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51話 タコさん、同志を見つける

「やはり、あなたとは相容れないようね。邪神と魔王ならば通じるものはあると思っていたのに……残念だわ」

「それはこちらのセリフです! まさか、ここまで話が通じないとは思いませんでした!」

 タコとアーデルハイトは少しの距離を開けて相対している。その目は真剣そのものであり、お互いの主張の強さを遺憾なく発揮していた。

 二人の間に挟まれているヴァイスは、耐えきれなくなり悲痛な声を上げる。


「ま、魔王様! もう、やめてください!」

「ヴァイスは黙っていて下さい! 私とて譲れないものがあります!」

 だが、今のアーデルハイトには彼女の言葉すら届かなかった。

 そして、タコが先に動く。一歩前に出ると、とあるものを掴んで前に掲げた。アーデルハイトもそれにひるまず、別のものを掲げる。


「ヴァイスちゃんはかっこいいの! なら、この黒いドレスでギャップを楽しむべきでしょう!」

「そう、ヴァイスはかっこいいのです! だからこそ、この白い鎧でカッコよさを引き立てるべきなのです!」

 お互いに選んだ衣装を突きつけるように見せ合い、両者の視線が衝突してまるで火花が飛んでいるかの様だった。

 ちなみに、当のヴァイスはアイリスと同じような真っ赤なドレスを着せられている。その顔もドレスに負けないくらい真っ赤になっていた。

 彼女の家系は代々軍人であったことから、ドレスを着る機会などさっぱりない。それを、急に着れといわれればこうなるのも仕方がないだろう。


「ヴァイスちゃんのカッコよさは既にカンストしてるのよ! ならば、そこに新たな要素を加えるべきでしょうが!」

「カッコよさに限界などありません! 例えば、白と言っても素材や色合いを変えることで、白の違いを楽しむことができます!」

 そんなヴァイスを無視してタコたちは主張をぶつけ合っている。そこには邪神や魔王といったしがらみは一切感じることができない。

 主張の内容は立場から考えればろくでもないかもしれないが。


「ナーゲルさん、良かったら別室でご休憩されませんか?」

「ああなったタコはしばらく止まらねえぞ。それについて行ける魔王もただもんじゃねえな」

「いえ、その、さすがに上司を置いていく訳には……」

 すでにナーゲルも同じようなドレス姿になっている。彼女が隠密部隊だと聞いたタコが『ドレスで暗殺! これぞギャップよね!』と言ったせいで、これまたミニスカートの動きやすいものを着せされていた。

 しかも、それは様々な衣装を着せられた後の話だ。恐ろしい邪神に着せ替え人形にされるというのは、今までどんな困難な任務でも気丈にこなしてきたナーゲルでさえ疲労困憊にさせる。


 さらに、周囲には衣装担当の妖精や、着せ替え担当の人狼も勢ぞろいしているのだ。なぜかアトラまで見学にやってきている。

 アトラにトラウマを持っているナーゲルは、ほとんど身じろぎすることもできずに、大人しく人形になるしかなかった。


 そこにアーデルハイトがやって来たことで、やっとナーゲルはこの状況から解放される。

 初めはドレス姿のヴァイスにアーデルハイトも混乱していた。必死に脱ごうとするヴァイスだが、それは実際にタコの魔法で呪いのように脱げなくなっている。

 そして、当のタコが更なる着替えを持って現れれば、アーデルハイトも何事かと問い詰めた。


『一体なんのつもりですか!? なぜヴァイスにこんな事を!?』

『え? ヴァイスちゃんに似合うと思って。可愛いと思わない?』


『そんなことはどうでもいいでしょう!? 真面目に答えてください!』

『そっかー。ヴァイスちゃん、魔王ちゃんが可愛くないってー』


『そ、そんなことは言ってません! た、確かに可愛いと思いますが……』

『そうでしょそうでしょ! だから今度はこの服を……』

 こんな調子で、アーデルハイトがズルズルとタコに乗せられた結果が現在である。


 ナーゲルも話の中心となってしまったヴァイスに同情するが、さすがにそこへ割って入る勇気はない。

 それでも部屋から逃げ出すわけにもいかず、オクタヴィアから飲み物を受け取って大人しく状況を見守っていた。


 未だにギャーギャー言い争いをしているタコたちだったが、ナーゲルが3回ほどお代わりした辺りで口調が穏やかになっていく。

 さらに、ヴァイスが5回ほど着替えたあたりで歓声しか聞こえなくなっていた。


「素晴らしいわ! 魔王……いえ、ハイジちゃん! タコさんはあなたの事を勘違いしていたようね!」

「そんな! 私こそ、邪神という先入観に囚われておりました。お恥ずかしい限りです、タコ様!」

 そして、二人はガシッと握手を交わす。しかし、数秒後にはアーデルハイトが急に手を離した。


「あ! あの、すみません。私、魔力が漏れ出てしまう体質なんですが、体調は悪くなっていないでしょうか?」

「魔力漏れ? タコさん何ともないけど、なんぞそれ?」


「ああ良かった。皆さんおそろいですね」

「あら? デスピナちゃん、何かあったの?」

 説明しようとしたアーデルハイトだが、そこにデスピナを先頭としたドラゴンたち。それにレインとそれに張り付いたエウラリアがやってくる。

 ドラゴンたちはエウラリアと同じデザインの服を着ており、エヴァたち3人はエウラリアの真似をしているのかデスピナにくっついていた。

 最初は邪魔だと注意していたデスピナだったが、今ではもう諦めている。ドラゴンの筋力なら重りにもならないので、やれやれといった感じで黙認していた。


「そこにいる魔王の事で話したいことがあります」

「私ですか?」

 最初はデスピナたちの正体を知らなかったアーデルハイトも、事情を説明されれば驚きを隠せない。

 しかし、ドラゴンから話があるとなれば無下にはできないだろう。デスピナが椅子に座るように言うと、素直にそれに従う。

 彼女はしばらくアーデルハイトの顔を見つめていた。さらに軽く頬に手を添えると、くっ付きそうなほどに顔を近づけてくる。

 アーデルハイトは自身の瞳の奥、まるで魂を見透かされているような感覚を覚えていた。


「……ああ、やはり。ずいぶんと業の深いことで……」

 そして、冷静なデスピナの瞳に別の色が混ざる。これは優しさか、それとも同情だろうか。彼女は軽く息を吐くと椅子に座り、額に指を当てて考え込む。

 その顔を見ればあまり良い話でないことは想像できる。だんだんと不安になるアーデルハイトだが、ようやくデスピナが口を開いた。


「あなた、魔法が上手く使えませんね?」

「な、なぜそれを!?」

 それは、魔族の中でもトップシークレットだ。魔王が魔法を使えないなど、知られてよい訳が無い。

 ヴァイスたちも思わず身構える。しかし、デスピナの話は続きがあるようだ。アーデルハイトは彼女たちを手で制し、話を促す。


「そもそも、あなたは自分の魔力源は何だと思ってますか?」

「それは、代々の魔王の力を継承して……」

 少なくともアーデルハイトはそう聞いていた。事前に何度も儀式で魔力を受け入れる下地を作っておき、先代、父が死ぬと同時に秘術が発動して魔力を引き継ぐのだと。

 そうやって積み重なった魔力が自身にある。これを利用しつつも次代につなげるのが、魔王の責務だったはずだ。


「違います。あなたの魔力は、地脈から供給されています」

 だが、デスピナはそれをあっさりと否定する。しかも、その話はつい最近、タコも聞いたことがあるものだった。


「あれ? 地脈から魔力の供給って……」

「そう、ドラゴンの技術と同じですね。恐らく、過去の魔王がドラゴンの力を真似して、自身の体に埋め込んだのでしょう。ふむ、一部の術式がコピーできなかかっため、死と共に転送する仕掛けにしようです」

 ひょっとしたら先代はこのことを知っていたのかもしれない。秘術自体が最高機密であり、詳しい内容を把握しているのは魔王だけである。

 そして、アーデルハイトの継承はかなりの例外的なものだった。全ての内容は教わっていないし、術式は複雑すぎて解析するのは困難である。


「しかも、この術式には欠陥があります。代々の継承による劣化に、例外的な継承をしたことで破損したのではないでしょうか」

「欠陥……ですって!?」


「はい、魔力の供給は確かにされているようですが。それを自身の魔法に伝達する経路に異常があります。よくこれで魔法が暴発しませんでしたね?」

 本来ならこの秘術は地脈から魔力を供給し、魔法を放つためのものだ。しかし、今の術式はリミッターも安全装置も壊れているような状態であり、アーデルハイトはそれも自身で制御する必要があった。

 ドラゴンの技術で供給される魔力は膨大なものであり、それを制御しながら魔法を放つなど、ドラゴンでなければ不可能に近い。


「そ、それを治すことはできるのでしょうか!?」

「難しいですね、既に原型をとどめていません。それよりも完全に止めてしまうことをお勧めしますよ」


「止める……?」

「今は魔法の不調くらいで済んでいるようですが、そのうちにあなたの体に様々な異常を起こします。今でも体から放出する魔力を止められないのでしょう?」

 アーデルハイトは反論できなかった。なんとなく魔法を使うときに体調が悪いと感じることもあったし、制御は上手くなるどころか暴走することが多くなっている。


「最終的には行き場のない魔力が風船のようにあなたの体を破裂させます。そもそも、ドラゴンの秘術を魔族が使用すること自体に無理がありますからね」

「そ、そんな……デスピナ様! この力が無ければ魔族は魔王と言う支柱を無くしてしまいます! なんとか! なんとかなりませんか!?」

 それでも、この力を無くすことなんてできない。魔王を失うという事は、魔族が持つ抑止力を失うという事だ。

 そうなれば、今まで以上に人間からの攻撃が激しくなることだろう。


「ハイジ、落ち着いてください! あなたが犠牲になるような力なら、止めることも検討しましょう!」

「ヴァイス! 私の不調などどうでもよいのです! それよりもデスピナ様、どうにか魔法を使えるようにしていただけませんか!?」

 デスピナに縋り付いて訴えるアーデルハイトを、ヴァイスが収めようとする。

 だが、その程度で諦めることはできない。父が、祖先が伝えてきた魔王をという支柱を、自身が壊してしまうことなどアーデルハイトには恐怖でしかなかった。


「ねえハイジちゃん。魔王なんてやめちゃえば?」

「そんなことはできません! 魔族には、魔王が必要なんです!」


「でもさあ、こんな娘に魔族全体の将来を背負わせるなんて不健全でしょ? 仮にハイジちゃんをどうにかしたところで、また同じ問題が発生しない?」

 タコの言うことももっともだ。その力に欠陥がある以上、今をごまかしたところで問題の先送りでしかない。

 それに気づたアーデルハイトも言葉に詰まってしまうが、さらにタコのお気楽な声が上がる。


「よし! ならばタコさんが魔王をしてあげましょうか!」

「だ、だめです! 確かにタコ様の力は凄まじいですが、純粋な魔族でない者が魔王になっては、どんな混乱が起きることか……」

 純粋な魔族はその魔法技術から支配者の地位を確立しているが、そこには魔王の存在も大きい。

 仮に純粋な魔族に魔王の適合者がいないとなれば、彼らの実力に疑問を感じる者が増えるだろう。そして、いつかは実力行使に出る者が現れる。


 第一師団に所属する魔族のように戦闘経験がある者ならまだしも、それ以外の魔族が実践に耐えられるかと言えばそうでもない。

 いくら魔法が扱えても、実戦での有効な手段を知らなければいい様に弄ばれるだけだ。

 さらに、純粋な魔族以外の種族が増えた今となっては、第一師団だけで他全ての種族を押さえることなど不可能である。

 最悪、魔族領全体で勢力争いが始まってしまうかもしれない。


「どちらにせよ、魔王の術式を弄るには少し時間がかかりますよ?」

「ふむふむ。ま、魔王云々の話は後にして、しばらくはデスピナちゃんのお世話になってもらいましょうか」

 二人の話が白熱しているのを見てデスピナが口を挟む。アーデルハイトの体質を治すのも、一朝一夕でできることではない。

 それをするにもしないにしても、考える時間はあるのだ。


「ありがとうございます。このご恩は必ず返します」

「あ、それじゃさっそく返してもらいましょう。タコさん、魔族の皆さんに会いたいわ!」

 アーデルハイトはタコやデスピナに頭を下げる。

 そこへ、タコはさっそく自身の欲望まみれの要求を出した。魔族というなら自分好みの悪っぽい種族がいっぱいいるだろう。そんな予想に基づいた欲求である。

 だが、それはアーデルハイトたちにとっても必要なことであった。


「ハイジ、タコ殿を師団長に合わせるのはいかがでしょう?」

「……そうですね。早急に会議の場を設けることにします」

 ヴァイスの提案は大胆なものでもあるが、タコの紹介だけではなく、魔王の能力の真実は師団長に話しておくべきだろう。

 アーデルハイトは隠しておきたいかもしれないが、危険性があることを伏せておくわけにはいかない。

 そして、数日後には師団長に対して、またしても緊急招集がかけられることとなった。



 緊急招集をかけた後もアーデルハイトやツァルト、ヴァイスたちはその準備に追われていた。話の内容はある程度資料にまとめる必要がるし、今回は警備や情報漏洩にも最大限の注意を払わなければならない。

 だがそんな中でもヴァイスは一人、無理にでも時間を作ってタコの元を訪れていた。


「タコ殿、一つ頼みたい事があるのですが」

「ヴァイスちゃん? あなたから話かけてくるなんて珍しいわね。ふふ、ファッションショーのお礼もあるし、何でも聞いてあげるわよ!」

 先日のヴァイスへの所業は、タコも後でちゃんと謝ってお詫びをする予定だった。アーデルハイトの件でうやむやになってしまったこともあり、ちょうどいいタイミングだとタコは気合を入れる。

 ところが、気合が入っているのはヴァイスも同じであった。


「私がこんな事を言う権利も、あなたが聞く理由もないことは理解している。だが、これが叶うなら私はどんな対価でも払って見せる。だからどうか……」

「いやいやいや、ヴァイスちゃん何を言ってるの? 落ち着いてまずは話してみなさい!」

 ヴァイスは片膝をついてタコに跪く。彼女の性格上、よっぽどのことが無ければそんなことはしないはずだ。タコは慌てて彼女を立たせようとする。

 そして、何とか落ち着いた彼女が話し始めた『願い』とは、タコにとって断る理由が一つも無いものであった。

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