邪神タコさんは女の子を悪堕ちさせたい
水と精霊の国、ナスキアクア。今、この国を小国と呼べる者など存在しない。
人であろうと魔族であろうと、どんな種族でも受け入れる。どんな種族でも生活できる。その方針は、この国の人口を大きく増やした。
そして、国中に整備された水路により、国内の移動も他国との出入りも簡単である。
人が増えたことで治安の悪化も懸念されたが、それもこの国には当てはまらない。鮫の頭部を持つ半魚人が川でも街でも巡回しており、何かあれば彼らがすぐに対処してくる。
初めてこの国に来る者は、厳ついその姿に一度は驚くのものの、『話せばむしろ優しい感じがした』と言うのがお約束となっていた。
さらに、何かの企みがあればそれもすぐに露見する。それは、精鋭の特殊部隊の力だとも、国王は水を通じて国の全てを知っているとも言われていた。
多くの種族が集まる所であるが故、商売で出入りする者も多いが、その豊富な水が作り出す風景を楽しみに訪れる者も多い。
特に、国の象徴である湖は神聖すら感じられるほどの美しさがあり、いつも人が絶えない。時間と共に雰囲気が変わるそこは、数日かけて堪能する者もいるほどだ。
もしかしたら、湖で遊ぶウンディーネが目当ての者もいるかもしれないが。
そして、その湖に隣接する王宮。今日、ここには世界の重要人物ばかりが集合していた。
◆
「では、今日の会議はここまで。皆さま、お疲れ様でした」
アレサンドラが会議の終了を宣言すると、部屋の中の空気が弛緩する。この後は、雑談の時間となるのが通例となってた。
「皆さま、お茶のお代わりをどうぞ。お菓子もありますよ」
蜘蛛の下半身を持つ女性、ルチアが皆にお茶とお菓子を配る。彼女はタコとの約束通り、アラクネに悪堕ちを果たしたのだ。
今ではアレサンドラ付きのメイドとして、王宮で仕事をしている。
「ところでサンドラ。エルダさんは変わりない?」
「ええ、フレイヤのおかげで産後も順調です。ただ、子どもがところかまわず変形してしまうので、なだめるのが大変だと言ってましたね」
それも、ジュリオといっしょなら楽しそうにしていますが、とアレサンドラは続けた。
フレイヤはそれを微笑みながら聞いている。その後ろには、いつも通りコゼットが控えていた。今日もきちっと執事服で身を固め、男性顔負けの色気を発している。
そして、最近の彼女はサングラスを愛用していた。それが実は、フレイヤに「うなじを見る視線がいやらしい」と、言われたせいであることを知る者は少ない。
今も視線はフレイヤにくぎ付けとなっている。もちろん彼女もそれに気づいてた。単に、そんなコゼットの瞳を見れるのは、自分だけにしたいだけなのだから。
「そう言えばローズさん。先日改良してもらった花の種。魔族領でも花が咲きましたよ」
「あ、それは良かった。今度、おじいちゃんがおばあちゃんを連れて確認に行くと思うから、その時はよろしくお願いします」
珍しく人間形態のアーデルハイトが、ローズにお礼を言う。
平和になった魔族領では今、人間向けの輸出品の作成など、様々な動きを起こしていた。魔族は種族ごとの得意分野なら、人間にはとても作れない高級品を作ることができる。それらは、ナスキアクアでも人気商品となっていた。
ただ、強いだけでは将来は無いと、魔王であるヴァイスも様々な分野に力を入れている。
「樹人たちが待ち望んでいるぞ。あなたも是非、遊びに来るといい」
特に、アルラウネであるローズは樹人たちと交流が深い。植物の育成を委託するなどの協力関係も築いていた。
それに、こういった研究は伏魔殿……と言うかレインが支援してくれるのだ。特定の相手ばかり支援するのはまずいと、控えめなものではあるが。
「クリス、なんだか元気がないようですね」
「え? そ、そんなことはないです! た、ただ……また、会えるのが次の会議になっちゃうなーといいますか……」
キアランがクリスティーヌの横に座ると、その顎に指を添える。それだけで彼女は顔を真っ赤にすると、しどろもどろに言い訳を始めた。
だが、キアランは彼女がそうなっている理由を分かっていない。純粋に体調が悪いのかと心配しているだけである。
そして、それが誤解だと分かると、ごく単純に考えて彼女に答えた。
「何を言っているんです? 会いたいならいつでも呼んでください。喜んで駆け付けますよ」
「ほえ? そそそ、それじゃ今度、お食事にでも……」
クリスティーヌは破顔してキアランに提案する。
ちなみに、キアランがこんな行動をするようになったのは、ママ……タコの教育のせいである。可愛い子が大好きなタコの行動をキアランなりに解釈した結果が、こうなったのだ。
そして、今のクリスティーヌの様に上手くいっているので、ちょっとした勘違いには気づけていない。
まあ、誰もが幸せになっているので、特に問題は無いのだが。
「ねーリルー。この前頼んだ神器、まだ完成しないの?」
「だからー、そんな簡単には無理だって。反動抑制技術も未完成なんだから」
ミカはリルの頭に乗っかると、ぺしぺしとその額を叩いている。以前、タコの力で人間のような姿になれた彼女だが、あの後すぐにエネルギーが切れたのかインプの姿に戻ってしまった。
それを再現できないかといろんな方面に相談したところ、元神という存在にリルが興味を持ったのだ。
「ミカ、余り無理を言ってはいけませんよ」
「ちぇー。まあ、いくら天才でも、難しいものは難しいわよねー」
さすがにベロニカがそれをたしなめる。だが、その時ミカがこぼした言葉を、リルは聞き流すことができなかった。
「馬鹿にしないでちょうだい! この、大・天・才! リル様には不可能なんてないんだから! ら、来週また来てもらえれば、完璧な神器を見せてやるわよ!」
「やったー! 楽しみー!」
プライドが刺激されリルは思わず口走ってしまう。そのせいで一週間、徹夜をすることになるなど、彼女はまだ知る由もないのだった。
◆
「カオスー、今日もバトルしようぜー!」
「ええ、もちろん。よろしくね」
アイリスがカオスの肩を抱くと、笑いながら訓練場へ向かって行く。これは、最近の伏魔殿ではよく見る光景だ。なんやかんやでカオスは、アイリスに一番なついている。
彼女はタコに騙されたのに気づいた後、自分の『欲望』を満たすものを見つけるために色々と試していた。
その結果は、『壊すのって楽しい』である。
やはり、自身の本質は変わらないのか、破壊に何かを見出したようだ。もちろん、やたらめったら何かを破壊するのではなく、分別は付いている。
だが、テンションが上がった時は高笑いを上げながら、目標をぼこぼこにしてしまう。そこに目を付けたのがアイリスだ。
ぼこぼこにするのが大好きなカオスと、ぼこぼこにされるのが大好きなアイリス。その二人が合わさるとどうなるか、説明する必要は無いだろう。
「もう。子どもの教育に悪いから、控えめにして欲しいのだけどね」
そんな二人をレインはやれやれと眺めている。その腕の中には、ドラゴンの赤ん坊がすやすやと眠っていた。
「ぴぎゃー」
「おうよしよし、お腹が減ったかの?」
目を覚まして鳴き声を挙げた赤ちゃんを、エウラリアがなだめる。この赤ん坊はドラゴンの秘術で作ったエウラリアの子どもだ。
レインの因子を受けたその子は、ドラゴンでありながら妖精のような羽を持っていた。この子が生まれるまで色々と騒動もあったのだが、今のレインは優しい顔で赤ん坊を見つめている。
「ふなー」
「あなたもですかね? では、食堂に行きましょう」
その隣では、こちらもドラゴンの赤ん坊を抱きしめたデスピナがいた。この子も同じく、エウラリアの因子を受けたデスピナの子供である。
「デスピナさまー! 赤ちゃん抱っこさせて―!」
今ではエヴァたち三人もお姉さんとして面倒を見たり、遊び相手になったりしていた。そして、皆が赤ん坊の様子に笑みを浮かべている。
そんな幸せな空気の中、彼女たちはゆっくりと食堂へ移動するのだった。
◆
談話室では、タコとオクタヴィアがケーキを食べなら庭の様子を眺めていた。
いつも通り妖精たちが飛び回り、花畑や野菜畑の手入れを行っている。今日はイカ達や人狼、それにペットも混ざって収穫を手伝っていた。
すでに季節は秋。四季を操作できる伏魔殿だが、季節ごとのお楽しみは重視している。今、ホタルが元気よく掲げたサツマイモを、後程シロたちが美味しい煮物にしてくれることだろう。
「うーん、今日もオクトちゃんの茶は美味しいわねー」
「恐縮です。あ、お湯が切れてしまいましたね。少々お待ちください」
オクタヴィアが立ち上がると、隣にある給湯室へお湯を取りに行くことにした。鼻歌を歌いながら歩く彼女を、タコは微笑ましく見つめている。
だがその時、事件が起きた。
「タコ様。お持たせしました……あら?」
オクタヴィアがティーポッドを持ち戻ってくると、さっきまでそこにいたはずタコが、忽然と姿を消していたのだ。食べてたケーキも皿ごと無くなっている。
そして、残されたティーカップだけが、未だ湯気を立てていた。
◆
「あら? ここは何処かしら」
ケーキを乗せた皿と、フォークを握りながらタコは呟く。
黒い空からはしとしと雨が降り、周囲には摩天楼の様にビルが立ち並んでいる。ここは、その一角にある空き地。それともゴミ捨て場の類だろうか。
タコの足元には禍々しい本を抱えた少女が転がっている。長い髪に丸い眼鏡、ロングスカートにブーツという格好であり、タコはなんとなく読書が好きそうだなという印象を受けた。
だが、その服も体も至るところが泥や雨で汚れており、眼鏡の片方にひびが入っている。どうやら必死になってこの雨の中を逃げていたようだ。
そして、目の前には黒服にサングラスという、いかにもな男たちが並んでいる。しかも、その手にはマシンガンが握られ、こちらに向けられていた。
「馬鹿な! あの小娘が神を召喚しただと!?」
「ひるむな! 撃て! 撃ち殺せ!」
黒服たちが一斉にマシンガンが撃ち始める。
足元の少女が、悲鳴を上げながらタコの足に抱きついた。それだけでタコのやる気はマックスである。とりあえずケーキをインベントリにしまうと、触手を振り上げて宣言した。
「おーほっほっほ! 我は邪神タコ! 愚かな人間どもよ、ひれ伏せー!」
魔法で周囲の水を操作し、襲い掛かる銃弾を周囲の黒服ともども吹き飛ばす。だが、タコはそんなものに興味はない。
うずくまる少女の肩を掴んで立ち上がらせ、自分の方を向かせる。
すでに、タコは大体の状況を察していた。この少女は何らかの理由で命を狙われており、今は足元に転がっている禍々しい本でタコを召喚したのだろう。
一体ここはどこなのか? この少女は何者なのか? どうやったら元の世界に戻れるのか?
沸き上がる疑問を、タコは一瞬で頭の中から弾き飛ばす。
そんなことより、目の前に可愛い女の子がいるのだ。ならば、やることは一つしかない。
タコは満面の笑みを浮かべ、少女に問いかける。
「可愛いお嬢ちゃん。あなた、悪堕ちに興味は無い!?」
少女の呆けた顔が、タコの瞳に写っていた。
これにて、この物語はお終いです。ですが、タコさんの悪堕ちはまだまだ続くでしょう。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
時間が流れるのは早いもので、連載を初めて一年弱ほど、
誤字報告、ブックマーク、ポイント評価、感想、重ねてありがとうございます。
誤字報告はちょくちょく大量にいただいておりまして、申し訳ありません。
また、ブックマーク、ポイント評価、感想は作者の心の支えとなりました。
これらのおかげで完結できたと言っても過言ではありません。
本当に、皆さまありがとうございました。
それでは、また別の物語でお会いしましょう。
 




