがなんて言うか……」
あいつら、というのはイレイスとリリンのことだ。
シオンがリーダーをしている生徒会に俺が入った――なんてことがあいつらの耳に入ったら、黙っていないだろう。
絶対にめんどくさいことになる。
「そう言うと思った。でも安心して。もう手を打ってあるから。……おっと、噂をすればさっそく来たみたいだね」
二つの大きな足音が両扉に近づいてきた。
ノックもなしに、両扉が勢いよく開く。
「話って何よ!」
「私を呼び出すとは良い度胸ですね。バラバラになる準備はよろしいですか?」
部屋に入って来たのは、イレイスとリリンだった。
シオンに詰め寄るのに夢中になっていて、俺に気づいていない。
「イレイス、リリン。君たちには今日から生徒会に入ってもらうよ。これからよろしくね!」
「はぁ!? あんたの下につくなんて死んでも嫌なんだけど!」
「淫乱メス豚ぶーちゃんと同じ意見です。寝言は寝てから言いなさない。それとも私が今から、永遠の眠りにつかせてあげましょうか?」
「でも、ミケは生徒会に入るよ?」
「……」
「……」
あれだけすさまじかった二人の勢いが一気に死ぬ。
シオンが「後ろを見てごらん」と言うと、二人は振り返って俺の方を見てきた。
そしてシオンの方へ向き直ると、
「気が変わった。生徒会に入ってあげる」
「非常に不本意ですが、ミケくんがいるのなら仕方ありません。付き合ってあげましょう」
承諾してみせた。
なんという気の変わりようだろうか。
「ありがとう。三人とも快諾してくれて嬉しいよ!」
「いや、俺はした覚えないけど?」
言ってみるも、シオンはうんうんと頷くだけで無視。
俺の言葉は、完全に届いていなかった。
「三人を生徒会に入れようと思うけど、いいよねイザベラ?」
「生徒会メンバーの決定権は会長にございます。私はその意向に従うだけです」
「……うーん。僕さ、みんなと協力して生徒会を運営していきたいんだよね。ワンマンは嫌なんだ。だからさ、副会長である君の意見も聞かせてよ」
いいことを言っているはずなのに、あれおかしいな……そう聞こえない。
きっとそれは、さっき俺が無視されたからだ。イザベラの意見を聞く前に、まず俺の言葉を聞いて欲しかった。
「それでは、ひとつよろしいでしょうか?」
「うん。遠慮しないで良いからね!」
「イレイス・レイグラッド、リリン・レイグラッド。両名の入会には私も賛成です。Aクラスに所属する彼女たちの実力は十分。格式高いシエルテ魔法学園生徒会に入る資格はあります。しかし……!」
イザベラの瞳が俺を射抜いた。
限界まで吊り上がった瞳には、たっぷりの殺意が孕んでいるかのよう。
「この男――ミケル・レイグラッドの入会だけは認められません! 彼はCクラスの所属。さらにその中でも、最低の成績とか……! シエルテ魔法学園生徒会に、彼のような低能な生徒はふさわしくありません!」
「つまりミケが雑魚だから、生徒会に入れたくないってことだよね?」
「はい。おっしゃる通りです。彼の入会は生徒会の汚点となりましょう!」
「じゃあこうしよう。ミケルとイザベラで決闘するんだ」
シオンの提案はまったく訳の分からんものだった。
すかさず俺は、なんでだよ、と声を上げる。
「ミケが雑魚じゃないってことが分かれば、イザベラも入会を認めてくれるよ。そうだよね?」
「……そうですね。もし私に勝つことができたなら、いいでしょう。彼の入会を歓迎します。……そんなことは絶対にありえませんが」
「じゃあ決まりだ!」
シオンが元気な声を上げる。
それに対し俺は当然、決闘なんてするか、と訴える。
でも、シオンはまたまた俺の話を聞いてくれなかった。




