4.
真ん中になって、二人の手を繋いで歩いていく。小さなリルルは歩きながら、半分寝ているようだ。眠いのだろう。
するとアルが言う。
「おばさま、ぼく、リルルと手を繋ぎたい」
リルルメイサは、ここぞとばかりに厳しいことを言った。
「リルルは嫌がるわよ」
「……! そんな……」
「うさぎのぬいぐるみ、盗ったんでしょ。しかも、隠して失くしてしまったでしょう。どうしてそんなことするの」
小さなアルに詰めていくと、彼は俯いて涙声で答えた。
「リルルは、あのぬいぐるみを抱っこしてる時、いつも指を吸うから……」
「指を、吸う?」
「そうだよ。ずっと指吸いが治らないと、指がおかしくなるって聞いたから止めさせようとしたけど、全然止めなくて。おじさんとおばさんに言っても、そのうちしなくなるって全然気にしてないし」
なんと、彼には彼なりの理由があったようだ。ただの意地悪と思っていたので、驚きつつ返事をする。
「そ、そうだったの。でもそんなやり方じゃただの意地悪と思われるし、嫌がられるから優しくしてあげて」
「……優しくしたって、全然ぼくのこと見てくれないもん」
俯いてそんなことを言う男児は健気すぎて、胸が切なくなった。
思わず、別離をオススメしてしまう。
「こんな面倒くさい女の子より、他の子と仲良くしたら? アルならもっと素敵な、可愛らしい子に好きになってもらえるよ」
「やだ!」
「嫌か~」
「うん。ぼく、リルルが好きだから。リルルにこっち向いてほしい。それに、健康でいてほしい」
「そっかぁ……」
もうこの時から、彼は自分のことが好きだったのか。
小さなリルルを見下ろす。我が子供時代ながら、ちょっと太りすぎでは? と思うくらいムチムチであった。欲しがれば皆が上限なしで与えるからだ。周囲の人は全員甘やかしてくれていた。苦言を呈すソフィアでさえ、最後には折れて『今回で最後ですからね!』と言っていた。
厳しく接するのは、アルベールだけだった。
ひょっとして、今痩せているのはアルベールが豚だデブだと罵ったからなのだろうか。
考えていると、幼いアルがうるうるとした瞳でこちらを見上げて尋ねる。
「マーサおばさま、ぼく、リルルと結婚しても良い?」
こんな風に問われて、否やと言えるだろうか。
「うっ、う~ん……、リルルが、良いって言ったらね……」
将来の自分に丸投げしてしまった。そのツケが、この先にあるかもしれないと言うのに。
小さなアルは喜んで聞き返してきた。
「ほんと⁈」
「でも、あんまり厳しく言わないであげて。傷ついて、アルのこと嫌いになっちゃうから」
「分かった! 優しくしたらリルル、ぼくのこと好きになってくれるかな!」
「あ~、うーーーん……、どうして、そんなにリルルのこと好きなの?」
「一緒に居たら面白いよ。それに、笑ってる顔が好き!」
「そうなんだぁ……」
面白いってどういう意味なんだろう。遊んでいると楽しいとかそういうことだろうか。
考えていると、外の開けた明るさが見えてきた。
「あっ! 出口だ!」
「ほんとだ!」
子供たちはすぐに駆けていく。
向こう側に、大人たちが居るようですぐ騒ぐ声が聞こえてきた。
「あっ、お嬢さま! アルベールさまも居るぞ!」
「リルルッ! よく無事で!」
「リルル、アル!」
女性の声で名を呼ばれた。
あれは! ハッとして見ると、あれは若き日の母マーサだった。
お母さま。今は一体どこへ。
しかしその姿を見て驚いたらしい小さいアルが足を止める。
振り返る気配がして、リルルメイサは慌てて木陰に姿を隠した。
彼らは母と誤解していたのだから、母と同時に姿を見られるのはマズい気がしたのだ。
ふう、と木にもたれてから考えたのは、ここからどうやって帰るのだろう、ということだ。
まあいつか帰れるだろう、と思って目を瞑って一息ついていると、声が聞こえてきた。
「お嬢さま! お嬢さまったら! どうしてこんな、屋根裏部屋で寝ているんですか!」
ハッと目を開けると、元の屋根裏部屋に戻っていた。
「あれ、ソフィア。今日っていつだっけ……」
「お嬢さま、その質問今日二回目ですよ」
ということは、日付は変わっていないのだ。
少しうたた寝をしていただけなのだろうか。さっきまで見ていたことは、ただの夢だったのだろうか。
自分は子供の頃、パンパンに太っていたがアルベールは可愛らしかった。思い出してフフッと笑うと、ソフィアが不審げに見る。
「あれ、お嬢さま。さっきまで憂鬱そうだったのに」
「そういえば、そうだったわね。でも、何だか心が落ち着いたみたい」
「そんなに急に?」
アルベールは、あんなに子供の頃から一途に好いてくれていたのだ。それに、健康にまで気を配ってくれていた。あんな人は、他には居ないだろう。
「なんだかんだで私、アルベールには弱いのよね」
「んも~、お嬢さまったら。すぐ流されるんだから」
「うふふ。そうでもないわよ」
婚約や結婚には不安かもしれない。けれど、アルベールのことは決して嫌じゃない。
マリッジブルーと呼ばれた症状は、すっかり治っていた。
夢だったかもしれないが、夢見が良かった。
そう思った時に、ポケットの中でカサッと音がした。
何の音だろうと手を突っ込んで見ると、チョコレートの包装紙が二つ。自分は食べていない筈なのに、空の包み紙だけが出てきたのだった。
おわり




