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邪神タコさんは女の子を悪堕ちさせたい

 水と精霊の国、ナスキアクア。今、この国を小国と呼べる者など存在しない。

 人であろうと魔族であろうと、どんな種族でも受け入れる。どんな種族でも生活できる。その方針は、この国の人口を大きく増やした。

 そして、国中に整備された水路により、国内の移動も他国との出入りも簡単である。


 人が増えたことで治安の悪化も懸念されたが、それもこの国には当てはまらない。鮫の頭部を持つ半魚人が川でも街でも巡回しており、何かあれば彼らがすぐに対処してくる。

 初めてこの国に来る者は、厳ついその姿に一度は驚くのものの、『話せばむしろ優しい感じがした』と言うのがお約束となっていた。

 さらに、何かの企みがあればそれもすぐに露見する。それは、精鋭の特殊部隊の力だとも、国王は水を通じて国の全てを知っているとも言われていた。


 多くの種族が集まる所であるが故、商売で出入りする者も多いが、その豊富な水が作り出す風景を楽しみに訪れる者も多い。

 特に、国の象徴である湖は神聖すら感じられるほどの美しさがあり、いつも人が絶えない。時間と共に雰囲気が変わるそこは、数日かけて堪能する者もいるほどだ。

 もしかしたら、湖で遊ぶウンディーネが目当ての者もいるかもしれないが。


 そして、その湖に隣接する王宮。今日、ここには世界の重要人物ばかりが集合していた。



「では、今日の会議はここまで。皆さま、お疲れ様でした」

 アレサンドラが会議の終了を宣言すると、部屋の中の空気が弛緩する。この後は、雑談の時間となるのが通例となってた。


「皆さま、お茶のお代わりをどうぞ。お菓子もありますよ」

 蜘蛛の下半身を持つ女性、ルチアが皆にお茶とお菓子を配る。彼女はタコとの約束通り、アラクネに悪堕ちを果たしたのだ。

 今ではアレサンドラ付きのメイドとして、王宮で仕事をしている。


「ところでサンドラ。エルダさんは変わりない?」

「ええ、フレイヤのおかげで産後も順調です。ただ、子どもがところかまわず変形してしまうので、なだめるのが大変だと言ってましたね」

 それも、ジュリオといっしょなら楽しそうにしていますが、とアレサンドラは続けた。

 フレイヤはそれを微笑みながら聞いている。その後ろには、いつも通りコゼットが控えていた。今日もきちっと執事服で身を固め、男性顔負けの色気を発している。

 そして、最近の彼女はサングラスを愛用していた。それが実は、フレイヤに「うなじを見る視線がいやらしい」と、言われたせいであることを知る者は少ない。

 今も視線はフレイヤにくぎ付けとなっている。もちろん彼女もそれに気づいてた。単に、そんなコゼットの瞳を見れるのは、自分だけにしたいだけなのだから。


「そう言えばローズさん。先日改良してもらった花の種。魔族領でも花が咲きましたよ」

「あ、それは良かった。今度、おじいちゃんがおばあちゃんを連れて確認に行くと思うから、その時はよろしくお願いします」

 珍しく人間形態のアーデルハイトが、ローズにお礼を言う。

 平和になった魔族領では今、人間向けの輸出品の作成など、様々な動きを起こしていた。魔族は種族ごとの得意分野なら、人間にはとても作れない高級品を作ることができる。それらは、ナスキアクアでも人気商品となっていた。

 ただ、強いだけでは将来は無いと、魔王であるヴァイスも様々な分野に力を入れている。


「樹人たちが待ち望んでいるぞ。あなたも是非、遊びに来るといい」

 特に、アルラウネであるローズは樹人たちと交流が深い。植物の育成を委託するなどの協力関係も築いていた。

 それに、こういった研究は伏魔殿……と言うかレインが支援してくれるのだ。特定の相手ばかり支援するのはまずいと、控えめなものではあるが。


「クリス、なんだか元気がないようですね」

「え? そ、そんなことはないです! た、ただ……また、会えるのが次の会議になっちゃうなーといいますか……」

 キアランがクリスティーヌの横に座ると、その顎に指を添える。それだけで彼女は顔を真っ赤にすると、しどろもどろに言い訳を始めた。

 だが、キアランは彼女がそうなっている理由を分かっていない。純粋に体調が悪いのかと心配しているだけである。

 そして、それが誤解だと分かると、ごく単純に考えて彼女に答えた。


「何を言っているんです? 会いたいならいつでも呼んでください。喜んで駆け付けますよ」

「ほえ? そそそ、それじゃ今度、お食事にでも……」

 クリスティーヌは破顔してキアランに提案する。

 ちなみに、キアランがこんな行動をするようになったのは、ママ……タコの教育のせいである。可愛い子が大好きなタコの行動をキアランなりに解釈した結果が、こうなったのだ。

 そして、今のクリスティーヌの様に上手くいっているので、ちょっとした勘違いには気づけていない。

 まあ、誰もが幸せになっているので、特に問題は無いのだが。


「ねーリルー。この前頼んだ神器、まだ完成しないの?」

「だからー、そんな簡単には無理だって。反動抑制技術も未完成なんだから」

 ミカはリルの頭に乗っかると、ぺしぺしとその額を叩いている。以前、タコの力で人間のような姿になれた彼女だが、あの後すぐにエネルギーが切れたのかインプの姿に戻ってしまった。

 それを再現できないかといろんな方面に相談したところ、元神という存在にリルが興味を持ったのだ。


「ミカ、余り無理を言ってはいけませんよ」

「ちぇー。まあ、いくら天才でも、難しいものは難しいわよねー」

 さすがにベロニカがそれをたしなめる。だが、その時ミカがこぼした言葉を、リルは聞き流すことができなかった。


「馬鹿にしないでちょうだい! この、大・天・才! リル様には不可能なんてないんだから! ら、来週また来てもらえれば、完璧な神器を見せてやるわよ!」

「やったー! 楽しみー!」

 プライドが刺激されリルは思わず口走ってしまう。そのせいで一週間、徹夜をすることになるなど、彼女はまだ知る由もないのだった。



「カオスー、今日もバトルしようぜー!」

「ええ、もちろん。よろしくね」

 アイリスがカオスの肩を抱くと、笑いながら訓練場へ向かって行く。これは、最近の伏魔殿ではよく見る光景だ。なんやかんやでカオスは、アイリスに一番なついている。

 彼女はタコに騙されたのに気づいた後、自分の『欲望』を満たすものを見つけるために色々と試していた。

 その結果は、『壊すのって楽しい』である。


 やはり、自身の本質は変わらないのか、破壊に何かを見出したようだ。もちろん、やたらめったら何かを破壊するのではなく、分別は付いている。

 だが、テンションが上がった時は高笑いを上げながら、目標をぼこぼこにしてしまう。そこに目を付けたのがアイリスだ。

 ぼこぼこにするのが大好きなカオスと、ぼこぼこにされるのが大好きなアイリス。その二人が合わさるとどうなるか、説明する必要は無いだろう。


「もう。子どもの教育に悪いから、控えめにして欲しいのだけどね」

 そんな二人をレインはやれやれと眺めている。その腕の中には、ドラゴンの赤ん坊がすやすやと眠っていた。


「ぴぎゃー」

「おうよしよし、お腹が減ったかの?」

 目を覚まして鳴き声を挙げた赤ちゃんを、エウラリアがなだめる。この赤ん坊はドラゴンの秘術で作ったエウラリアの子どもだ。

 レインの因子を受けたその子は、ドラゴンでありながら妖精のような羽を持っていた。この子が生まれるまで色々と騒動もあったのだが、今のレインは優しい顔で赤ん坊を見つめている。


「ふなー」

「あなたもですかね? では、食堂に行きましょう」

 その隣では、こちらもドラゴンの赤ん坊を抱きしめたデスピナがいた。この子も同じく、エウラリアの因子を受けたデスピナの子供である。


「デスピナさまー! 赤ちゃん抱っこさせて―!」

 今ではエヴァたち三人もお姉さんとして面倒を見たり、遊び相手になったりしていた。そして、皆が赤ん坊の様子に笑みを浮かべている。

 そんな幸せな空気の中、彼女たちはゆっくりと食堂へ移動するのだった。



 談話室では、タコとオクタヴィアがケーキを食べなら庭の様子を眺めていた。

 いつも通り妖精たちが飛び回り、花畑や野菜畑の手入れを行っている。今日はイカ達や人狼、それにペットも混ざって収穫を手伝っていた。

 すでに季節は秋。四季を操作できる伏魔殿だが、季節ごとのお楽しみは重視している。今、ホタルが元気よく掲げたサツマイモを、後程シロたちが美味しい煮物にしてくれることだろう。


「うーん、今日もオクトちゃんの茶は美味しいわねー」

「恐縮です。あ、お湯が切れてしまいましたね。少々お待ちください」

 オクタヴィアが立ち上がると、隣にある給湯室へお湯を取りに行くことにした。鼻歌を歌いながら歩く彼女を、タコは微笑ましく見つめている。

 だがその時、事件が起きた。


「タコ様。お持たせしました……あら?」

 オクタヴィアがティーポッドを持ち戻ってくると、さっきまでそこにいたはずタコが、忽然と姿を消していたのだ。食べてたケーキも皿ごと無くなっている。

 そして、残されたティーカップだけが、未だ湯気を立てていた。



「あら? ここは何処かしら」

 ケーキを乗せた皿と、フォークを握りながらタコは呟く。

 黒い空からはしとしと雨が降り、周囲には摩天楼の様にビルが立ち並んでいる。ここは、その一角にある空き地。それともゴミ捨て場の類だろうか。


 タコの足元には禍々しい本を抱えた少女が転がっている。長い髪に丸い眼鏡、ロングスカートにブーツという格好であり、タコはなんとなく読書が好きそうだなという印象を受けた。

 だが、その服も体も至るところが泥や雨で汚れており、眼鏡の片方にひびが入っている。どうやら必死になってこの雨の中を逃げていたようだ。

 そして、目の前には黒服にサングラスという、いかにもな男たちが並んでいる。しかも、その手にはマシンガンが握られ、こちらに向けられていた。


「馬鹿な! あの小娘が神を召喚しただと!?」

「ひるむな! 撃て! 撃ち殺せ!」

 黒服たちが一斉にマシンガンが撃ち始める。

 足元の少女が、悲鳴を上げながらタコの足に抱きついた。それだけでタコのやる気はマックスである。とりあえずケーキをインベントリにしまうと、触手を振り上げて宣言した。


「おーほっほっほ! 我は邪神タコ! 愚かな人間どもよ、ひれ伏せー!」

 魔法で周囲の水を操作し、襲い掛かる銃弾を周囲の黒服ともども吹き飛ばす。だが、タコはそんなものに興味はない。

 うずくまる少女の肩を掴んで立ち上がらせ、自分の方を向かせる。


 すでに、タコは大体の状況を察していた。この少女は何らかの理由で命を狙われており、今は足元に転がっている禍々しい本でタコを召喚したのだろう。

 一体ここはどこなのか? この少女は何者なのか? どうやったら元の世界に戻れるのか?

 沸き上がる疑問を、タコは一瞬で頭の中から弾き飛ばす。


 そんなことより、目の前に可愛い女の子がいるのだ。ならば、やることは一つしかない。

 タコは満面の笑みを浮かべ、少女に問いかける。


「可愛いお嬢ちゃん。あなた、悪堕ちに興味は無い!?」

 少女の呆けた顔が、タコの瞳に写っていた。

これにて、この物語はお終いです。ですが、タコさんの悪堕ちはまだまだ続くでしょう。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。


時間が流れるのは早いもので、連載を初めて一年弱ほど、

誤字報告、ブックマーク、ポイント評価、感想、重ねてありがとうございます。

誤字報告はちょくちょく大量にいただいておりまして、申し訳ありません。


また、ブックマーク、ポイント評価、感想は作者の心の支えとなりました。

これらのおかげで完結できたと言っても過言ではありません。


本当に、皆さまありがとうございました。

それでは、また別の物語でお会いしましょう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 完結おめでとうございます。
[一言] 始まりと終わりは一緒ってどこぞの灰色の髪と赤い瞳の美青年も言ってたし。
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