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91話 タコさん、混沌を堕とす

「悪……だと?」

「そう! 恨み、妬み、嘘、偽り、憎しみ……ま、そんな負の感情を集約したのよ!」

 それは、混沌の神ですら唖然とする答えだった。そして、混沌の神は気づく。自分の体が震えていることに。それはまさしく、恐怖を感じている者の反応である。

 目の前にいるのは、ただの人間だったもの。自分の力を奪い、神のまがいものとなったもの。だというのに、今は途方もない何かになっている。


「な、何を言ってる……そんな意思で神になるなど……」

「そうね、普通に考えれば最低最悪の邪神になるでしょう。ところで、平和の神を作ろうとした時はどうなったかしら?」

 失敗した。

 それは、何度も言われた言葉。神として生まれた時から、何度も何度も。

 だが、そんな言葉など自分には関係ない。どうせ、全ては混沌に帰するのだから。


「あなたは元々、平和の神となるはずだった。だけど、時代が、愚かなエルフがあなたを混沌の神にしてしまった」

 タコの言葉をリルが引き継ぐ。それは、神に話してかけているというより、独白のようなもの。それとも悔恨だろうか。

 神を作る魔法の欠点。それは、人の意思という複雑なものを集約する以上、狙ったものだけを集めるのが困難だという事。 


「恐怖と絶望が支配する時代に、平和の神が生まれる訳がなかった。平和な時代でなければ、平和の神を作ることなどできなかった」

 この世界にどんな意思が満ちていているのか。それが理解できなければ、狙った神を作ることなどできはしない。

 リルが生きた時代にでは、『平和』とは『自身を取り巻くすべてがなくなること』という考えが、無視できないほど渦巻いていた。

 そのせいで集まった意思は歪み、混沌の神を作り出してしまう。


「それなら逆に、あの頃より平和な時代に悪の神……邪神を作ったらどうなると思う?」

 悪の意思。それは、他人を害するものや、利己的なものである。だが、今の時代に世界の悪意を集めるとしても、それはどういったものになるか?

 10年前に起きた惨劇のカルテット。そのせいでこの世界は、長らく大規模な戦争が起きていなかった。

 ナスキアクアの反乱。ニューワイズ王国の王位争い。魔王の権力低下に魔族の分裂。聖スプレンドルにおける天使の暴走。そして、三大国家の対立。

 そのほとんどはタコが解決してしまった。


「今はね、タコさんみたいに『悪なようで悪じゃなくてやっぱりちょっと悪』くらい中途半端な考えかたしてる人が、すっごく多いの! 簡単に言えば、タコさんは最低最悪な邪神を作るのに、わざと失敗したのよ!」

「……!?」

 集約された悪の意思は歪み、ぼんやりしたものになってしまった。それが、タコに集まっていた意思が、黒に近い灰色だった理由である。

 中途半端な悪の意思。その一つ一つの力は大したことがないだろう。それでも、それは恐らく、全ての人が持っていると言ってよいほどありふれたものである。だからこそ、タコにここまでの力を与えているのだ。

 だがそんなことよりも、タコと混沌の神には決定的な違いがある。


「混沌の神……ふむ、言い辛いから『カオスちゃん』と呼びましょう。あなたはやりたいことってないの?」

「決まっています! すべてを破壊し、混沌に返すことです!」

 当たり前だ、混沌の神……カオスはそのために生まれた存在。

 声を張り上げてそれに答えるも、タコは重ねてカオスに問う。


「それは、神としての使命でしょ? タコさんが聞いているのは、『あなた』がしたいことよ」

「私は混沌の神です! それ以外に興味はありません!」


「そんなの何が楽しいの? 世界が混沌になったら、あなたは何をするの? 一人ぼっちの世界で神様になって、何の意味があるの?」

 そんなこと、考えたことはない。

 混沌の神として生まれ、それを果たすことしか考えていなかった。いや、それしか考えることができなかった。


 だが、今は違う。

 リルによってカオスは失敗を経験する。そのため、目的を達成するための手段を『思考』してしまった。

 リルの、タコの、ロイドの思考をサンプルとして収集したことにより、カオスはただの『混沌』ではなくなってしまったのだ。


「それは……私は……混沌の……」

 そして、タコの言葉によりカオスはそれを認識してしまう。

 そもそも、この状況が異常すぎるのだ。カオスの前に立つものなど、すぐさま破壊されるのが当然だった。

 自身より強い存在に出会い、相手の言葉に惑わされ、悩む。そんなことが起きるはずが無かったのだ。


「あなたは所詮、使命を果たすだけの機械だった。それじゃ、100%の力を出すのが限界でしょう」

「何が……何が言いたい!?」

 苛立ちがカオスの言葉を荒くする。それが既に、以前とは変質していることの現れだった。

 だがそれでも、タコのが言う事を無視できない。事実として、カオスはタコに敵わないのだから。


「自分の全てを賭けてでも果たしたい『欲望』! 周囲に何を思われようが、それこそ、悪に堕ちでても目的を果たすという『意思』! あなたに足りないのはそれよ!」

 そして、タコは触手を突きつけて宣言する。

 言っていること自体は邪神にふさわしい邪悪さがあるのだが、それはすぐに趣味の防露へ変わった。


「『欲望』で動いてるタコさんは、それを果たすためには200%の力だって出せるんだから! あなたを退治したら、『第二回女子会』が待ってるの! タコさん張り切っちゃうわよー!」

 オクタヴィアの背の上で、タコはぴょこぴょこと踊りだす。

 すでにその頭の中は、ことが終わった後に待っている『お楽しみ』の内容で染まっていた。


「うっふっふー! 新しく仲間になったホリーちゃん達に、『あーんな』服や『こーんな』服を着せたりしちゃうんだから! アタッチメントも選び放題! ああもう! タコさん興奮で鼻血を出しちゃいそう!」

 少し前までカオスを恐れていたリルとキアランはともかく、レインとアイリスはいつも通りのタコを、やれやと言った感じで見つめていた。オクタヴィアなどタコの可愛い姿が見れてご満悦である。

 だが、それを快く思わない者がいた。


「欲望の……力だと……? ふざけるな! 私は混沌の神! そんなものに頼らなくても、すべてを混沌に戻す!」

 カオスに力が集まっていく。既に他の分体を消滅させ、全ての力をその身に集約させていた。

 いくらタコが強くても、ここで止まる訳にはいかない。全てのものを、混沌に戻す。それが自身の存在意義であり、それを止めたら自分ではなくなってしまう。

 その感情が、『思考』を始めてしまったことにより発生した『恐怖』であるなど、カオスは未だ気づいていない。

 だが、自分が自分でなくなるという恐怖。それを打ち払いたいという意思。意思が力になるこの世界で、それは確かにカオスへさらなる力を与えた。


「ええそうね、これで終わりにしましょう。<大津波(タイダルウェーブ)>!」

 しかし、そんなものは『一人分』の感情に過ぎない。

 世界の全てを味方につけたタコの一撃は、それをはるかに上回って神を混沌に戻した。



「生き……てる?」

 混沌の神……カオスが目を覚ます。だが、その体は縮んでおり、人間程度の大きさしかない。


 どうやらここは、駐屯地から少し離れた小高い丘の上のようだ。駐屯地の方を見れば、既にほとんどが復旧され、なんと、兵士たちの姿すら見える。

 建物の復旧を行っているのは、レインを筆頭とした妖精たちだ。タコの力を受けた今、魔法は使い放題であり、至る所で巻き戻しの様に建物が元に戻っている。


 そして、別の所ではベロニカを中心として、兵士たちの復活が行われていた。

 この世界では、死んだ者も一時的に幽霊となって残留する。それこそ元神であるミカを、ベロニカは同じような状態から復活させていた。

 そこにはミカや堕天使たち、そしてイカも加わっている。彼女たちにかかれば、全ての兵士を復活させることなど時間の問題だ。


「あ、カオスちゃん。お目覚めかしら」

 そして、カオスの横にタコがやって来た。駐屯地の復旧具合を確認しているのか、その横に座ってうんうんと頷いている。

 それでも、カオスは何も言わない。だが、何を言いたいのかは理解していると、タコは自分から話しかけた。


「タコさん。あなたに感謝してるの」

「感謝?」

 一体、何を言っているのか。

 カオスはタコを利用し、自分が復活するための依り代として利用しようとしていた。それが失敗したとはいえ、この世界で復活した後はタコと敵対しかしていない。


「だって、巡り巡って私はタコさんになれたんだから。あなたにそんなつもりは無くても、タコさん幸せよ」

 そんなことを言われても、カオスは反応のしようがない。

 失敗作だと言われ、人々から恐れられ、感謝などとは逆の感情しかぶつけられたことがない。そして、自分は破壊することしか考えていなかった。

 だが、カオスは失敗したことで思考することを覚えた。タコという自身より強い者を知り、恐怖を覚えた。そして、感謝までされてしまった。

 既にカオスの脳内は、その名に恥じないほどの混沌に満ちている。


 さらに、追加で深刻なエラーが発生していた。主にタコのせいで。


「さっき、あなたが言っていた事。あんなことをすれば、本当に強くなれるの……?」

「ん?」

 何のことかと思ったタコだが、すぐにそれに気づく。

 タコの欲望。女子会やらホリー達でのファッションショーのことだろう。まさか、そんなことにまで興味を持つとは思わなかった。


「ああ、あれはタコさんの趣味だから……あ!」

『あなたは自分にあった趣味を見つけて』と続けようとした時、タコの頭に電球が灯る。

 タコの欲望がさらに刺激され、思わず立ち上がって熱弁をし始めた。


「そうよ! 自分が可愛い服着て! さらに可愛い服を着た人を見る! この欲望のためなら、無限に強くなれると言っても過言じゃないわ!」

 ひょっとして、自分の同士が生まれるのではないか。期待がこもり、早口でまくし立てている。

 しかし、カオスの反応は乏しい。


「でも無理ね。私は混沌の神だもの」

「あら奇遇ね。タコさんも悪の邪神なのよ」

 今更、自分の出自など何の意味があるのか。それに疑問を持って、思考を始めた時点で何者にだってなれるのだ。

 それでも、カオスの顔は暗い。そして、自身の体をタコに見せつけながら、小さくため息をつく。


「そうじゃなくて、この体」

「あらあら、タコさんの得意なことを忘れたの?」

 知らないはずがない。それに、タコはミカを悪堕ちさせた実績がある。

 そして、今はカオスをも超える力をタコは有しているのだ。ならば、やることは一つとタコは微笑む。


「さてカオスちゃん。あなたはさらなる力の為に、神であることを辞められるかしら?」

 そして、カオスに向かって触手を差し出した。



「それって、詐欺って言うんじゃない?」

「または、単純にタコが嘘つきってことになるだろうな」

 カオスを連れて戻ってきた途端、タコはレインとアイリスに罵倒される。実際、判断力の乏しい相手に都合の良い事しか言ってないのだから、その指摘は正しいのだが。


「なによー! 結果オーライなんだから、別にいいじゃない!」

「まさか、混沌の神まで堕とされるとは。さすがタコ様です!」

 そして、彼女たちの目の前には、フリフリのドレスに身をまとう、一人の少女がいる。だが、その顔は服装に似合わず怪訝なものだった。

 それはもちろん、カオスである。


「……本当に、こんな事で強くなれるの?」

 種族はタコと同じタコの人魚であるが、顔立ちはかなり異なっていた。特に目つきはかなり鋭く、攻撃的な印象を受ける。

 だが、その姿はタコが太鼓判を押すほどの美少女だ。さらに、今は伏魔殿の面々にもみくちゃにされている。


「わー、カオスちゃん可愛いのー!」

「こっちの服もどうかしら。あ、これも似合いそうですね」

「よかったら髪型も変えてみませんか。気分も変わりますよ」

 イカが、妖精が、人狼が、彼女が以前、混沌の神であったことなど気にせず、和気あいあいと接していた。

 彼女たちからすれば、タコが選んだ仲間である。ならば、それ相応の対応のするのが当然なのだ。

 そしてそれは、タコのペットも同じである。


「キー!」

「てけりー!」

「わんわん!」

 小動物……というほど小さくも無いのだが、動物によって来られるなど、カオスには初めての経験だ。下手をすれば壊してしまうのではないかと、緊張で体が硬直している。

 特に、ティーが頬を舐めた時はビクンと震えてしまったほどだ。それをアトラがティーを抑え、ショーがよしよしとカオスをなだめていた。

 タコたちからすれば実に微笑ましい光景である。だが、その雰囲気を受け入れられない者も存在した。


「……むー」

「不満ですか、リル」

 キアランが心配そうにこちらを見ているが、リルとしても頭では分かっている。

 カオスはそう生まれてしまっただけであり、それを責めるのはエルフの、自分の責任から逃れているだけだという事を。


「……ま、少しずつこの感情を処理していくわよ。何たって、私は大・天・才なんからだから」

「それは良かった。あなたが笑っていた方が、私も嬉しいですよ」

 タコの教育が良くないせいか、キアランが歯の浮くようなことを言う。それを元々の自分の顔で言うのだから、リルも不満などどうでも良くなってしまった。

 ちなみに、この二人もとある理由によりドレス姿で着飾っている。


「タコ様、皆さん揃いましたよ」

 アレサンドラがタコたちを呼びに来た。今日は、今回の騒ぎの慰労会。新しい仲間の懇親会。そして、タコの趣味である女子会である。

 既に準備は整えられ、会場はタコたちを待つだけとなっていた。


「お、ありがとうね、サンドラちゃん。ほら、キアランちゃんは主役なんだから、最高の笑顔で自己紹介しなきゃだめよ?」

「……はい、ママ。善処します」

 緊張にキアランの顔が強張る。そして、その後ろではホリー達もタコの趣味で様々に着飾っていた。

 そして何よりも、この二人を外すことはできない。


「さ、カオスちゃんも行くわよ! リルも早く早く!」

 そう言って、タコはカオスとリルを触手で引っ張る。そのせいで二人は引っ付いてしまうことになった。

 自身の所業を理解し始めているカオスが申し訳ないような顔をするが、リルはため息を一つ付いてから、微笑んでその頭を撫でる。

 こんなカオスの顔を見れば、リルも理解できた。この子もまた、ただの被害者だと。ならば、自分がすることは許すことでも、謝ることでもない。

 ただ、こんなふうに触れ合えばいいのだ。同じ存在として。


「おーほっほっほ! 我は邪神タコ! みんな、お待たせ―!」

 タコは最高の笑顔で会場の扉を開ける。そして、会場にいる者もみな、タコを最高の笑顔で迎えるのだった。

次回で最終回となります。

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