90話 タコさん、秘策を発動する
「何なんすかこいつら!? 増えるなんて聞いてないっす!」
「それでも、怪物はいなくなった。弱音を吐かないで、手を動かす」
あらかたの怪物を倒し終えたシンミアたちだったが、その死体が一か所に集まりだした。それは巨大な怪物……神の分体と同じ姿を取る。
しかも、変化はそれだけではなかった。
「ティティティ、ティーナ様! あれを見てください!」
「巨大化……してる?」
間違いなく、その巨体がさらに膨れ上がっている。
攻撃を加えていたアレサンドラも、一度下がってその様子をうかがっていた。
「面倒ね……いくらやっても手ごたえは無し。しかも、時間と共に強くなるとは……」
先ほどまで有効であった攻撃が、少しずつ効かなくなっている。しかも、それが2体に増えた。
それでもアレサンドラは諦めていない。勝てない相手でも、時間を稼ぐことはできる。
きっと、タコが、皆が助けてくれると信じ、神の分体へ向かって行くのだった。
◆
「無理無理無理! おじいちゃーん、助けてー!」
「バカ者! 逃げるにしても、花畑の方に来るでないわ!」
周囲の植物で壁やトラップを作りつつ、ローズは逃げる。セシルもそれを援護しているが、神の分体の動きはほとんど鈍っていない。
「不死身……とはまた違うわね。外部からエネルギーを供給してるのかしら。それを遮断できる方法があればいいんだけど……」
そんな中、フレイヤは冷静に敵を観察している。自身に直接の戦闘力が無いのだから、できるところで貢献しなければならない。
もちろん、コゼットたちにポーションを投げるなど、できることは十分にしているのだが。
「フレイヤ様。申し訳ございませんが、少し下がります」
「分かったわ。どうせなら、もう一杯いっとく?」
お姫様抱っこされたフレイヤが自身の襟を引っ張り、うなじを露出する。コゼットは思わず喉を鳴らすが、優しく襟を元に戻した。
「それは、後のお楽しみさせてください」
「そう。それじゃ、頑張ってちょうだい」
◆
ヴァイスの持つ数メートルはある大剣が、分体の触手を切り裂く……いや、一撃でミンチの様に砕いた。
だが、その欠片たちは動きを止めようとしない。わらわらと肉体に戻っていくと、元通りに治ってしまう。
「グアアアォ!」
そこへ、擬態を解いているアーデルハイトが魔力を乗せた咆哮を放つ。それは確かに修復されている肉辺を蒸発させた。
だがそれでも、生え変わるように分体は修復される。
「うがー! 一体どうなっとるじゃー!」
「エウラリア様、落ち着いてください」
同じく何度も分体を吹き飛ばしているエウラリアだが、さすがに同じことの繰り替えしに苛立ってきた。それをデスピナが抑えている。
彼女も分体に流れる力には気づいているのだが、それの押さえ方が分からない。しばらくは相手をしながら調べるしかないだろう。
その前にこちらが力尽きる。そんな可能性だけは考えないようにしながら。
◆
そして、同じことはタコの目の前でも起きていた。何体もの混沌の神が現れ、その体は以前よりも力がみなぎっている。
「分かったでしょう、私の力は無限。今までは茶番に付き合ってやっただけ。さあ、絶望しなさい。それがさらに私の力となるのだから」
その中でも本体はひときわ大きくなっていた。先ほどの苛立ちを発散しようとしているのか、勝ち誇った顔でタコたちを見下している。
だがそれでも、タコたちの態度は変わらない。
「はー、ボスが増えるってパターンかー」
「レイドボスでそんなことをされたら、面倒なことこの上ないわね」
「しかもステータス強化? ゲームなら調整不足って炎上しちゃうわよ」
しかも、3人で集まりぶつぶつと文句を言っている。そこには恐怖もなく、焦りもない。
それはもちろん、混沌の神に対して更なる挑発となった。
「……気にいりませんね、何ですかその余裕は」
むしろ、この状況こそがタコの狙い通りだった。混沌の神を挑発し、自分達に攻撃を集中させる。それは全て、リルを『秘策』に集中させるためだ。
「ふっふっふー! ならば見せてあげましょう、タコさんの秘策を! リル、準備できてるかしら!?」
「え、ええ……いつでも大丈夫よ!」
慌ててリルが返事をする。彼女は元々、混沌の神の攻撃に対処しながら必死に『秘策』の準備を進める予定だった。
いくらタコたちが引き付けると言っても、対処には限界があるはずだ。いざとなったら、自分の身よりも準備を優先するくらいの心構えをしていた。
だが、結果はご覧の通りである。準備などとっくに完了しているし、護衛のキアランとオクタヴィアはほとんど出番がなかった。
「それではお二人とも、失礼します」
こちらは想定通りだったオクタヴィアは、呆けている二人を背に乗せて飛び立つ。タコとアイリスも、レインに抱えられて合流した。
「何をするつもりか知りませんが……させません!」
「ちょっと遅かったわね、<絶対障壁>」
混沌の神がその手から巨大な闇を放つ。だがそれが着弾する前に、レインが珍しく課金アイテムを使用して大魔法を発動する。
これもまた、本来ならレイドボスやギルド戦で使うような魔法だ。魔法による巨大な障壁が一帯を覆い、全てのものを通行不可能とする。
それでも、神の魔法ともあれば完全に止めることはできないようだ。放たれた闇はがりがりと障壁を削り、タコたちに迫ろうとしている。
だが、その間にリルは準備していた魔法を発動した。タコの頭上に魔法陣が展開され、それはどんどん大きくなっていく。
「これは……まさか!?」
この魔法陣の意味は、いわばアンテナだ。世界中から『あるもの』を集める装置である。
混沌の神もその正体に気づく。なぜならそれは、自分にとても馴染みが深いもの。『神を作り出す魔法』の魔法陣だったからだ。
「はは……はははははは! 愚か者め。何を企んでいるのかと思えば、今の世界で神を作ることなぞ不可能です!」
「ええそうね。でも、それはゼロから作る場合の話でしょう?」
魔法陣が世界の意思を集約していく。それはちょうど、混沌の神が世界から闇……破壊と混沌を求める絶望の意思を回収するときに似ていた。
だが、明らかに違うのはその色。絶望の意思が漆黒なのに対し、集まっている意思は黒に近い灰色をしている。
「ここには限りなく神に近い者がいる。私がするのは、それに一つの力を与えるだけ」
それはもちろん、タコのことだ。そして、この世界の神に必要な条件とは、人々の意思が集約された存在だということ。
その二つが今、確かに結びついた。
◆
「力が湧きあがってくる……これは……タコ殿?」
「なんだか装備からオーラが漏れてるんですが、大丈夫なんですかね、これ?」
エルダの体に巨大な力が流れ込んでくる。それは、ジュリオが装備してる武具にも及んでいた。
さらに、変化があったのはそれだけではない。先ほどまでは劣勢だったウンディーネや半魚人たちが、我先にと神の分体に群がっていく。
「ウンディーネたちも張り切っておるな。ふむ、スライムの肉体はタコ殿由来の力で作った故、それも当然か」
「うわ、半魚人さん達は体が倍くらい大きくなってますよ。牙をむき出しにして叫ぶ姿といい、ずいぶんと凶悪そうですね……」
ウンディーネは半魚人に肩車され、まるで騎兵のように突撃している。さすがに神の分体が腕を振るえば吹き飛ばされるが、すぐさま前線に戻って行った。
「あははー! いけいけー!」
「グワアアアア!」
あまり無茶をするのもどうかと思うが、心配は無用のようだ。
エルダたちは安心してこの場を任せると、既に後始末や復旧のことを考え始めてた。
◆
「あっはっは、儂の力を見たか! 神の分体といえども、こんなもんじゃ!」
分体の一体を踏みつけ、エウラリアが手を空に突き上げる。分体は苦しそうにうめき声を上げているが、再生する速度よりも早く、体内からエウラリアの力で燃やされているのだ。
「あーはっはっはっ……ん?」
もう一体の分体が大きく吹き飛ばされ、周囲に轟音が響く。その時、エウラリアは気づいた。戦っている者の中に、見慣れない姿があることを。
それは、今のエウラリアと同じか、それよりも少し若いくらいのドラゴニュート。逆に、エヴァたちの姿が見えない。
まさかと思いながら、エウラリアはそちらに向かう。
「のうお主ら、その姿はなんじゃ?」
「エウラリア様の真似だよー!」
「力がみなぎってきたから、できると思って!」
「体が軽ーい! 化け物め、まいったか―!」
そう、それはエウラリアの様に成長したエヴァ達だった。どうやら、先ほどから流れ込んでいる力を使い、見よう見まねで試したところ上手くいったらしい。
思わずエウラリアはがっくりとうなだれてしまう。
「儂の努力は一体……」
「すねないでください。ほら、あの分体に止めを刺しに行きますよ」
それをデスピナがなだめ、エウラリアはしぶしぶ分体へ向かって行く。その後ろを、何も知らないエヴァたちがはしゃぎながらついて行くのだった。
◆
「ミ、ミカ様!?」
「その姿はどうされたのですか?」
「姿って……あれ? 何で私の手足が長いの?」
ミカは自分の手足を見つめて呆然とする。どこからか急に力を注ぎこまれたかと思ったら、手足が伸びてしまったのだ。
それは、元々のミカの肉体である、人間の少女によく似た姿だった。
「戻った……わけじゃないのよねぇ」
だが、それは完璧ではない。
手や足はインプの時のように毛におおわれ、爪も鋭くなっている。背中に翼が残っているし、お尻からは尻尾も生えていた。
それでも、神の時と同じような力を使えるようだ。むしろ、今の方が強いくらいかもしれない。
「まったく、私って本当に世界が狭かったのね」
「あはは。さすがにこれは、予想できるものではありませんよ」
ミカが神だった時は、自分が世界の頂点だと思っていた。だが、そんな思い込みは既に完全に破壊されている。今しがた、もっと入念に壊されることになったが。
ベロニカもまた数段階は上昇した力に驚きながらも、それに振り回されることはない。自分がやるべきことは分かっているのだから、今さらその程度で自分を見失うことはないのだ。
そして、ミカと協力して光を収束させると、それを巨体な光線にして解き放つ。
それはいとも簡単に、神の分体を光の彼方に消し去るのだった。
◆
「これもやっぱり、タコ様の力よねぇ」
「お姉ちゃんすごいよ! これなら絶対に負けません!」
ラピスと融合しているアレサンドラは、単純に力を増しただけではなく、能力が大幅に拡張されていた。
周囲全ての水。それこそ空気中や生物の水分だって把握することができる。しかも、それを操作することも可能となっていた。
その効果範囲も尋常ではない。今の二人なら、国の象徴である湖だって自由に操ることができるだろう。
「本当。あの時、タコ様に会えて良かったわ」
オクタヴィアも考えたことはある。タコに会えなかったらどうなっていたか。
魔族に殺されていたか。それとも、他国に保護されていたか。
仮に保護されたとして、亡国の姫などどういった扱いを受けるのだろう。飼い殺されるか、前線で使い潰されるか、果たせない復讐に狂っていたか。
それこそ、好き者の貴族にでも当てがわれていたかもしれない。
「全くです。まさか神と戦う……いえ、神に勝利する日がくるとは思いませんでしたが」
いつの間にか、ヴァレンティーナが横に控えていた。彼女もまた、新たな力でアレサンドラを守ろうと勇んでいる。
二人は顔を見合わせると、穏やかな笑みを浮かべた。そこには、これから神と戦う覚悟のようなものは一切感じられない。
なぜならもう、自分達の勝利は決定してるのだから。
◆
「おーほっほっほ! 我は邪神タコ! 愚かな混沌の神よ、ひれ伏せー!」
タコが力強く宣言する。その体からは混沌の神と同じようにオーラが漏れ出していた。それが、肉体に抑えきれないほどのエネルギーなのは明らかである。
自身も、伏魔殿の皆も、悪堕ちした者たちも、それらに配ってなお余るほどのエネルギーが、今のタコには流れ込んでいた。
「ふざけるな! 私の力をかすめ取った程度の貴様が、真の神になるなどありえん!」
混沌の神がまたしても巨大な闇を放つ。だが、タコはそれを悠々と待ち構えていた。
闇がタコに着弾する。だが、それは何の効果も与えられない。
「どうしたの? それがあなたの全力?」
「な……馬鹿なっ!?」
挑発に乗るでもなく、次々に闇が放たれる。だが、今度のそれは一つもタコに到達しなかった。
レインが魔法を放てば、闇は塵と消える。
アイリスが剣を振るえば、闇は粉々に切断される。
オクタヴィアがブレスを吐けば、闇は闇に飲まれていく。
さすがに混沌の神も、何が起きているか分からなかった。自身の力が簡単に無効化される。破壊と混沌をもたらすはずの、神の力が。
「何故!? なぜ、あなた達の力が私を上回るの!?」
「タコさんだけの力じゃない。これは、タコさんについて来てくれる皆の力」
今も、タコの体には力が注ぎ込まれている。それは、世界中から集まる、とある意思が生み出す力。
だが、それは混沌の神も同じはずだ。タコが神になったとはいえ、力を奪い取られたわけではない。
「あり得ない! そんなもので、これほどの力が出せる訳がない! 私は、生きとし生ける者の絶望から生まれたのよ!」
「そう、意思が力になるこの世界で、あなたが得た力は凄まじいものでしょう。でもね、純粋に破滅だけを願う人間なんて、そんなに多くないわ」
人の心は変わりやすい。
一度、人生に絶望した者だって、立ち上がることができる。
数日かかる者、数ヵ月かかる者、中には何年も悩む者もいるだろう。だが逆に、一晩眠れば元通りになる者だっている。
タコだって世界を恨んでいた。世界が破滅すればいいと思っていた。だが、今はそんなことは考えていない。
それに対し、タコが集めた意思は、もっと普遍的なもの。
「一体……あなたは一体、何の意思を集めたというの!?」
「ふふ、それはね……『悪』よ!」




