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52話 タコさん、魔王をクビにする

 短期間に2回もの緊急招集。

 これは、魔族の歴史でも例を見ないことだろう。邪神の出現というやむを得ない状況ではあるが、今回は招集方法も未聞のことであった。


「まさか……本当に転移できるとは。これが量産できれば、戦争など早々にケリがつきそうであるな……」

 第五師団長のドワーフが会場で戦慄の声を上げる。それは、ここにいる者すべての気持ちを代弁するものでもあった。

 今回の招集状に同封されたマジックアイテム。それは、タコから提供された転移の札だ。


 それを使えば一瞬で首都シュトルツへ転送できるとなれば、いくら魔族でも半信半疑にもなってしまう。

 誰でも自由に転移ができる。そんなことが可能ならば、軍事だけでなく様々な分野に恩恵をもたらすだろう。

 それを、幾ら魔王の命令とは言え会議に使ってもいいのだろうか? 最悪、ここに込められた魔力だけでも利用法はいくらでも考えられる。


 もちろん、そんなことは一瞬の葛藤であり、全ての師団長は指定された時間に会議室に現れた。

 急な開催に苦労があったであろう第一師団長のツァルトは、明らかに疲れた様子ながらも会議の開始を宣言する。


 そして、始まりからその場は驚愕に包まれた。魔王がカーテンを開けてその姿を現したからだ。

 だが、彼女の姿自体に驚いたわけではない。いつもならば刺すような魔力が周囲に放たれるはずなのに、今日は変わらず穏やかな空気に包まれていたからだ。

 これは、取り急ぎデスピナとレインが共同で作ったマジックアイテムの効果である。


「驚かせてすみません。ですが、この腕輪の効果で私も皆さんと同じ場に付くことができます。よろしくお願いしますね」

 アーデルハイトが腕輪を示しながらツァルトの横に座った。今回、机の一辺は誰も座っていない。それはもちろん、これから来る客人を迎えるためだ。

 皆が緊張に包まれる中、アーデルハイトがタコから預かったマジックアイテムに話しかける。


「さて、さっそく本題に入りましょうか。『タコ様、お願いします』」

 ツァルトの言葉に全員が身構えた。すぐに転移の光が部屋に広がり、タコと一緒に数人の人物が現れる。

 さすがにタコもオーラをオフにしているが、ここにいる者たちは様々な角度からその力を推し量っていた。

 そんな緊迫した雰囲気の中でもタコはいつも通りである。


「おーほっほっほ! 我は邪神タコ! 魔族の皆さん、初めましてー!」

 タコは元気よく触手を掲げ、新たな出会いの喜びを表現していた。そして、中央の椅子に座れば、その左右にレインとアイリスがつく。


「同じく初めまして、邪神タコの使徒が一人、『朽ちた翼』のレインよ」

「俺の事は知ってると思うが、『歪んだ牙』のアイリスだ」

 二人とも簡単に自己紹介すると、同じように椅子に座った。ただでさえタコの力におののいている一同に、さらなる戦慄が走る。


「何という鎧じゃ……膨大な魔力、不可思議な素材……あれ一つ作る金で城が、いや小国が買えるのではないか……?」

「あれがアイリス殿か……ホルン殿の言葉は、大げさではなかったようだな」

 ドワーフはレインの鎧に秘められた力を見極めようと、少しばかり前のめりになっていた。そして、見れば見るほど底が見えない力に目を丸くしている。

 さらに、アイリスについては言うまでもないことだった。以前、ホルンが表現した内容に間違いがないことを、皆が改めて認識している。


「儂は『再誕の絆』、エウラリアである! よろしく頼むぞ!」

 さらに、今日はエウラリアも顔見せについてきていた。

 師団長たちもドラゴニュートという種族のことは聞いていたが、ドラゴンの力を人の姿に押し込めたような存在感は、それだけでも畏怖すべき対象である。


「あれがドラゴン……でも、私たち同じ気配が……?」

 しかも、ここにいるドラゴンからは死の気配も感じられるのだ。特に、吸血鬼である第四師団長はその気配に敏感である。

 馴染み深いはずのその気配だが、ドラゴンから放たれるそれは、まるで黄泉の世界から直接流れ出しているかのように濃厚なものだ。

 まさか、自分が死の気配に恐怖を感じる日が来るとは思わず、震えるほどの寒気を感じている。


「さて、まずはタコさんから皆さんに聞きたいことがあります! 正直に答えてください!」

 しかし、タコにとってはここにいる者が感じている畏怖など、どうでもよいことだった。さっそく本題に入ろうと声を張り上げる。


「ハイジちゃんが、魔王を辞めることに賛成の人! お手上げ!」

「え?」

 アーデルハイトは変な声を出してしまった。予定ではまず魔王の力の正体と、その影響について説明を行うはずだ。

 だが、混乱する彼女をよそに、そこにいるすべての者が手を挙げてタコに賛同している。タコ自身も無駄に全部の触手をピコピコと挙げていた。


「ええ!? な、なんで皆!? いったいどういうことなの!?」

 しかも、ここにいる全員が自分に魔王を辞めろ言っているのだ。思わず立ち上がって周囲をキョロキョロと見回す。

 そんな彼女に対し、タコも立ち上がってヴァイスの方に触手を向けた。


「はい、ここでネタ晴らし! 実は、ハイジちゃんの件は、ヴァイスちゃんより皆さんに説明済みでしたー!」

「ヴァイス!? あなた、なんでこんなことを!?」


「決まっているでしょう? 魔族の為に貴方が犠牲になる必要などありません。そして、私は皆に事情を説明しましたが、賛否は自分で決めるように伝えました」

 ヴァイスは立ち上がってアーデルハイトの方を向く。その姿は凛としており、彼女の不満はすべて予測済みだとでも言いたいようだ。

 さらに、他の師団長もヴァイスに追従していく。


「魔王様、あなたはまだ若い。若者を犠牲するような国は、こちらから願い下げです」

「魔族の為に生きたいというなら、方法はいくらでもある。魔力だけが、あなたの力ではないはずだ」

「ほら、皆こう言ってるんだ。善意は素直に受けるべきだと思いますよ」


「みんな……で、でも、魔王がいなくなったら魔族の混乱は避けられないでしょ? それはどうするの?」

「ご安心ください。手段は考えております」

 感情論で反対できなくなったアーデルハイトだが、今度は実利の面で反論してきた。それに対しツァルトが答えると、ヴァイスがその言葉を引き継ぐ。


「次の魔王は私。今度の議会で、第7師団によるクーデターを起こします」

「何ですって!?」

 アーデルハイトの驚きの声が部屋に響き渡る。それも当然だろう、こんな過激な手段を提案されるなど予想できる訳もない。


「タコ殿に私からお願いしました。あなたを救うために、力を与えて欲しいと」

 話に上がったタコが、アーデルハイトに視線に触手を振って応えた。

 女の子を救うため、敵だと認識していた者にでも頭を下げる。しかも、自身が魔王になろうというのだ。実に美味しい悪堕ちシチュエーションにタコも喜んで約束していた。


「でも、あなたが魔王になるなら話は同じじゃない! 私はあなたを犠牲になんてしたくない!」


「残念ながら、同じではないのです。私は、あなたと違って人間でも魔族でも、必要なら叩き潰すことができます」

「魔王様、あなたは優しすぎるのです。利権を食い荒らす貴族、あなたを責めることしか考えない議員、兵を人間を殺す装置とみなす魔族。それすら排除しようとしない」

 ヴァイスの説明にツァルトが追従する。

 敵に対して非情になれるかどうか。それが、アーデルハイトとヴァイスの決定的な違いだった。

 確かにアーデルハイトは優秀であり、いつかは知識も力も父と同等の魔王となれるだろう。だが、能力が同じであっても同じことができるかと言えばそうではない。

 痛い所を突かれて言葉に詰まるアーデルハイトだが、不満な顔を止めようとしない。ヴァイスはそのまま話を進める。


「それに、私が魔王となっても、タコ殿の力を知る者が多い第七師団ならば、力が暴走する可能性も低いですしね。そして、私が望むのは、あくまで先代とあなたが目指した平和な世界です。無用な騒ぎを起こす気はありません」

「でも、でも……それが必要なら私がそれをやるわ! クーデターなんて起こさなくていい! ヴァイスが魔王になる必要なんてない!」


 アーデルハイトも説明が理解できないわけではない。だが、彼女にとって魔王と言うのは祖先から代々引き継がれてきた使命であり、自身もまた次代へ引き継ぐのが義務であった。

 それを自分で止めていいのか。それは祖先への裏切りではないのか。そんなことをしては何か大きな問題が起きるのではないか。

 アーデルハイトは様々な懸念と恐怖で頭がいっぱいになってしまい、ヒステリックなまでに声を荒げている。


「ねえハイジちゃん。自分が不幸になれば、皆が幸福になるって思ってない?」

 だが、そこにタコの冷たい声が投げかけられた。それは、珍しくアーデルハイトを責めるような口調である。


「そこに何の因果関係があるの? あなたが魔王を続けると、ここにいる皆の笑顔が曇るんだって分からない?」

 それは、救われる道があるというのに、それを選べなくなるほど歪んでしまった彼女の境遇に対する怒りだったのかもしれない。

 そして、そんな感情が込められた言葉はアーデルハイトに刺さったようだ。それが分かったタコは、いつも通りのお気楽な口調に戻る。


「あなたは魔王を辞め、好きなことができてハッピー。ここにいる皆は、可愛いハイジちゃんを救えてハッピー。その方がよっぽどいいと思わない?」

「……皆が……幸せ……」

 本当に、自分が幸せになっていいのだろうか。それでいて自分の周りにいる者が不幸にならない。そんな、都合の良い話があるのだろうか。


「そう、今までは不可能だった。でもね、今ここにはタコさんがいるの! 不可能なんて言葉はタコさんの辞書には存在しないよ!」

 何とも無茶苦茶な話である。

 だが、アーデルハイトにとってタコと出会ってからのこの数日は、今まで生きてきた中でも特に激動の数日だった。

 しかし、結果を見ればタコは自分にとって最良の選択肢をもたらしてくれたのだ。仮にタコがいなければ、自分はいつか魔王の魔力と責務に押しつぶされていたかもしれない。

 その事実が、タコに対する奇妙なまでの信頼感をもたらしていた。

 

 さらに、自分を見るヴァイスや師団長達の顔を見れば、タコの言葉に誤りがないことを証明している。

 そして、遂にアーデルハイトも観念した。


「タコ様、みんな……分かりました。私は……魔王を辞めます」

 彼女はここにいる者たちに頭を下げる。だが、そこにタコがもう一つ注文を付けた。


「こらこらハイジちゃん、そこは頭を下げるよりもすることがあるでしょ?」

「え? ……ああ、そうですね。みんな……ありがとう!」

 アーデルハイトは、感極まったせいか目に涙を溜めている。だが、それを軽く拭うと弾けるような笑顔を見せた。

 それは、魔王などではない、ただの少女が見せる無垢な笑顔であった。



 アーデルハイトが魔王を辞める、その事に本人も含め全員が納得した。そのため、話はクーデターの内容に移る。


「クーデターともなれば、第一師団からも離反者が予想されます。情報漏洩を防ぐことも考えれば、事前に引き込める者はあまり多くはないかと」

 議会の警備は主に第一師団の仕事だ。彼らからいくら同志を募ったところで、実際にクーデターを起こせば躊躇する者、裏切る者が出てくるだろう。

 特に、クーデターが成功すれば純粋な魔族の立場は低くなる。それすら飲み込んで付いてきてくれるものは多くは無い。


「そうなると、議会の警備全員を掌握するのは不可能だな。ある程度は正攻法で拘束せねばならん」

「それなら、タコさん達も色々と支援してあげましょう。アイリス、装備を出してあげて」


「あいよ。えーと、これが隠密能力が上昇する服。こっちが睡眠効果のある吹き矢。そんで、こいつは足音が消える靴だ」

 アイリスは様々な装備を机に置いていく。これは、アイリスが昔使っていた物や、人狼たちが使っている装備である。

 魔族にはナーゲルたちのように隠密行動に特化した部隊もいるので、彼女たちがこれを使えばそうそう動きがばれることは無いだろう。


「転移の札も何枚か出してあげるわ。通話用とかも提供してあげるから、有効に使ってちょうだい」

 レインは支援用のマジックアイテムを出していく。転移の札の有効性は言うまでもないし、他のアイテムも魔族が使うものに比べて破格の性能な物ばかりだ。


「これはまた……すさまじいものだな」

 師団長達はそのアイテムの性能に驚きながらも、喜びをもってそれを受け入れている。

 万全な準備ができるなら、それに越したことはない。これだけのお膳立てをされれば、クーデターが失敗する方が難しいだろう。


「でもツァルト、クーデターが成功してヴァイスを魔王にしたら、純粋な魔族の立場が危うくなるわ。それはどうするの?」

「はい、それには新たな抑止力を迎えます」

「抑止力?」

 ツァルトがアーデルハイトの疑問に答えるも、彼女はいまいちピンとこなかったようだ。

 それに対し、今度はエウラリアが声を上げると、自信満々で胸を張る。


「うむ! 我らドラゴンを、一時的に第八師団とするのじゃ! 『仮に魔族に勝てても、ドラゴンには敵わない』と思わせれば、問題ないじゃろう?」

 ドラゴンとは誰にでも分かりやすい強者だ。そんな者に対して不興を買いたいと思う者などまずいない。

 仮に、『純粋な魔族が弱いなら、俺たちが魔族を支配する』などという考えに至る者がいても、ドラゴンが魔王に協力していることを示せば、しばらくは大人しくしているだろう。


 その後もタコや師団長達たちの話は進み、大まかなクーデターの作戦が完成する。細かい調整はツァルトやヴァイスが行うことになり、会議も終了した。

 タコから提供されたマジックアイテムがあれば、今後も情報共有はたやすくできる。不測の事態への対処も簡単だ。


 そして、ついにクーデター決行の日が到来した。

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