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89話 タコさん、昔を懐かしむ

「私は思うままに力を振るった。だが、それでは世界は壊せなかった。だから私は、人を理解することにした」

 その結果が、この姿なのだろうか。タコに似ていながら、それよりも恐怖を強調した姿。タコ自身が人外の象徴として選んだそれが、今は悠々とこちらを見下している。

 しかも、周囲の怪物がまたしても復活を始めていた。さらにそこへ、オクタヴィアから悪い報告が追加される。


「タコ様! アレサンドラ様より、ナスキアクアにて巨大な怪物が出現したとの報告が!」

「え? それって……」

 まさか、目の前にいる存在のことではないか。

 タコがふと考えたことを察したのか、混沌の神がそれを肯定する。


「そうだ、それは私の分体。だが、それだけではない」

「ほげ?」

 混沌の神は、こちらをあざ笑うかのように口の端を吊り上げていた。

 何のことかと思っていると、オクタヴィアがさらに声を張り上げる。


「フレイヤやヴァイス様、ベロニカ様からも同じ報告が上がっています!」



 突如現れた怪物たち。ナスキアクアにいるアレサンドラたちも、その対応に追われていた。

 だが、そこへさらに巨大なタコの怪物が現れる。さすがのアレサンドラたちも、戦慄を持ってそれと対峙していた。


「うっわー、小さい山が動いてるみたいっすよ。ほんとにあんなのを相手にするんすか?」

 それでも、シンミアは努めて明るい声で軽口を叩く。それは、自分を含めて周囲の不安を吹き飛ばすためであろう。

 そのおかげもあってか、彼女たちに漂う空気も軽くなった。恐怖はあっても、屈することなく神と向き合っている。


「安心して、あれは私たちでどうにかするから。さて、やるわよラピス」

「了解です!」

 顕現しているラピスがアレサンドラを包み込むように抱きしめた。その水のような魔力でできた肉体が、アレサンドラへ吸収されるように沈み込んでいく。

 そして、彼女の右腕にある刻印から水色の眩い光がほとばしった。その画数は5。だが、天使の様にラピスが肉体を支配しているわけではない。

 彼女たちは完全に同調し、互いの力を最大限に高めることに成功したのだ。2人が融合したその姿は、水で構成された肉体とラミアの下半身が合わさり、まさしく水の神だと言わんばかりの美しさである。


「ティーナ、後は任せたわよ」

「お任せください。この国も、人も、誰も傷つけさせはしません」

 怪物たちの相手をヴァレンティーナたちに任せ、アレサンドラは一人、神の分体の元へ向かう。


「ききき、来ました! 怪物です!」

「ヴォルペ、下がって。支援を、お願い」

 レオーネとヴォルペもまた、ヴァレンティーナと共に怪物の討伐に加わっていた。

 そして、怪物へ立ち向かうのは彼女たちだけではない。


「しかしジュリオよ、今回ばかりは付いてこなくても良かったのではないか?」

「確かにかなり離れられるようになりましたが、制限は少ない方が良いでしょう? アイリス様から良い装備もお借りできましたし、足手まといにはなりませんよ」

 それは、エルダ率いるウンディーネたち。それに、豪華な鎧に身を包んだジュリオと半魚人たちである。

 彼は本来、文官の仕事をしているが、王族の一人として参戦を希望した。ある程度は護身の心得もあるので、この装備があれば怪物にも引けを取らない。

 だが、エルダとしては彼をここまで危険な目に合わせたくはなかった。


「……前にも聞いたが、人間を辞めるつもりは無いのか? レイン殿なら話を聞いてくれると思うぞ」

 その理由は、彼が自分の契約者であるというのが一つ。エルダはタコの力でショゴス・ロードに転生しているが、ウンディーネ時代にジュリオと契約しており、彼に何かあった時に契約がどうなるか不透明というのがある。

 だがもちろん、理由はそれだけではない。今のエルダはジュリオにそれなりの好意を抱いている。それこそ、自分と同じ時間を歩んで欲しいと思うくらいに。

 しかし、ジュリオがそれを応えたことはない。


「前にも言いましたが、僕は力を持つには向いていません。きっと、父のように暴走するでしょう」

 ジュリオの父、レオナルドはナスキアクアで反乱を起こしている。父のようにはならないと自身を戒めているジュリオは、誘惑に近づかないようにしていた。

 人を超えた力など、誘惑の最たるものだろう。


「そんな時は、我が止めてやるぞ?」

「……それはそれで、あなたの負担になるじゃないですか。男として、それは情けないと言いますか……」

 だが、彼とてエルダを憎からず思っている。契約した当初は人間の世界に疎い彼女に振り回されたものだが、それ以上の恩恵を受けたことは間違いない。

 いや、恩恵といった打算が無くとも、ジュリオはエルダはといる時間が心地よくなっていた。


「仕方がないの。では、やはり我と子を作るしかないか」

「ぶぅっ!? だから、そういうことは場の空気を読んでから言ってください!」

 それでも、こういった突拍子もない言動はいつになっても慣れない。

 思わず吹き出してしまうジュリオだが、当のエルダはきょとんとした顔をかしげていた。


「はて、こういう危険に立ち向かう時は、未来の話をした方が良いとタコ殿が言っていたぞ?」

「……いや、それは『希望を持たせる』という意味だとは思うんですが、そういう話は時と場が重要といいますか……」

 ジュリオは、初見のタコにすらお世辞を言う位の度胸を持ち合わせている。だが、エルダにはどうしても調子を狂わされてしまうのだ。

 ひょっとしたら、王族という生活では絶対に会わないであろう反応を、心の底では喜んでいるのかもしれない。

 結局、ジュリオはしどろもどろに答えるも、エルダは納得しなかった。


「分からん。どういう事だ?」

「はあ、後でゆっくり説明しますよ。あいつらを倒したらね」

 彼らの担当する場所にも怪物が迫ってきた。それを片付ければ時間はいくらでもある。

 エルダはウンディーネたちを、ジュリオは半魚人たちを引き連れて、いざ戦場に突き進んでいった。



 黒い執事服を着た女性……コゼットが血でできた剣を振るえば、また一体、怪物が倒れる。だが、怪物の数が多すぎて、その数は一向に減っていかない。

 コゼットは剣を巨大化させて振り回し、怪物たちを吹き飛ばす。そして、自身のすぐ後ろにいる黒と赤のドレスを着た女性……フレイヤに目線を向けた。


「フレイヤ様、できればご褒美を先払いでいただけないでしょうか」

「仕方ないわね。ほら、どうぞ」

 未だ周囲を怪物に囲まれているというのに、二人には恐怖も焦りも存在しない。

 フレイヤが襟を引っ張ってうなじを露出させると、すぐさまコゼットはそこに牙を突き立てた。


「んんっ……」

 フレイヤが艶めかしい声を上げ、コゼットは恍惚とした表情で血を啜っている。たちまち、彼女の体から今まで以上の力が湧き上がってきた。

 それは、もちろん吸血鬼の能力であるのだが、フレイヤの血を啜るという行為自体が更なる力を与えているのは間違いない。


 だがその時、先ほど吹き飛ばされた怪物たちが飛びかかってきた。コゼットはフレイヤをそっと脇に退けると、口元を拭ってからゆっくりと腕を振るう。

 すると、地面から血でできた槍が大量に飛び出し、怪物たちを串刺しにする。槍はコゼットを中心に広がっていき、辺り一帯が真っ赤に染まることとなった。


「あら、綺麗」

「ですがまだ、本命がいるようです。もうしばらくご辛抱ください」

 その光景をフレイヤは楽しそうに眺めている。

 だが、そんな槍など意に介さず、混沌の神の分体が彼女たちに迫っていた。



 フレイヤたちとは別の方角から、セシルたちも混沌の神の分体を足止めすべく立ち向かっていた。

 だが、ローズの顔は不安に包まれている。無理もない、あれほどの化け物をみれば、恐怖する方が自然なのだ。


「ねえ、おじいちゃん……」

「よいか、ローズよ。確かにあの混沌の神とやらは怖い。儂とて震えを止めることはできぬ」

 そんな彼女をセシルは優しく諭す。

 アルラウネに転生して巨大な力を彼とて、それ以上の力を持つ者を何度も見てきた。そして、それに恐怖するのが当然だと理解すれば、それを抑えることも出来る。


「だがな、あれを放置したらどうなるか。儂らが何もしなければどうなる?」

「あっ……」

 きっと、世界は蹂躙される。街は破壊され、人々は殺される。

 それが、目を背けたくなる光景なのは間違いない。


「その結果の方が恐ろしいじゃろう? それが分かったらもう大丈夫じゃ。さあ、行ってこい」

「うん、分かった。……って、あれ? おじいちゃんは行かないの?」

 セシルの言葉を理解し、立ち向かう勇気が出てきたローズだが、その後ろに祖父は付いてこないようだ。

 一体どうしたのかと首を傾げれば、セシルはポリポリと頭をかいている。


「レイン様の命令で造った植物園の防衛を任されてのう。何かあったら怒られそうじゃし」

「……ああ、うん。そっちの方が怖いね。おじいちゃん、そっちは任せたから。んじゃ、行ってきます」

 混沌の神とやらも怖いがレインも怖い。それは、ローズも十分に理解していた。

 どのみち、怪物たちの対処も誰かが担当しなければならないのだ。ならば、どちらに行くとしてもやることは同じである。

 ローズは自身の頬を叩いて気合を入れると、神の分体へ向かって行くのだった。



「はっはっは! 今こそ儂の修行の成果を見せてやるのじゃ!」

 エウラリアが力を解放すると、その体が大きく成長する。少女のような見た目から、大人の女性の姿に変わった。

 これは、呪いの力で暴走していた時の再現である。色々と試行錯誤して、ようやく形になったのだ。


「わー、エウラリア様すごーい」

「かっこいー!」

「私もやってみたいなー」

 エヴァたちも絶賛しており、エウラリアは鼻高々である。もちろん、見た目だけでなく、その力はいつもより数段上になっていた。魔力の消費は激しいが、タコたちからもらったポーションで補っている。

 浮かれるエウラリアたちだが、冷静なデスピナが注意を促した。


「あなた達、はしゃぐのはそれまでにしなさい。もうすぐ、神の分体とやらがきますよ」

「はっはっはー! そんなもん儂に任せておけい!」

 そう言ってエウラリアは一人、神の分体へ突撃してしまう。仕方なくデスピナもそれに続いた。

 エヴァたち3人には怪物たちの相手を任せている。そのための保護者も既に到着していた。


「さすがはドラゴン……負けてられませんね。行きますよ、ハイジ」

「ええ、ヴァイス。エヴァさん達も、よろしくね」

 アーデルハイトがクロヒョウの姿となり、ヴァイスはそれにまたがる。巨大なクロヒョウが足に力を込めれば、空を飛ぶかのような速度で怪物たちに突撃していった。

 慌ててエヴァたちもそれに続く。


「はいはーい」

「おーし、行くぞー!」

「わー、待ってよー」

 恐ろしい怪物に向かって行くというのに、そんな気配などまるで感じられないお気楽さである。だが、彼女たちの力は凄まじく、怪物たちはバタバタと吹き飛ばれていくのだった。



「ベロニカ様、ミカ様。どうか、下がっていてください」

 テレサたち堕天使が遮るのを抑え、ベロニカとミカは前に出る。彼女たちが見つめるその先には、混沌の神から生まれた怪物がひしめいていた。

 そして、二人の視線はとある一転に集中している。それは、怪物にわずからながら残っていた人間の残滓。異様な場所から飛び出る右腕。

 その手の甲に刻まれた、刻印の跡。そこから目を逸らすことなどできなかった。


 混沌の神の目的は世界の破壊である。そのための端末となる存在は、やはりそれらしい思考を持っていた方がいいのだろう。

 以前、天使と契約していた司祭たち。彼らはタコやベロニカにより居場所を奪われ、放逐された。


 そんな者たちが現状を嘆き、恨み、破壊を求める。それも当然のことだ。それこそ、混沌の神のささやきを、求めていた神の再臨だと信じたのだろうか。

 その結果がこの通りである。既に彼らには人間だった頃の意識などほとんど残っていていない。世界への反発心だけが、異形となった肉体を突き動かしていた。


「がああ! ぐああああああ!」

「ぐげっ! ぐげっ! ぐげっ!」

 威嚇か。それともただの呼吸が、歪んだ口を通り抜けた音だろうか。そんなものでも、ベロニカとミカには違う意味があるように聞こえてしまう。

 まるで、『俺たちは、貴様らのせいでこうなった』と訴えているかのように。


「ミカ、無理をしなくてもいいですよ」

「ううん、私もやる。それが、私の責任だと思うから」

 それでも、ベロニカはミカと共に前を見ていた。

 怪物たちのさらに奥には、混沌の神の分体がそびえている。だが、ベロニカたちはもちろん、堕天使たちにも怖気づいてはいない。


「アイリス様を見た後では、あの程度の存在など恐怖の対象にはなりませんね」

 特に、アイリスと全力の戦闘を行ったカトルとサンクからすれば、体の大きさなど恐怖の基準にはならないのだ。

 それよりももっと、恐ろしい何かを見ているのだから。


 そして、彼女たちは翼を羽ばたかせる。

 今度こそ、神から人を守るために。



「なー、こうしてるとさ、レイドボスと戦ってる時を思い出さね?」

「分かる分かるー! リヴァイアサンの時とそっくりよねー!」

 混沌の神が拳を振り下ろせば、まるで爆発したかのような衝撃が周囲に広がる。だが、アイリスはそれをきっちり避け、さらに一撃を返していた。

 それでも、剣は鈍い音を立てるだけでほとんどダメージを与えられない。


「アイリス。言っとくけど、もったいないから『アルカンシェル』は禁止よ」

「え、マジかよ!? あれこそレイドボス戦の華じゃねえか!」

 レインは混沌の神が放つ魔法を相殺しつつ、自身もまた神へ魔法を放つ。それは、炎、冷気、電撃と手を変え品を変え、敵の弱点を探っていた。

 だが、それらはどれも有効打とは言えないようだ。混沌の神と言うなら聖属性が有効と思われるが、残念ながらレインはそういった魔法が得意ではない。

 ならば、せめて耐性が低い属性を見つけるか、耐性の上からごり押すしかないだろう。


「あははー、アイリス残念でしたー。それじゃタコさんは、<水の(グレートソード・)大剣(オブ・ウォーター)>!」

 タコが課金アイテムを使用して大魔法を放つ。それは、混沌の神の触手を一本、切断することに成功した。

 初めて分かりやすいダメージを与えたことでタコがしゃぐ。ところが、触手はすぐに生え変わり、お返しだと言わんばかりにタコへ振り下ろされた。


「タコ、あなたも使った分は補充してもらうからね? この世界なら課金アイテムでも作れるかもしれないし」

「ほ、ほげー!? そ、そんなー! 勘弁してよー、レイ―ン」

 魔法で発生させた水流に乗って、タコは触手を避ける。それでも、アイリスの様に回避しきれず衝撃波で吹き飛ばれてしまった。

 すぐさまアイリスが援護に入ると、自身は回復魔法で立て直す。


「皆さん、楽しそうですねー」

「な、何をやってるのあいつらは……相手は、混沌の神なのよ……」

「タコ……じゃなくて、ママって、こんなに強かったの……?」

 のほほんとするオクタヴィアの横で、リルとキアランは唖然としながらその光景を眺めている。

 相手は破壊と混沌をもたらす神。10メートルはある巨体が暴れ回っているのだ。しかも相手は巨体に似合わない俊敏な動きで、多数の魔法を放ってくる。

 生半可な覚悟で戦える相手ではない。だというに、タコたちはまるで遊んでいるかのような気楽さだ。


「……不愉快です……絶望が、感じられない……」

 そしてそれは、混沌の神すら不快にさせていた。

 こちらが優位なのは間違いない。タコたちの攻撃などほとんど蚊が刺すようなものであり、時折放つ大魔法の傷ですら一瞬で再生して見せた。

 だというのに、タコたちに悲壮感はない。それが、神の心を苛立たせていく。


 しかし、それも当然の話だった。

 タコたちからすれば、ゲームのボスとは自分達より強く、大きいのが当たり前なのだ。それがレイドボスともなれば、即死級の攻撃や広範囲攻撃を連発してきてもおかしくない。

 しかも、タコは一人ではない。今はAIではないレインとアイリスがいる。三人とも『自分に何かあっても、二人がフォローしてくれるから大丈夫』と信じていれば、絶望する必要などどこにもないのだ。


「あなた達は……絶望しなければならない! すべては、破壊と混沌の為に!」

 苛立ちが頂点に達し、混沌の神が叫ぶ。それと同時に、またしてもその体に闇を吸収し始めた。誰の目にも、凄まじいまでの力が集まっているのが分かる。


 その気迫に思わずタコも表情を引き締めて……いなかった。

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