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90話 タコさん、秘策を発動する

「何なんすかこいつら!? 増えるなんて聞いてないっす!」

「それでも、怪物はいなくなった。弱音を吐かないで、手を動かす」

 あらかたの怪物を倒し終えたシンミアたちだったが、その死体が一か所に集まりだした。それは巨大な怪物……神の分体と同じ姿を取る。

 しかも、変化はそれだけではなかった。


「ティティティ、ティーナ様! あれを見てください!」

「巨大化……してる?」

 間違いなく、その巨体がさらに膨れ上がっている。

 攻撃を加えていたアレサンドラも、一度下がってその様子をうかがっていた。


「面倒ね……いくらやっても手ごたえは無し。しかも、時間と共に強くなるとは……」

 先ほどまで有効であった攻撃が、少しずつ効かなくなっている。しかも、それが2体に増えた。

 それでもアレサンドラは諦めていない。勝てない相手でも、時間を稼ぐことはできる。

 きっと、タコが、皆が助けてくれると信じ、神の分体へ向かって行くのだった。



「無理無理無理! おじいちゃーん、助けてー!」

「バカ者! 逃げるにしても、花畑の方に来るでないわ!」

 周囲の植物で壁やトラップを作りつつ、ローズは逃げる。セシルもそれを援護しているが、神の分体の動きはほとんど鈍っていない。


「不死身……とはまた違うわね。外部からエネルギーを供給してるのかしら。それを遮断できる方法があればいいんだけど……」

 そんな中、フレイヤは冷静に敵を観察している。自身に直接の戦闘力が無いのだから、できるところで貢献しなければならない。

 もちろん、コゼットたちにポーションを投げるなど、できることは十分にしているのだが。


「フレイヤ様。申し訳ございませんが、少し下がります」

「分かったわ。どうせなら、もう一杯いっとく?」

 お姫様抱っこされたフレイヤが自身の襟を引っ張り、うなじを露出する。コゼットは思わず喉を鳴らすが、優しく襟を元に戻した。


「それは、後のお楽しみさせてください」

「そう。それじゃ、頑張ってちょうだい」



 ヴァイスの持つ数メートルはある大剣が、分体の触手を切り裂く……いや、一撃でミンチの様に砕いた。

 だが、その欠片たちは動きを止めようとしない。わらわらと肉体に戻っていくと、元通りに治ってしまう。


「グアアアォ!」

 そこへ、擬態を解いているアーデルハイトが魔力を乗せた咆哮を放つ。それは確かに修復されている肉辺を蒸発させた。

 だがそれでも、生え変わるように分体は修復される。


「うがー! 一体どうなっとるじゃー!」

「エウラリア様、落ち着いてください」

 同じく何度も分体を吹き飛ばしているエウラリアだが、さすがに同じことの繰り替えしに苛立ってきた。それをデスピナが抑えている。

 彼女も分体に流れる力には気づいているのだが、それの押さえ方が分からない。しばらくは相手をしながら調べるしかないだろう。

 その前にこちらが力尽きる。そんな可能性だけは考えないようにしながら。



 そして、同じことはタコの目の前でも起きていた。何体もの混沌の神が現れ、その体は以前よりも力がみなぎっている。


「分かったでしょう、私の力は無限。今までは茶番に付き合ってやっただけ。さあ、絶望しなさい。それがさらに私の力となるのだから」

 その中でも本体はひときわ大きくなっていた。先ほどの苛立ちを発散しようとしているのか、勝ち誇った顔でタコたちを見下している。

 だがそれでも、タコたちの態度は変わらない。


「はー、ボスが増えるってパターンかー」

「レイドボスでそんなことをされたら、面倒なことこの上ないわね」

「しかもステータス強化? ゲームなら調整不足って炎上しちゃうわよ」

 しかも、3人で集まりぶつぶつと文句を言っている。そこには恐怖もなく、焦りもない。

 それはもちろん、混沌の神に対して更なる挑発となった。


「……気にいりませんね、何ですかその余裕は」

 むしろ、この状況こそがタコの狙い通りだった。混沌の神を挑発し、自分達に攻撃を集中させる。それは全て、リルを『秘策』に集中させるためだ。


「ふっふっふー! ならば見せてあげましょう、タコさんの秘策を! リル、準備できてるかしら!?」

「え、ええ……いつでも大丈夫よ!」

 慌ててリルが返事をする。彼女は元々、混沌の神の攻撃に対処しながら必死に『秘策』の準備を進める予定だった。

 いくらタコたちが引き付けると言っても、対処には限界があるはずだ。いざとなったら、自分の身よりも準備を優先するくらいの心構えをしていた。

 だが、結果はご覧の通りである。準備などとっくに完了しているし、護衛のキアランとオクタヴィアはほとんど出番がなかった。


「それではお二人とも、失礼します」

 こちらは想定通りだったオクタヴィアは、呆けている二人を背に乗せて飛び立つ。タコとアイリスも、レインに抱えられて合流した。


「何をするつもりか知りませんが……させません!」

「ちょっと遅かったわね、<絶対障壁パーフェクト・ウォール>」

 混沌の神がその手から巨大な闇を放つ。だがそれが着弾する前に、レインが珍しく課金アイテムを使用して大魔法を発動する。

 これもまた、本来ならレイドボスやギルド戦で使うような魔法だ。魔法による巨大な障壁が一帯を覆い、全てのものを通行不可能とする。


 それでも、神の魔法ともあれば完全に止めることはできないようだ。放たれた闇はがりがりと障壁を削り、タコたちに迫ろうとしている。

 だが、その間にリルは準備していた魔法を発動した。タコの頭上に魔法陣が展開され、それはどんどん大きくなっていく。


「これは……まさか!?」

 この魔法陣の意味は、いわばアンテナだ。世界中から『あるもの』を集める装置である。

 混沌の神もその正体に気づく。なぜならそれは、自分にとても馴染みが深いもの。『神を作り出す魔法』の魔法陣だったからだ。


「はは……はははははは! 愚か者め。何を企んでいるのかと思えば、今の世界で神を作ることなぞ不可能です!」

「ええそうね。でも、それはゼロから作る場合の話でしょう?」

 魔法陣が世界の意思を集約していく。それはちょうど、混沌の神が世界から闇……破壊と混沌を求める絶望の意思を回収するときに似ていた。

 だが、明らかに違うのはその色。絶望の意思が漆黒なのに対し、集まっている意思は黒に近い灰色をしている。


「ここには限りなく神に近い者がいる。私がするのは、それに一つの力を与えるだけ」

 それはもちろん、タコのことだ。そして、この世界の神に必要な条件とは、人々の意思が集約された存在だということ。

 その二つが今、確かに結びついた。



「力が湧きあがってくる……これは……タコ殿?」

「なんだか装備からオーラが漏れてるんですが、大丈夫なんですかね、これ?」

 エルダの体に巨大な力が流れ込んでくる。それは、ジュリオが装備してる武具にも及んでいた。

 さらに、変化があったのはそれだけではない。先ほどまでは劣勢だったウンディーネや半魚人たちが、我先にと神の分体に群がっていく。


「ウンディーネたちも張り切っておるな。ふむ、スライムの肉体はタコ殿由来の力で作った故、それも当然か」

「うわ、半魚人さん達は体が倍くらい大きくなってますよ。牙をむき出しにして叫ぶ姿といい、ずいぶんと凶悪そうですね……」

 ウンディーネは半魚人に肩車され、まるで騎兵のように突撃している。さすがに神の分体が腕を振るえば吹き飛ばされるが、すぐさま前線に戻って行った。


「あははー! いけいけー!」

「グワアアアア!」

 あまり無茶をするのもどうかと思うが、心配は無用のようだ。

 エルダたちは安心してこの場を任せると、既に後始末や復旧のことを考え始めてた。



「あっはっは、儂の力を見たか! 神の分体といえども、こんなもんじゃ!」

 分体の一体を踏みつけ、エウラリアが手を空に突き上げる。分体は苦しそうにうめき声を上げているが、再生する速度よりも早く、体内からエウラリアの力で燃やされているのだ。


「あーはっはっはっ……ん?」

 もう一体の分体が大きく吹き飛ばされ、周囲に轟音が響く。その時、エウラリアは気づいた。戦っている者の中に、見慣れない姿があることを。

 それは、今のエウラリアと同じか、それよりも少し若いくらいのドラゴニュート。逆に、エヴァたちの姿が見えない。

 まさかと思いながら、エウラリアはそちらに向かう。


「のうお主ら、その姿はなんじゃ?」


「エウラリア様の真似だよー!」

「力がみなぎってきたから、できると思って!」

「体が軽ーい! 化け物め、まいったか―!」

 そう、それはエウラリアの様に成長したエヴァ達だった。どうやら、先ほどから流れ込んでいる力を使い、見よう見まねで試したところ上手くいったらしい。

 思わずエウラリアはがっくりとうなだれてしまう。


「儂の努力は一体……」

「すねないでください。ほら、あの分体に止めを刺しに行きますよ」

 それをデスピナがなだめ、エウラリアはしぶしぶ分体へ向かって行く。その後ろを、何も知らないエヴァたちがはしゃぎながらついて行くのだった。



「ミ、ミカ様!?」

「その姿はどうされたのですか?」

「姿って……あれ? 何で私の手足が長いの?」

 ミカは自分の手足を見つめて呆然とする。どこからか急に力を注ぎこまれたかと思ったら、手足が伸びてしまったのだ。

 それは、元々のミカの肉体である、人間の少女によく似た姿だった。


「戻った……わけじゃないのよねぇ」

 だが、それは完璧ではない。

 手や足はインプの時のように毛におおわれ、爪も鋭くなっている。背中に翼が残っているし、お尻からは尻尾も生えていた。

 それでも、神の時と同じような力を使えるようだ。むしろ、今の方が強いくらいかもしれない。


「まったく、私って本当に世界が狭かったのね」

「あはは。さすがにこれは、予想できるものではありませんよ」

 ミカが神だった時は、自分が世界の頂点だと思っていた。だが、そんな思い込みは既に完全に破壊されている。今しがた、もっと入念に壊されることになったが。


 ベロニカもまた数段階は上昇した力に驚きながらも、それに振り回されることはない。自分がやるべきことは分かっているのだから、今さらその程度で自分を見失うことはないのだ。

 そして、ミカと協力して光を収束させると、それを巨体な光線にして解き放つ。

 それはいとも簡単に、神の分体を光の彼方に消し去るのだった。



「これもやっぱり、タコ様の力よねぇ」

「お姉ちゃんすごいよ! これなら絶対に負けません!」

 ラピスと融合しているアレサンドラは、単純に力を増しただけではなく、能力が大幅に拡張されていた。

 周囲全ての水。それこそ空気中や生物の水分だって把握することができる。しかも、それを操作することも可能となっていた。

 その効果範囲も尋常ではない。今の二人なら、国の象徴である湖だって自由に操ることができるだろう。


「本当。あの時、タコ様に会えて良かったわ」

 オクタヴィアも考えたことはある。タコに会えなかったらどうなっていたか。

 魔族に殺されていたか。それとも、他国に保護されていたか。

 仮に保護されたとして、亡国の姫などどういった扱いを受けるのだろう。飼い殺されるか、前線で使い潰されるか、果たせない復讐に狂っていたか。

 それこそ、好き者の貴族にでも当てがわれていたかもしれない。


「全くです。まさか神と戦う……いえ、神に勝利する日がくるとは思いませんでしたが」

 いつの間にか、ヴァレンティーナが横に控えていた。彼女もまた、新たな力でアレサンドラを守ろうと勇んでいる。

 二人は顔を見合わせると、穏やかな笑みを浮かべた。そこには、これから神と戦う覚悟のようなものは一切感じられない。

 なぜならもう、自分達の勝利は決定してるのだから。



「おーほっほっほ! 我は邪神タコ! 愚かな混沌の神よ、ひれ伏せー!」

 タコが力強く宣言する。その体からは混沌の神と同じようにオーラが漏れ出していた。それが、肉体に抑えきれないほどのエネルギーなのは明らかである。

 自身も、伏魔殿の皆も、悪堕ちした者たちも、それらに配ってなお余るほどのエネルギーが、今のタコには流れ込んでいた。


「ふざけるな! 私の力をかすめ取った程度の貴様が、真の神になるなどありえん!」

 混沌の神がまたしても巨大な闇を放つ。だが、タコはそれを悠々と待ち構えていた。

 闇がタコに着弾する。だが、それは何の効果も与えられない。


「どうしたの? それがあなたの全力?」

「な……馬鹿なっ!?」

 挑発に乗るでもなく、次々に闇が放たれる。だが、今度のそれは一つもタコに到達しなかった。

 レインが魔法を放てば、闇は塵と消える。

 アイリスが剣を振るえば、闇は粉々に切断される。

 オクタヴィアがブレスを吐けば、闇は闇に飲まれていく。


 さすがに混沌の神も、何が起きているか分からなかった。自身の力が簡単に無効化される。破壊と混沌をもたらすはずの、神の力が。


「何故!? なぜ、あなた達の力が私を上回るの!?」

「タコさんだけの力じゃない。これは、タコさんについて来てくれる皆の力」

 今も、タコの体には力が注ぎ込まれている。それは、世界中から集まる、とある意思が生み出す力。

 だが、それは混沌の神も同じはずだ。タコが神になったとはいえ、力を奪い取られたわけではない。


「あり得ない! そんなもので、これほどの力が出せる訳がない! 私は、生きとし生ける者の絶望から生まれたのよ!」

「そう、意思が力になるこの世界で、あなたが得た力は凄まじいものでしょう。でもね、純粋に破滅だけを願う人間なんて、そんなに多くないわ」

 人の心は変わりやすい。

 一度、人生に絶望した者だって、立ち上がることができる。

 数日かかる者、数ヵ月かかる者、中には何年も悩む者もいるだろう。だが逆に、一晩眠れば元通りになる者だっている。

 タコだって世界を恨んでいた。世界が破滅すればいいと思っていた。だが、今はそんなことは考えていない。


 それに対し、タコが集めた意思は、もっと普遍的なもの。


「一体……あなたは一体、何の意思を集めたというの!?」

「ふふ、それはね……『悪』よ!」

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