終幕 ―物語の終わり―
1
「ジェシカ様っ!本当に・・よくご無事で・・・・!!」
私が皆の元へ行くと、真っ先に駆け寄ってきたのはエルヴィラだった。そして私に抱き付くと涙を流した。
「本当に・・・心配しました・・・!アンジュと共に『狭間の世界』から戻ってくれば、ジェシカ様がいなかったのですから・・・!あの・・ジャニスから話を聞いた時は目の前が真っ暗になってしまいました。あ、貴女に何かあれば・・・もう、私は生きていけません・・・っ!」
「心配かけてごめんなさい、エルヴィラ・・・。それで・・・ジャニスはどうなったの?」
するとソフィーが進み出て来ると言った。
「ありがとう、ジェシカさん。ジャニスは・・・・ジェシカさんのお陰で呪いが解けたのよ?それで・・これからは償いの為に・・巡礼の旅に出ると言って、旅立って行ったの。」
「そう・・・だったの?良かった・・・。」
次にヴォルフが私の前に現れた。
「ジェシカ、『門』も完全に元通りに戻ったぜ?もう何の心配もいらない。それに・・ドミニクが最後の魔王の力を使って、魔族達を収めたんだぜ?二度と人間界には関わるなって・・・これで俺も安心して『狭間の世界』へ戻れるよ。フレアが待ってるからな。」
「フレア・・・・」
ノア先輩が小さく彼女の名を呟くが首を振った。
「駄目だ・・・僕にはもう何も思い出せないよ・・・・。」
「別にそんな事はもう気にするなよ。フレアも良く分かってる。俺達、結婚する事になったんだ。まあ、ジェシカを嫁に出来なかったのは残念だったけどな?」
ヴォルフは私の髪を撫でながら言った。
「ヴォ、ヴォルフ・・・ッ!」
ヴォルフは最後まで爆弾発言をしてくれる。・・本当に・・困った彼だ。
「ジェシカ。僕ももう『狭間の世界』へ帰るね。・・・カトレアが煩くてさ・・・。貴方は王なんだから、早く戻って来いってね。」
「うん・・・。アンジュ。元気でね?」
そしてアンジュとヴォルフは『狭間の世界』へと帰って行った。
「おい!ジェシカッ!俺は・・・!」
突然アラン王子が飛び出してきた。
「くそっ!俺だって話があるんだからなっ!」
デヴィットも飛び出して来ようとして・・。
「お前達はまだ引っ込んでな!」
エルヴィラの鋭い声と共に彼等は再び足止めをされてしまった。
「ジェシカ。」
公爵に名前を呼ばれた。
「ドミニク様・・・。」
「マシューが・・・俺を連れ戻しに来てくれたんだ。ジェシカ、お前が待ってるからって言って・・・。」
優し気な瞳で公爵が言う。途端に私の目に涙が浮かぶ。
「はい・・・私・・・待ってました。」
「後少し遅ければ・・・本当に俺達は・・魔界から永遠に出られなくなるところだったんだ。でも・・・何とかギリギリ間に合って・・・またここに戻れて本当に良かったよ。」
マシューは優し気に微笑む。
「ジェシカ・・・ここから先は・・どうするんだ?後は・・お前が考えるんだ。」
するとテオが私に意味深な発言をしてきた。
その場にいる全員が不思議そうな顔をして私を見つめている。
「あ・・・わ、私は・・・。」
そこまで言いかけて、私は身体に異変を感じた。
何だろう、すごく・・・熱い・・・。何かが燃えているように感じる・・。その時、私の脳裏で声が聞こえた。それはアカシックレコード。初めて意思を持って私に語り掛けてきたのだ・・・。
<お前の望み・・・叶えてやろう。そして自分で道を選ぶんだ・・。>
本当に?本当に私の願いを叶えてくれるの?それなら私の願いは決まってる・・・。
彼女達を・・・解放して・・・っ!!
その途端、私の身体が眩しく光り輝き・・・光の中で彼女達が現れた。
<ジェシカ・・・・。>
そこに現れたのは精神世界で私と対峙して吸収された4人のジェシカ。・・・その彼女達が再び、私の心を分離した状態で姿を現したのだった―。
<ジェシカ・・・お願い。もう・・・私の望みは・・・分かるよね?>
4人の美しいジェシカ達は頷いた。
<勿論分かるわ。>
<だって、私達は元々1つだったんだもの。>
<貴女の意思が私達1人1人に身体を与えたのよ。>
<でも・・そのお陰で貴女の未練は何ひとつ消えたでしょう?>
<うん・・・。有難う!これで・・・私は・・・!>
う・・・ん・・。
何だか周りが騒がしい。
一体何があったのだろう・・・?
そして、私達は目が覚めた―。
2
ピコーンピコーン・・・・。
・・・何だろう、この音は・・・何処かで聞いたような、懐かしい音が聞こえる・・。
やがて私はゆっくりと目を開け・・・天井を見て一気に目が覚めた。
「え・・・け、蛍光灯・・?」
蛍光灯を見た瞬間、激しい衝撃を受け・・・その直後に不思議に思った。
え?私・・何故蛍光灯を見ただけで、こんなにショックを受けたのだろう?
何気なく首を横に動かして、さらに私は衝撃を受けた。
「あ・・・赤城さんっ?!」
なんと私が眠っていたベッドの側には赤城さんが居眠りをしながら座っていたのだ。
「え?あっ!」
私の声で目が覚めた赤城さんは、私が目を開けて見つめているのに気が付くと、クシャリとまるで子供の用に顔を歪めた。
「か・・・川島・・・さん・・・。」
「赤城さん・・・。」
何と声を掛ければ良いか分からず、私は名前を呼んだ。
「よかった・・・・!あれから1カ月・・・目を覚まさなくて・・・・どんなに心配したか・・・君にもしもの事が有ったら、俺はもう・・・・。」
そう言って赤城さんは肩を震わせて静かに泣いた。
「赤城さん・・?」
おかしい、何故・・・この人はこんなにも私を心配しているのだろう?出会ってまだそれ程経過もしていないし、特に親しい中でも無かった。それなのに・・・?
すると、彼は私のそんな考えに気が付いたのか・・・フッと笑みを浮かべた。
その瞬間、私の心臓の音が高まる。今の顔・・・何処かでみたことがある・・・。
「今、こんな話をするべきかどうか迷ったんだけど・・・何故か話しておかないといけない気がするんだ。・・・俺の話・・どうか聞いて欲しい・・・。」
突然赤城さんが真顔になって語り掛けてきた。
「は、はい・・・。」
「俺は・・高3の時から・・・ずっとある夢を見るようになってきたんだ。それは、こことはどこか違う・・まるで物語のような世界で・・俺はずっと1人の女性に恋をしていた。その女性の事を俺は・・『ジェシカ』って呼んでたんだ。」
「ジェシカ?」
その名前・・私の書いている小説に出て来る悪女と同じ名前だ。
「それから、俺は毎晩のように夢で『ジェシカ』に会うようになって・・・いつしか、それは俺が前世で体験した記憶なんじゃ無いかと思うようになったんだ。その内にジェシカもこの世界に存在してくれている気がして・・・馬鹿みたいにずっとその女性を探していた。それで・・ついに見つけたんだ。」
「見つけた・・?」
「ああ、そうだよ。川島さん・・・君は『ジェシカ』だろう?」
「!」
咄嗟の事で何を言ってるのか私には全く理解出来なった。
しかし、彼は続けて言う。
「川島さん・・・。君がもし、本当に『ジェシカ』だとしたら・・この名前に聞き覚えがあるだろう・・?」
「ど、どんな・・・名前ですか・・?」
何だろう?赤城さんは・・何を言おうとしているのだろう?それに・・・なぜ、こんなにも今私は・・・胸が締め付けられそうに成程に・・赤城さんを見ていると切なくなってくるの・・・?
赤城さんはベッドから私の手を出して、ギュッと握りしめると言った。
「俺は・・・夢の中でジェシカに・・・『テオ』って呼ばれていたんだ・・。」
「!」
テ・・・オ・・・?
そして、私の失っていた全ての記憶が蘇る―。
3
う~ん・・・。
何だろ・・・・周りがすごく煩いな・・。
私はゆっくり目を開けて驚いた。私の周りには4人のジェシカが倒れていたのだ。
ただ、私と違うのは、彼女達は入学式当時の学院の制服を着て、髪も長いままだった。
「な・・何だ・・・?一体何が起こったんだ・・・?」
アラン王子が声を震わせている。
「お・・おい・・・全員本物・・・なのか・・?」
デヴィットは私を見ながら言った。
「初めて出会った時のジェシカだ・・・。」
マシューが一番近くに倒れていたジェシカの側に寄った時、彼女がパチリと目を開けた。そしてマシューをじっと見つめる。次の瞬間・・・・。
「マシューッ!貴方を・・愛しているわっ!」
そう言って飛び起きるとマシューの首に腕を回して抱き付いた。
「え・・・ええっ?!」
マシューはジェシカに抱き付かれて真っ赤になっている。
う~ん・・・。同じジェシカがマシューに抱き付いている姿をこうしてみるのは何だか妙な気分だ。
すると次はもう1人のジェシカが目を覚まし・・・公爵を見つけると駆け寄っていく。
「ドミニク様っ!会いたかったですっ!」
そして公爵の胸に飛び込んで行った。
「お・・・おまえ・・・ジェシカなのか・・・?」
公爵は信じられないと言わんばかりに自分の胸に飛び込んできたジェシカを見下ろす。するとジェシカはにっこり微笑んで答えた。
「はい・・・貴方だけを愛する・・ジェシカです。」
「!」
それを聞いた公爵はジェシカを強く抱きしめた。
再会した恋人達?を口を開けたまま見ていた残りの彼等は暫くぽかんとしていたが・・・。
「そうだ!ジェシカは後2人いる!」
アラン王子がまだ眠っているジェシカに駆け寄る。
「なら・・・俺だってっ!」
デヴィットももう片方のジェシカに駆け寄って、抱き起す。
う・・・。何だかハラハラして来た。同じジェシカとして・・・彼女達の身が心配?になって来てしまった。
「あ!ずるいぞっ!僕だって!」
「そうだ!抜け駆けは許さないからなッ!」
続けてダニエル先輩はデヴィットの方へ、ノア先輩はアラン王子の元へと駆けていく。
「ジェシカッ!ジェシカッ!」
デヴィットが乱暴にジェシカを揺すり・・・彼女は目を覚ました。
「デヴィットさん・・・?どうしたんですか?そんなに騒いで・・・?」
ジェシカはキョトンとした目でデヴィットを見ている。
「ジェシカッ!俺の事は?俺の事は愛してるのかっ?!」
「はあ・・?いきなり何を言い出すんですか・・・?それよりも・・離して頂けますか?私は元のジェシカに用があるんですよ。」
「は・・?」
デヴィットはぽかんとしているし、ダニエル先輩も言葉を無くしている。
そしてジェシカはデヴィットの腕を自分で外すと、私の所へやってきた。
「ジェシカ、貴女・・・旅に出たいって思っていたでしょう?」
「う、うん・・・。そうだったけど・・・。」
するとジェシカは笑顔で言った。
「だから、私はこれから旅に出て世界中を見て周ろうと思うの。そして何処か気に行った土地が見つかったら・・そこに住んで、女1人で生計を立てていこうと思ってるんだ。」
「「な・・何だって?!」」
デヴィットとダニエル先輩が何とも情けない声をあげる。
「俺を・・愛してくれるジェシカじゃ無いのかっ?!」
デヴィットは悔しそうに地団太を踏みながら喚いているし、ダニエル先輩はすっかり落ち込んでいる。
さて、もう一人のジェシカは・・・・?
「嘘だろう?!ジェシカ・・・。お前は俺の后になるんだろう?」
アラン王子が懇願している。
するとジェシカが言った。
「何言ってるんですか。アラン王子にはソフィーさんがいるじゃないですか?お2人は運命の赤い糸で結ばれているんですよ?」
おおっ!そう来たか!
「ジェシカ、君は僕の女神なんだろう?僕と人生を歩んでくれないの?」
ノア先輩もジェシカに熱く語っているが、彼女は一瞥すると言った。
「ですから、私は誰のものでもありません。自分の相手は自分で探しますっ!」
「「そ、そんな~ジェシカ・・・・っ!!」」
アラン王子とノア先輩は情けなくジェシカに泣きついている。
「何か・・・すごい光景だな・・・。」
私の隣に立っていたテオが苦笑いしながら言う。
「うん・・・本当だね・・・。うまく言ってるのはマシュー達と公爵達だね。」
チラリと彼等を見ると、それぞれ互いに幸せそうに恋人達の語らいをしている姿が目に入った。
「ジェシカ・・・・これは一体どう言う事なんだ?説明してくれるよな?」
そこへ私とテオの元へライアン達が近付いて来た。
「ジェシカちゃんが・・本物なんだろう?彼女達は一体何なんだ?」
ケビンが尋ねて来た。
「いいえ、ケビンさん。皆・・・本物のジェシカですよ。ただ・・私の心が分離して・・1人の人間として現れただけです。」
「心が分離・・?」
ルークが首を傾げた。
「マシューを愛する私、公爵を愛する私、そして・・・自由に旅をしたいと思っていた私、最期は・・誰のものでもない私。多分・・この学院に残るのは彼女じゃ無いかな?」
私は笑顔で答えた。
その時、背後からエルヴィラに声を掛けられた。
「ジェシカ様。」
「エルヴィラ・・・。」
私はエルヴィラを見つめた。・・・私が生み出した魔女、そして死にかけていた私をこの世界に連れてきて・・命を救ってくれた恩人。・・・この世界の全てを知る者・・・。
「ジェシカ様・・・彼女達が現れたと言う事は・・・。」
「エルヴィラ・・・・私、もう何も心残りは無いわ。だって・・・私の心残りは彼女達が・・・全て引き受けてくれるから・・・元の世界へ帰るわね。」
「そうですか・・・。」
するとテオが私の肩に手を回すと言った。
「ジェシカ。俺は・・・当然お前に付いて行くからな?」
「テオ・・。」
「言っただろう?お前の隣が・・・俺の居場所だって・・・。」
それを聞いたその場にいた全員が驚いた。
「か・・帰るって・・・お前、一体何処へ帰るつもりなんだよ・・?」
ライアンが声を震わせた。
私は目を閉じると言った。
「私はね・・・この世界の人間じゃないの・・・。エルヴィラに呼ばれて別の世界からやって来たの・・。それ以上詳しい事は言えないけど・・・皆に会えて本当に良かった。色々あったけど・・・とても楽しかった。後の事はこの世界に残るジェシカ達に聞いて?」
「ジェシカ様。ジェシカ様が元の世界へ戻るお手伝いを致します。幸い・・ジェシカ様の中にはアカシックレコードがあります。それを使って・・お2人をジェシカ様のいた世界へ送らせて頂きます。ただ・・・暫くの間はテオ様とは・・・お別れになってしまいますが・・・。テオ様だけは元の身体がありませんので、生まれ変わる事になるからです。」
エルヴィラは顔を曇らせた。
「そ・・そんな!何故?!」
テオと離れ離れにならないといけないなんて・・・!
するとテオが言った。
「心配するな、ジェシカ。俺が・・必ずお前を見つけ出してやるから・・・それまで待ってろ。いいな?」
「テオ・・・。」
そんな私達のやり取りを黙って見ていたソフィーが言った。
「ジェシカさん・・・。私・・・しっかり聖女としての務めを・・これから果たしていくね?」
「うん。・・・・お願いね。ここから先の物語は・・・ソフィー。貴女が作るのよ。」
「え・・・?どういう意味なの?」
ソフィーは首を傾げるが、私は笑顔で言った。
「今に・・分かるから。」
そして再度エルヴィラに言った。
「お願い。エルヴィラ・・・私とテオを今すぐ、元の世界へ送り届けて。」
「ジェシカ様・・・。彼等に挨拶はされなくて良いのですか・・・?」
エルヴィラが4人のジェシカと彼女達を取り巻く男性陣を見ながら言った。
「いいの。きっと・・残った彼女達が私の代わりに説明してくれるだろうから。」
「分かりました。それでは・・・ジェシカ様たちを元の世界へ送ります・・・。ジェシカ様・・・。私は・・・貴女を忘れません・・・!」
エルヴィラが泣いていた。私も・・エルヴィラの事・・忘れないっ!
私とテオはしっかり手を握り締めた。
そしてそれを悲しそうに見守るライアン、ケビン、グレイ、ルーク。そして・・・・ソフィー。
「皆・・・元気でね・・・。さよなら・・・・!」
やがて術が完成し・・・・私の目の前が真っ白になる―。
4
「そうだった・・・。私、今全部思いだした・・・。赤城さん・・私をずっと探してくれていたの・・?」
「ああ・・。今まで告白されて何回か女性と付き合った事はあったけど・・・どれも長続きしなかったのは・・・・俺の中で・・常に君の存在があったからなんだ。だから不動産屋で初めて君を見た時は息が止まりそうなほど驚いた。ああ、やっと俺の・・大事な女性を見つけたって・・。」
そして次の瞬間、私は赤城さんに抱き締められていた。
「川島さん・・・俺は・・・君が好きだ。多分・・・この世界に生まれてきた時からずっと・・!俺の居場所は・・・君の隣だ・・・!」
彼はあの時のテオと同じ台詞を言った。
「はい・・・。私の居場所は・・赤城さんの隣です。ずっと側において下さい・・。」
そして私達はいつまでも抱き合っていた―。
5
「デヴィットさん・・・本当についてくるつもりですか?それにダニエル先輩も・・。」
今私は飛行船乗り場にいる。
そして恨めしそうな目でデヴィットとダニエル先輩を見た。
「ああ、そうだ!ジェシカ。お前が俺を好きになるまでは・・・何処までもついて行くからな?」
デヴィットは大きな荷物を抱えながら言った。
「ねえ、ジェシカ。旅の途中、絶対に僕の領地へ寄ってね。両親に君を紹介したいんだ。」
ダニエル先輩は楽しそうに言う。
「はあ・・もう好きにして下さいよ・・・。うう・・・折角1人で旅が出来ると思ったのに・・・。」
そして私は深いため息をついた。さて・・・どうやって彼等を旅の途中で撒いてくればいいのだろう・・・?
6
「ジェシカッ!お前を愛してるっ!さあ、この書類にサインしてくれっ!」
今朝もアラン王子が女子寮の前で待ち伏せしていた。
「全く・・いくら王子と言えど、ジェシカさんにしつこすぎますね。しつこい男は嫌われますよ、アラン王子。少しはノア先輩やライアン先輩・・それにケビン先輩を見習ったらどうですか?あの方たちは節度ある態度でジェシカさんに接していますよ?」
相変わらず友人のエマがきつい一言を浴びせる。
「う・・煩いっ!大体お前達はジェシカにべったりしすぎだっ!少し位俺との時間をとらせてくれてもいいんじゃないか?!」
「それはジェシカさん次第ですけど。・・・どうします?ジェシカさん。」
クロエが私に尋ねて来た。
「う~ん・・・。なら1週間に1度くらいなら・・・いいですよ?」
ちょっと考え込んでから返事をすると、アラン王子が喚いた。
「お、お、お前・・1週間に1度って・・それはあんまりだ~ッ!!」
情けなく喚くアラン王子を今日もグレイとルークが連れ去って行ってくれる。
はあ・・やれやれ。いい加減私の事等忘れてソフィーの元へ行ってくれないかな・・・?
そして、私は空を見上げて、愛する男性の元へ行った2人のジェシカに想いを馳せた。
7
ここはドミニク公爵の屋敷。
私と彼は学院を辞めて、今は公爵と一緒に住んでいる。
「ジェシカ。ここにいたのか?」
庭のベンチに座って本を読んでいると優しい笑みを浮かべて公爵が現れた。
「はい、今日は天気も良くて暖かかったから、庭で本の続きを読んでいたんです。お仕事はもう終わったのですか?」
「ああ。終わった。だから・・・今度はお前と過ごす時間だ。」
「ん・・・。」
公爵は私の顔をすくいあげると、唇を重ねてきた。
私は読みかけの本を離すと、彼の首に腕を巻き付けてその身を委ねる。
口付けの合間に公爵が私に愛を囁いてくれる。
こんなにも公爵に愛されて・・・私は今すごく幸せだ。
来月には私は晴れて彼と結婚式を挙げ・・・正式な妻になれる。
ドミニク様・・・愛しています。貴方に会えて・・本当に良かった―。
8
私とマシューは学院を辞めて、マシューの住む領地へ引っ越してきていた。
マシューはこれから家督を継いで、領主として仕事を学ぶことになるのだ。
「ジェシカ・・・。本当にこんな小さな家にしか住めないけど・・・君はそれでもいいの?」
2人で引っ越し作業をしていると、マシューが心配そうに尋ねて来た。
「どうして?私ね・・・こんな可愛らしい家で暮すことが夢だったのよ?大好きな人と一緒に・・。」
最期の方は頬を赤らめながら言うと、マシューはポカンとした顔で私を見ていたが・・・次の瞬間、私はマシューの腕の中に捕らえられ、口付けされていた。
マシューからは・・・私の大好きな香りが漂っている。
ああ・・・やっぱり私は彼の香りが大好きだ―。
口付けが終わると、マシューは切なげな瞳で言った。
「ジェシカ・・・・もう俺は絶対に君から離れない・・・。だから、ジェシカ、お願いだ。君もずっと俺の側にいてくれる・・・・?この先もずっと・・・・。」
「うん、勿論。だって・・・私はマシューを愛しているから・・・。」
そして私達はもう一度口付けを交わした―。
9
私があの時、病院で目が覚めてから早いもので8年の歳月が流れた。
今、私は海辺の町に住んでいる。
青い空に青い海―
私はこの町が大好きだ。
「ねえ、ママ。あのお舟見て。大きいね~。」
サマードレスを着て私の左手をギュッと握りしめるのは今年5歳になる愛しい私の娘の恵梨香。
「本当だー、すごく大きくて綺麗・・・。何処か外国にでも行くのかな?」
「ママ・・・私も今度ガイコクって場所に行ってみたいな・・・。」
「うん、でもパパが何て言うかなあ・・・?」
その時・・・サクサクと砂を踏む音が聞こえて、誰かが背後から私を優しく抱きしめると言った。
「外国か・・・いいね。今度、家族みんなで出かけよう。そうだな・・君の好きな古城巡りも楽しそうだね・・。」
その彼とは・・・赤城司。
「あ、あなた・・。びっくりした・・・。今日は仕事が忙しいって言ってたから海に来れないと思っていたけど・・・。」
「何、家族と過ごす為だから、頑張って仕事仕上げてきたのさ。よし、恵梨香、おいで。」
彼は軽々と娘を肩車すると、優しい笑顔で私に言う。
「向こうでお祭りをやってるんだ。行ってみよう?」
「うん、行きましょう。」
彼が私の右手を取った。優しい彼の笑顔に包まれ、愛しい娘が側にいる。そして私のお腹の中には愛する彼との新しい命が宿っている。
あの日、目覚めて以来・・・私は小説を書く事をやめた。
何故ならこれからの物語は・・・彼等で作り上げて欲しかったから。
エルヴィラ・・・元気にしてますか?
ジェシカ・・・・。
今・・貴女達は幸せですか?
私は、愛する人達に囲まれて・・・・とても幸せに暮らしています。
貴女達の幸せを、私はこの遠い世界からずっとずっと祈っています―。
<終>
今迄お読み頂き、ありがとうございました。
後にこちらで書ききれなかった話を外伝で書いていきたいと思います。
その際はまたよろしくお願い致します。




